「ある程度資料が完成してから、上司に見せようか」「考えがまとまっていないから、まだお客様に連絡できない」など、色々と考えてしまい、なかなか仕事が前に進まなくて悩んだ経験はないでしょうか? 悩みに悩んで、時間をかけて完成させたのに、「イメージが違う」「欲しかったのはこれじゃない」などと突き返され、ゼロからやり直しに……。こんな無駄な仕事をしてしまったことがある人もいると思います。
一人で考え込んでしまって仕事が前に進まずに悩んでいる人は、今回ご紹介する『デザイン思考』を実践して、“まずはやる” 人になってみてはどうでしょうか?
『デザイン思考』とは
デザイン思考とは、ユーザー主体で物事を考えるアプローチ方法のこと。AppleやAirbnb、国内でも任天堂など、名だたる大企業がデザイン思考によって素晴らしい商品を開発しています。
デザイン思考を一言で表すなら、“デザイナーが行なう問題解決のための考え方”。その名のとおり、もともとは建築家や都市計画者といったデザイナーが用いていたアプローチ方法のひとつでした。これがビジネスに応用されるようになったのは、デザイナーのデビット・ケリー氏が1991年にデザイン会社IDEOを創設した頃に遡ります。
IDEO Tokyoのビジネス・デザイン/ディベロップメント担当ディレクターの野々村健一氏によると、IDEOでは以下のように「誰もがデザイナー」という考えをしているそう。
IDEOの社員は、一般的な企業であれば「総務」や「エンジニア」と呼ばれる職務についていても、全員が「デザイナー」という意識を持っているし、それが期待される。それは、各自がそれぞれの領域において社内、社外を問わず「人のためになり、人が欲しいと感じる」ものを作り出すことを考えているからだ。 こうした、いわゆる“デザイナー”でなくとも、「人のために何か創る」ことが誰にでもできるよう世の中をつくろう、という信条のもとに生まれたアプローチが「デザイン思考」だ。
(引用元:Forbes JAPAN|社員は誰もが「デザイナー」 IDEOが語るデザイン思考の本質とこれから)
例えば、新しい企画を考えたり、プレゼンの資料を作成したりするのも、ゼロから何かを創る活動です。デザイン思考とは、デザイナーではない普通のビジネスパーソンにも求められる思考法なのです。
デザイン思考の5段階
デザイン思考では、自分一人で考えを深めることをせず、とにかくユーザーなどと話をして、試作品を作り、テストを繰り返します。デザイン思考は、自身の外に答えを求めるために“まずはやる” ことに重きを置いたアプローチの方法なのです。
スタンフォード大学がまとめた『スタンフォード・デザイン・ガイド デザイン思考 5つのステップ』によれば、デザイン思考には次の5段階があります。この5段階は、順番通りに進むこともあれば、2つのプロセスを繰り返したり5つのプロセスを同時に行ったりすることもあるそう。
1. 共感(Empathize):ユーザーの行動を理解して、問題点を発見する 2. 問題定義(Define):ユーザーのニーズや課題、自身が考えていることを明確にする 3. 創造(Ideate):仮説を立て、新しい課題の解決方法やアイデアを創る 4. プロトタイプ(Prototype):問題に取り組み、試作する 5. テスト(Test):プロトタイプについて検証を繰り返し、解決方法を導く
では、どうしてデザイン思考を実践すれば“まずはやる”人になれるのでしょうか。デザイン思考の詳しい内容をご紹介しつつ、具体的な例を挙げてご紹介します。
デザイン思考で“まずはやる”人になれる理由1. 「ユーザーの抱える問題点を発見できる」
デザイン思考では、ユーザーの抱える問題点を、ユーザーを観察することで発見します。5段階のうちの「1. 共感」と「2. 問題定義」がそれにあたりますね。
「新しい企画を考える際、一人で色々と考えてもなかなか良いアイデアが浮かばない」と悩んだ経験があるなら、まずはデザイン思考のアプローチのように、ターゲットとしているユーザーの観察から始めてはどうでしょうか? ユーザー主体で物事を考えると、新しい発見ができるようになるかもしれません。
一昔前に、爆発的なヒット作となった任天堂の家庭用ゲーム機Wiiは、任天堂社員の家庭を観察したことにより発見された問題点をヒントに、開発された商品です。その問題点とは、「ゲームばかりをして家族のコミュニケーションが取れていない」ということ。ゲーム機が家庭内の関係を悪化させていたのだそうです。
そのような調査結果をもとに、「家族の関係を良くするようなゲーム機」「家族が楽しめるゲーム機」としてWiiが誕生しました。子どもはもちろん家族全員で楽しめるゲーム機であることがユーザーが抱えていた問題を解消した結果、全世界累計で1億台以上も売れる大ヒット作となったのです。
あなたも、過去のデータを参考にしてあれこれと考えを巡らせたり、自分一人で想像を膨らませようとしたりするのではなく、ターゲットユーザーの今の状況を観察することから始めてみてください。例えば、「今のうちの会社にぴったりの福利厚生策を考えてほしい」と上司から言われたなら、いろいろと他社の事例を調べるよりも、社員の実際の様子を観察したり意見をヒアリングしたりしてみるのです。そうすれば、思いもよらないところからユーザーの抱える問題を見つけることができるかもしれませんよ。
デザイン思考で“まずはやる”人になれる理由2. 「試作品をつくることで新たな問題点や課題が明確になる」
デザイン思考では、試作品とテストを繰り返しながら、ユーザーの問題解決に近づいていきます。5段階のうちの「3. 創造」「4. プロトタイプ」「5. テスト」がそのプロセスです。
考え込んでしまってなかなか企画書などが形にできない人は、デザイン思考のように、まずは方向性やコンセプトなどだけでも形にして、一度上司などに報告してみてはどうでしょうか?
