チャレンジをするのが怖い。もし失敗したら、もしうまくいかなかったら……と思うと不安で、チャレンジできない。新しい環境に身を置く、未知の分野の勉強を始める、などの新たなチャレンジに、こうした不安はつきものですよね。いざチャレンジしようとしても二の足を踏んでしまうことは多いでしょう。
そんなとき、チャレンジに前向きになるために必要なものがあります。「セキュア・ベース(安全基地)」というものです。セキュア・ベースを作れば、私たちは不安を軽くし、堂々とチャレンジに臨むことができます。詳しくお伝えしていきましょう。
セキュア・ベースとは
セキュア・ベースとは、心理的な安全基地、心の拠り所のこと。イギリスの児童精神医学者ジョン・ボウルビィ(1907~1990)によって提唱された、人間の愛着に関する概念です。
幼い子供は親から保護を受け、安定感を得ることで、親を心の「安全基地=セキュア・ベース」のように感じます。このセキュア・ベースに戻れば喜んで迎え入れられるという確信によって、子供は外の世界を探索し、親のもとへ帰還することができるのです。この概念は子供だけでなく成人にも適用することができます。
セキュア・ベースとはどういうものか、よくわかる例があります。それは、女子テニスの大坂なおみ選手とコーチのサーシャ・バイン氏との関係です。
大坂なおみ選手を支えたセキュア・ベース
女子テニスの大坂なおみ選手が、2018年9月の全米オープンで初優勝しました。決勝戦の相手は、元世界1位のセリーナ・ウィリアムズ選手。ウィリアムズ選手が試合中に三度の警告を受け感情的な態度を取るなか、大坂選手はそんなウィリアムズ選手に乱されることなく、集中力を保つことができました。
全米オープンで優勝するまで、大坂選手の活躍を止めていたものは精神面の弱さでした。試合でうまくいかないと、ラケットを放り出したり涙を流したりするなど、気持ちの弱さが課題となっていたのです。しかし、優勝を果たした全米オープンでの大坂選手は、気持ちを乱されそうな場面でも平静を保ちました。その大きな要因のひとつが、2017年12月に大坂選手のコーチとなったサーシャ・バイン氏の存在です。
大坂選手とバイン氏は、互いについて次のように語っています。
大坂選手も決勝後のインタビューの中で、バイン氏について聞かれると、「彼に会えば、彼が本当によい人だとわかると思います。彼は前向きで、楽観的で、それが私には大切です」と笑顔で答えている。一方、バイン氏も「彼女はすごく完璧主義的で、自分自身を責めすぎるし、自分自身に厳しすぎる。だから私は真逆でなければ、と思う。『大丈夫だよ。地球は丸く、草は緑だ。すべてうまくいく』って伝えるようにしている」と語っている。
(引用元:プレジデントオンライン|大坂なおみの「メンタル」が激変したワケ)
精神的に弱く自分に厳しい大坂選手にとって、バイン氏は自分を安心させてくれる存在。大坂選手にとってのバイン氏は、試合でチャレンジして失敗しても、帰って来れば「大丈夫だ」と快く受け入れてくれるセキュア・ベースです。バイン氏の「大丈夫だ」という言葉で、大坂選手は不安に打ち勝ち、相手選手が元世界1位だろうと精神的に動揺していようと、勝利へと集中することができました。セキュア・ベースの力は偉大なものだということがよくわかりますね。
チャレンジするために、セキュア・ベースを作る
失敗するリスクを恐れてチャレンジができないときは、大坂選手とバイン氏の関係にならって、自分にとってのセキュア・ベースを作ってみてはいかがでしょう。リスクを伴う挑戦にも安心して臨めるような、心の拠り所を作っておくのです。
例えば、新しい勉強を始めるときには、進み具合を見てくれる先生や、励ましてくれる親や友人の存在があるといいでしょう。スキルアップのために資格取得にチャレンジしたいけれど、仕事の合間に勉強できるか不安だし、合格できるか心配……。そんな場合は、すでに資格を取得した信頼できる先輩・上司などをセキュア・ベースにしてもいいですね。
また、転職や異動などで今までと違う環境での仕事を始めるのが不安だというときは、家族や以前からの友人など、気の置けない人をセキュア・ベースにしましょう。新しい環境で、これからのセキュア・ベースにできそうな仲のいい友人をひとりでもいいので早めに作るのも有効です。
誰かのチャレンジを支える、セキュア・ベースになる
自分がチャレンジに臨む時の支えとなるセキュア・ベース。視点を変えれば、誰かのチャレンジを支えたいときにもセキュア・ベースは有効です。自分自身がその人のセキュア・ベースになってあげればよいのです。
例えば、あなたはチームのリーダーで、これからチームとしてあるプロジェクトに臨むとしましょう。会社の上層部からの期待がかかるプロジェクトで、メンバーひとりひとりにはそれぞれ重要な役割が与えられています。そんなとき、リーダーであるあなたが、チャレンジに臨むチームメンバー全員の背中を押すためにできるのが、「セキュア・ベースになってあげる」こと。
メンバーに対し、リスクに対する不安を軽減するような言葉をかけましょう。例えば、「大丈夫、失敗しても責任は私が取るから何も気にせずチャレンジしておいで。困ったらいつでも頼りなさい」というように。そして、チームを安心できる場所にするために、飲み会などを開いて親睦を深めましょう。リーダーというセキュア・ベースを得たメンバーたちは、安心してチャレンジに臨むことができるようになります。
人に何かをさせたい場合は「アメとムチ」が有効だとよく言われますが、チャレンジさせたいときには逆効果です。
例えば、リーダーがメンバーへ、「ミスしたらチームから外す」というムチをちらつかせる一方で、「成功したら焼肉をおごってあげよう」とアメを提示したとしましょう。仮に、ミスや失敗がさほど想定されないプロジェクトだった場合には、メンバーたちはチームから外される可能性は低く、成功の先には焼肉という報酬が待っているのですから、やる気が出るでしょう。
しかし反対に、ミスするリスクを伴う難しいプロジェクトだったら、失敗のショックだけでなく、チームから外され、当然焼肉もおごってもらえないという、たくさんのリスクを生むことになります。結果的にメンバーの不安は増大し、チャレンジに尻込みしてしまうばかりです。
チャレンジに臨む誰かを支えたいときには、「アメとムチ」で発破をかけるのではなく、セキュア・ベースになってあげることが有効なのです。
*** もし今自分にセキュア・ベースがないと思ったら、ぜひ作ってみてください。あるいは、周囲にチャレンジへの支えが必要そうな人がいれば、その人のセキュア・ベースになってあげてください。セキュア・ベースは、大きなチャレンジに今までよりもっと堂々と挑むための、大いなる後ろ盾になり得るのです。
(参考) プレジデントオンライン|大坂なおみの「メンタル」が激変したワケ Hello,Coaching!|セキュア・ベースとしてのリーダー リクルートマネジメントソリューションズ|心理的安全性の高低を決めるのはまずリーダー CARRY ME|失敗からリセットできる社会に!日本にも必要な「セキュアベース」という概念 Wikipedia|ジョン・ボウルビィ