以前の研究で「意志力」は消耗すると考えられていました。「もう続けるのは無理だ」と考える理由にもなっていたはず。しかし、近年はその説を覆す研究や考え方が多く出現しています。誰もが、無限の意志力を秘めているかもしれないのです。そのカギを握るのは「成長型マインドセット」。さっそく説明しましょう。
意志力(ウイルパワー)とは?
意志力(ウイルパワー)とは、注意力や欲求(やる気=モチベーション)をコントロールする能力のことです。その基盤は脳の「前頭前野」にあるとされています。2016年には、新学術領域「ウイルダイナミクス(意志動力学)」も発足しました。
ロイ・バウマイスター氏らの研究
心理学者のロイ・バウマイスター氏らは、焼き立てチョコレートチップ入りクッキーを用いた1998年の研究で、「意志力」に限りがあることを確認しました。
実験に参加した、ひとつの学生グループはクッキーを食べることを許可され、もうひとグループはクッキーを我慢するよう指示されたそう。それから両方のグループに対し、難しいパズルを完成するよう求めたそうです。
すると、クッキーの我慢を強いられたグループは、新しい課題を与えられるとすぐに投げ出してしまったのだとか。一方、クッキーを食べたグループは、パズルに対してより長い時間取り組むことができたといいます。そこで研究者らは、「クッキーを我慢することが意志力を消耗させ、クッキーを食べることが意志力の節約となりモチベーションを維持できた」と考えたわけです。これを研究者らは「自我消耗」と呼びました。
そうしたことから、意志力には限りがあるので、意欲を調節し、節約しながら使うべきとされていたのです。ところが、このあと「自我消耗」論を覆す研究が続々と発表されました。
意志力は有限ではないという考え
経営学を中心に執筆、教授活動を行っているコンサルタントのニール・イヤール氏は、「自我消耗」説が広まると、人々は目標を達成しにくくなるといいます。本来は達成できるかもしれないのに、この説を信じれば「やめる理由」ができてしまうからです。そして、いくつかの研究を紹介しています。
2016年7月29日に『パースペクティブス・オン・サイコロジカル・サイエンス』誌で発表された2000人超にもなる参加者対象の研究では、自我消耗の証拠は認められなかったのだとか。しかも、この研究はバウマイスター氏から承認されていたといいます。そのほか『プロス・ワン』誌に掲載された2014年と2016年の研究でも、バウマイスター氏らの実験結果を再現することはできなかったそうです。
そのため、現在では「自我消耗」の理論を疑う専門家は少なくないのだとか。では、なぜバウマイスター氏らの実験で「自我消耗」が示されたのでしょう。ニール・イヤール氏は、「お菓子を食べて充電すれば困難な作業を続けやすくなるし、そうでなければエネルギーを消耗するのは、わかりきった常識」と話しています。
意志力は何を信じるかで変わる
そうしたなかで、スタンフォード大学の心理学者キャロル・ドゥエック氏らが2013年に米国科学アカデミー紀要(PNAS)で発表した研究は、実に注目すべきものです。それは、「『意志力は有限である』と信じている被験者が『自我消耗』の徴候を見せる一方で、『意思力は有限ではない』と信じている被験者は、その徴候を見せなかった」というもの。
つまり、「意思力に限りがあると信じれば意欲を早々になくし、信じなければ、意欲を持ち続けていられる」ということです。マインドセット(心のあり方)により、意思力の限度は異なるのです。そして、決して有限ではないということ。
成長型マインドセットと固定型マインドセット
マインドセット(心のあり方)には大きく分けて次の2種類があります。
・「固定型マインドセット(fixed mindset)」 ・「成長型マインドセット(growth mindset)」
固定型マインドセットの人は、「人格や知能は生まれつきのもの」と考え、困難に直面したり、失敗を予測できたりすると挑戦したがりません。また、挫折に対する耐性が弱いことも特徴です。
成長型マインドセットの人は、「人格や知能は成長させられるもの」と考え、困難に直面したり予測できたりしても諦めず、粘り強く頑張ります。挫折や失敗から学ぶことができ、失敗を恐れず難しいことにもどんどん挑戦しようと考えます。
つまり、後者の「成長型マインドセット」こそが、意思力を無限にしてくれるカギです。キャロル・ドゥエック博士は、どちらを信じるかによって、その後の人生に大きな開きが出てくる
と強調します。そして、これらのマインドセットには感染力があります。
成長型マインドセットの感染が奇跡を生む
『落ちこぼれの天使たち(原題:Stand and Deliver ・1988年)』というアメリカの映画をご存知ですか? その映画の物語を、キャロル・ドゥエック博士は著書で紹介しています。なぜならば、それは成長型マインドセットの教師が、固定型マインドセットだった生徒を、見事に成長型マインドセットへと変化させてしまった実話だから。
物語はこうです。――ロサンゼルスの高校に赴任してきた教師エスカランテは、「どうせ自分たちは落ちこぼれ」と無気力で、かつ実際にも最低レベルだった生徒に対し「意欲」や「動機づけ」を行い、大学レベルの微積分法(AP Calculus)を教えはじめたそう。そして、周囲の冷笑に耐え、数々の苦難を超えた結果、とうとう生徒はAP Calculusの試験に合格することができたのです――
つまり、この教師は「彼らにこんなことができるはずはない」とは決して考えない「成長型マインドセット」の持ち主。その心のあり方を、固定型マインドセットだった生徒たちに感染させたわけです。
意志力は有限ではないと認識する
前項で紹介した物語は、実際にロサンゼルスで1970~80年代に起こりました。当時はそれを奇跡と呼んだかもしれません。しかし、すでに様々な研究が成された2018年現在では、誰にでも起こり得ると考えていいはずです。したがって、大切なのは
・意志力は有限ではないと認識すること ・成長型マインドセットになること
です。それが難しければ、できるだけ成長型マインドセットの人と接し、感染させてもらいましょう!
*** さすがに頑張りっぱなしでは息切れしてしまうので、たまには休憩も必要です。ぜひ、気分のよい状態で前進してくださいね。
(参考) WIRED.jp|「意志の力」が減っていく理由 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|意志力にまつわる30年の誤解を解く Wikipedia|Stand and Deliver 征矢英昭,西島壮(2018),「意志力(ウイルパワー)の脳機構と身体運動」,体力科学,シンポジウム12,第67巻,第1号,pp.57-61. キャロル・S・ドゥエック著,今西康子訳(2016),『マインドセット:「やればできる!」の研究』,草思社.