試作品とテストを何度も繰り返すことで生まれた商品として、Apple社のiPodがあります。誰でも直感的に操作できるよう設計されたクイックホイールは、試作品を使用したユーザーや、当時のCEOだったスティーブ・ジョブス氏からの意見や要求に答えていく過程で、徐々に形になっていきました。特にジョブス氏による厳しくも具体的な要望は、試作品という“形あるもの”が無い限り生まれなかったものです。
さきほどの「福利厚生施策の立案」の例を続けます。「しっかりとした企画書ができあがってからでないと、上司に報告はできない」と考え、結局アイデアがまとまらない人は、ひとまず現状の企画書を、下書き程度でも構わないので上司や同僚に見てもらい、フィードバックを得てみましょう。調査が足りないところや、認識がずれているところを確認できたり、自分では気づいていなかった問題点を指摘してもらえるかもしれません。上司に相談をする過程で自身の中で考えが整理され、新たな発見をすることもあるでしょう。
デザイン思考で“まずはやる”人になれる理由3. 「他の人から意見を聞くことができる」
さきほどお伝えしたように、デザイン思考では他の人からのフィードバックを大事にしています。デザイン思考の5つのすべてのプロセスでは、ユーザーはもちろんのこと関係者と会話を行う必要があります。そのため、自然とコミュニケーションが生まれて、様々な意見を聞くことができるようになるのです。仕事を一人が抱え込まないので、仕事が行き詰まりがちの人にはちょうどよいアプローチの方法だと言えるでしょう。
ここで紹介したいのが、民泊を手掛けるユニコーン企業のAirbnbです。Airbnbでは新入社員に、入社初日にAirbnb運営サイトに付け足す新機能を提案させるのだそう。その理由は、新入社員に仕事内容にいち早く慣れてもらうためだけではありません。何よりも重視しているのは「アイデアはどこからでも湧き出る」という会社の考え方を実感してもらうこと。
実際、この方法により採用されたアイデアがありました。それは、宿を評価する「星をつける」機能を、星の代わりにハートをつけるという改善案です。ある新入社員が「星をつける機能を無機質に感じ、ハートの方が親和性が高いと思ったから」という理由でこの小さな改善を提案したところ、見事採用。評価アイコンが星からハートに変更された結果、エンゲージメント(企業などに対するユーザーの深い関係性を示す指数) が約30%増加したのだといいます。
Airbnbの場合、仕事が行き詰まっていた訳ではありませんが、新入社員という新たな視点を持った人の意見を取り入れることで、より多くのユーザーにAirbnbが認知され、好感を持たれる結果となりました。新しい企画を練っていて考えに行き詰まったときは、試作品としての企画書の下書きができる前の段階であっても、気楽な気持ちで上司や同僚に意見を求めてみるのもいいでしょう。仕事を前に進めるためには、大いに効果的なことだと思います。
“まずはやる”ときの注意点
ここまで、デザイン思考で“まずはやる”人になれる理由についてお伝えいたしましたしかし、ただ闇雲に行動を起こせば良い訳ではありません。“まずはやる”にしても、以下のことには注意が必要です。
1. 言い訳をしない
行動する前にあれこれ考えてしまいがちな人は、「行動できない言い訳」をすることがあります。“まずはやる”ことを良しとするデザイン思考をする際ですら、もしも「考えがまだまとまっていないから、ユーザーへのヒアリングはちょっと待とう」などの考えが出てきたら、要注意です。
考えがまとまらないのなら、まずは関係者に「ユーザー調査では◯◯について悩みを持っていないか聞いてみようと思うのですが、どうでしょうか?」と会話ベースで聞いてみるのも悪くないでしょう。
2. 否定をしない
デザイン思考ではコミュニケーションが重要なことをお伝えしましたが、コミュニケーションのなかで生まれた新しいアイデアに対して、否定するのは禁止です。
デザイン思考を通して生まれるアイデアは玉石混交かもしれません。ですが、Airbnbのように新入社員からの意見が思いもしない結果を生むこともあるのです。新しいアイデアを生むには、様々な角度からの意見を聞くことが大切。あなたもまずは、素直な気持ちで人の意見を受け入れてみてはどうでしょうか?
*** 今まで、物事を考えてばかりでなかなか行動に移すことができなかった人は、ぜひデザイン思考を通して“まずはやる”ことを心がけてみてください。準備や思考に多くの時間を割くよりも、ずっと効率よく仕事ができるようになるはずです。
(参考) 細谷岳広(2017),『結局のところデザイン思考ってなんですか?』,目玉焼き書房. Forbes JAPAN|社員は誰もが「デザイナー」 IDEOが語るデザイン思考の本質とこれから スタンフォード大学ハッソ・プラットナー・デザイン研究所著,一般社団法人デザイン思考研究所編,柏野尊徳・中村珠希訳(2012),『スタンフォード・デザイン・ガイド デザイン思考 5つのステップ』,一般社団法人デザイン思考研究所. Build Insider|デザイン思考の活用事例 任天堂|ゲーム専用機販売実績 Battery|デザイン思考はなぜ注目されているのか? ITと新社会デザインフォーラム(NTTデータ、野村総合研究所)著・編(2013),『ITプロフェッショナルは社会価値イノベーションを巻き起こせ』,日経BP社. U-Site|デザイン思考は強いチームを築く Think180around|世界時価総額ランキング メルミライ|Airbnbを月商10万の企業からユニコーン企業に変えた考え方