「人をほめる」ことは、周囲の人間と円滑なコミュニケーションをとるために有効だといわれています。しかし、一緒に仕事をしている同僚や部下、あるいは同じサークルやバイト先の同期・後輩をいきなりほめるのは、少し気恥ずかしいですよね。ほめること自体が苦手な方もいるでしょう。
しかし、この行為で生まれるメリットは、コミュニケーションがスムーズになることだけではありません。「人をほめる」ことで相手にも自分にもたらされるメリットと、ほめ方のテクニックをご紹介します。
コミュニケーションに大切な「ほめる」こと
デール・カーネギーは名著『人を動かす』のなかで、人を動かすための三原則をまとめています。そのひとつ「重要感を持たせる」こそがコミュニケーションのコツだと、コミュニケーション総合研究所・代表理事の松橋良紀氏は述べています。なぜならば、感謝したり、ほめたりすることで人に重要感を持たせると、相手は「認めてくれた」と満たされモチベーションを高めるから。
「あなたが必要ですよ」「あなたの頑張りはちゃんと見ていますよ」という気持ちがしっかり伝わるよう相手をほめて、重要感を上げることが大切だと同氏はいいます。
『人の2倍ほめる本』の著者で社会心理学者の渋谷昌三氏も、ほめられると人は「認められた・肯定された」と感じるので“やる気”をアップさせるといい、「ほめる」ことは人間関係においてとても良い潤滑油になると述べています。
では、「ほめる」行為は人に対し、どのように影響しているのでしょう。実は驚くべき実例があります。
世界的権威も驚いた「ほめる」効果
脳卒中リハビリの世界的権威といわれるブルース・ドブキン教授ほどの人でも、「ほめる」効果には驚かされたといいます。同氏がリハビリを行い、「どれだけ早く歩けるようになったか」を調べた際、ほめられたグループは、ほめられなかったグループよりも、改善効果が1.8倍上回ったとのことです。もちろん行ったリハビリの内容は全く同じ。
この結果についてドブキン教授は、「報われる」ことに反応する脳の報酬系と呼ばれるシステムが背景にあると考えています。脳の報酬系システムは、何らかの欲求が満たされたときに活性化してドーパミンという物質を放出し、人に「気持ちいい」感覚を与えます。なおかつ最近の研究で、脳はドーパミンが得やすくなるよう、自らの構造を変えていく性質があると分かったのだとか。
つまり、上記のようなリハビリの結果がもたらされたのは、ドーパミンをもっと得られるようにと脳が自らの構造を変えた際、歩くことに必要とされる脳の神経回路が強化されたのではないかと教授は考えているのです。もちろん現時点でこれはドブキン教授の推測ですが、実際に驚くべき結果が出ている以上、そこに何かが働いたことは確かなのでしょう。
しかも、底知れない「ほめる」パワーは、ほめる側にも影響します。
人をほめる側にも大きなメリットが
もしもあなたが上手に誰かをほめたら、どんなことが起こるでしょう。
ほめられた人はあなたとの距離を縮めます。その回数に比例して、あなたのまわりには人が集まってくるはず。人が集まれば、幸せが運ばれることも、ときには厄介ごとが運ばれることもあります。しかし、人からの刺激や影響が、あなたを成長させることは間違いないでしょう。
また、ほめて相手の気分が良くなれば、それにともない相手の行動も変わります。もちろん、ほめたあなたにとって喜ばしい方向に。すると、あなた自身が楽になります。つまり、ほめて贈った幸せは、めぐりめぐって自分のもとへ返ってくるのです。
それだけではありません。
脳生理学者の有田秀穂氏は、著書『「脳の疲れ」がとれる生活術: 癒しホルモン「オキシトシン」の秘密』のなかで、ほめるとオキシトシンが脳内に分泌されると述べています。以前は女性だけのものと考えられていたこの脳内物質は、男性も年齢も関係なく分泌すると分かっています。そのオキシトシンの効果はこのとおり。
・人への親近感、信頼感が増す ・ストレスが消えて幸福感を得られる ・血圧の上昇を抑える ・心臓の機能を良くする ・長寿になる
同氏は人間の「心」が脳の前頭前野にあるといい、オキシトシンが分泌されると、その「心」を変えてくれるといいます。つまり人をほめるだけで、その人自身の気持ちを安定させ、人に対する気持ちさえも変えてくれるということです。
専門家が伝えるほめ方テクニック
さて、では相手も自分も心地よく変化する「ほめ方」とは、どういったものでしょう。 まずは専門家がすすめている「ほめ方」を見てみます。
社会心理学者の渋谷昌三氏は以下を伝えています。 ・「また一緒にやりたいね」は最上級のほめ方 ・「教えてください」もほめ方テクニックのひとつ ・「ほめながら聴く“聞き上手”になる」 ・「みんなの前でほめる効果」
コミュニケーション総合研究所・代表理事の松橋良紀氏は、ほめやすくなるよう以下の「ほめ言葉3S」をすすめています。また、感謝の言葉「ありがとう」も大切だと述べています。 ・「すごい」 ・「すばらしい」 ・「さすが」
ブルース・ドブキン教授を取材した医療ジャーナリストの市川衛氏が、脳卒中リハビリの専門家から教えてもらった上手にほめる「3つのポイント」は以下のとおり。 ・「具体的」にほめよ ・「すかさず」ほめよ ・目標は「低く」せよ
実際にほめてみよう
では、前項を踏まえて応用してみましょう。例えば、仕事で同じチームの、あるいは同じサークルなどの後輩に対してです。その際、はじめは松橋良紀氏の「ほめ言葉3S」を頭に置きながら、渋谷昌三氏らの「ほめ方」テクニックを馴染ませていくといいですよ。
・「すごい」 頑張ってくれたね。 ・「さすが」根性あるよ。 ・あんな風に集中力を持続させる方法を今度「教えて欲しい」。 ・1時間かかるところを、半分の時間で仕上げるなんてすごい。(具体例) ・ぜひ、「また一緒にやりたい」。 ・今回は「ありがとう」。
と、こういう具合です。あくまでもテクニックとして説明しましたので、あとは可能な限り「心」を込めましょう!
*** ドブキン教授の言葉を借りれば、脳はいつも、ほめられたがっています。ほめられたくて、少しさみしそうにしている相手の脳を想像したら、自然にほめ言葉が浮かんでくるかも?
(参考) リクナビNEXTジャーナル|「人を動かす」のが苦手な人こそ試すべき“特効薬”とは? Yahoo!ニュース|「ほめる」と脳が回復する!言葉が持つ驚きのパワーとは(市川衛) PHP研究所|「脳の疲れ」がスーッととれる!“癒しホルモン”オキシトシンの増やし方 デール・カーネギー著,山口博著(1999),『人を動かす』,創元社. 渋谷昌三著(2016),『人の2倍ほめる本』,新講社. 自己啓発研究会著(2013),『できる人の褒め方』,オープンアップス. 有田秀穂著(2012) ,『「脳の疲れ」がとれる生活術 癒しホルモン「オキシトシン」の秘密』,PHP研究.