エンプロイアビリティ(employability)の意味は、「就業能力(雇用される能力)」。労働者として、労働市場でどれくらいの価値を発揮できる人材なのかを表します。
「今の企業で雇用しつづけてもらえるか」「転職するとき、自分を雇ってくれる企業が見つかるか」などを考えるうえでの重要な指標が、エンプロイアビリティです。今回は、エンプロイアビリティとは何かを知り、エンプロイアビリティを向上させるのに必要なスキル・思考特性を学んでいきましょう。
- エンプロイアビリティの3要素
- エンプロイアビリティの社会的背景
- エンプロイアビリティの種類
- エンプロイアビリティを高めるメリット
- エンプロイアビリティチェックシート
- エンプロイアビリティを高めるには
- エンプロイアビリティを学べる本
エンプロイアビリティの3要素
エンプロイアビリティとは、具体的にどのような能力なのでしょうか? 厚生労働省の資料では、エンプロイアビリティを構成する要素として、以下の3つが挙げられています。
知識・技能
エンプロイアビリティには、特定の知識やスキルが含まれます。システムエンジニアなら、プログラミングに関する知識や技術。営業職であれば、商品知識やセールストークのノウハウです。今の会社で働いているあいだはもちろん、同業種・同業界に転職する際にも、知識・技能の豊富さが求められます。
思考特性・行動特性
どのように考え、行動するかも、エンプロイアビリティの一要素です。優れたスキルをもっている人でも、協調性がなく自分勝手な行動ばかりをしたり、勤務態度が極端に悪かったりすれば、会社にとって有益な人材であるとはいいがたいですよね。態度や協調性のほかには、コミュニケーション能力や計画力、柔軟性などが、思考特性・行動特性に分類されます。
どのような思考特性・行動特性が高く評価されるかは、業界や企業、職種によって異なります。営業職ならコミュニケーション能力が特に重要視される一方、コツコツと作業するエンジニアのような職業の場合、自律性や計画力のほうが重視されるかもしれません。各業界・企業から求められる思考特性・行動特性に合致する要素が多い人ほど、「エンプロイアビリティが高い」と評価されます。
パーソナリティ
個人的な価値観や信念、人柄や性格も、エンプロイアビリティに含まれています。たとえば、「働く動機」は個人的なものですが、仕事におけるモチベーションやパフォーマンスに大きく影響を与えるため、ビジネスパーソンとしての評価を左右しますよね。ただし、性格や価値観を数値化して客観的に判断することは難しいため、エンプロイアビリティの評価基準にパーソナリティを含むのは不適切だと考えられています。
エンプロイアビリティの社会的背景
そもそも、エンプロイアビリティという言葉はどのようにして生まれ、注目されるようになったのでしょうか?
ビジネスプロデューサー育成を手がけるコンサルタント・佐々木直彦氏によると、エンプロイアビリティという言葉が生まれたのは、1970年代の英国。オイルショックのあおりで失業した家庭の子ども向けに、労働者としての態度や社会的常識などを教育する、社会保障の一環だったそうです。
エンプロイアビリティが現在の意味で使われはじめたのは、1990年代の米国。背景には、企業のダウンサイジング(小規模化)による大量のリストラや、IT革命に取り残された人々の失業がありました。そこで、「再雇用されるための能力」を身につけるという目的意識のもと、エンプロイアビリティというテーマが取り上げられたのです。
厚生労働省の資料によると、産業構造の変化や就業形態の多様化にともない、「企業を超えて通用する能力が問われるようになってきた」のだそう。そこで、ひとつの会社でしか通用しない能力ではなく、幅広い業界で活躍するための能力を表す言葉として、「エンプロイアビリティ」が注目されるようになったのです。
エンプロイアビリティの種類
青山学院大学でキャリアデザイン論を教える経営学者・山本寛氏によると、エンプロイアビリティは「相対的」と「絶対的」の2種類に分けられるのだそう。
相対的エンプロイアビリティ
相対的エンプロイアビリティは、市場のニーズや時代の変化によって左右されるものです。かつて、電話交換手という職業がありました。かかって来た電話の回線を、通話相手の回線に接続する仕事です。技術の進歩に伴い、回線接続が自動化されると、電話交換手のニーズはなくなりました。
電話交換手と同様に、現在は一般的な職業も、いずれ消滅してしまうかもしれません。たとえば、自動運転車が普及したら、トラック運転手という職業はなくなるかもといわれていますよね。税理士や司法書士といった専門知識を要する職業すら、AIに代替されてしまう恐れがあります。
絶対的エンプロイアビリティ
反対に、市場のニーズや時代の変化によって左右されにくいのが、絶対的エンプロイアビリティです。
絶対的エンプロイアビリティの最たる例は、医師のスキル。時代が変わっても人体の構造は同じですし、医療のニーズがなくなることは考えられません。つまり、医師としてのスキルや資格をもっている人は、絶対的エンプロイアビリティがあるといえます。
- 相対的エンプロイアビリティ:時代の変化によってニーズが失われそうなスキル
- 絶対的エンプロイアビリティ:時代が変化しても一定のニーズが見込めるスキル
「自分のエンプロイアビリティは相対的だろうか、それとも絶対的だろうか?」「相対的だとすれば、何年先まで通用しそうなのか?」と考えておきましょう。
エンプロイアビリティを高めるメリット
私たちビジネスパーソンがエンプロイアビリティを高めるメリットとしては、以下の3つが挙げられます。
仕事を見つけやすくなる
日本の終身雇用制度はほぼ崩壊し、雇用が流動的になりつつあるのはご存知のとおり。技術革新やニーズ変化のスピードが速いこともあって、自分の職種が求められなくなったり、勤めている企業そのものが立ち行かなくなったりしてしまう可能性は多いにあります。
会社を離れることになったとしても、高いエンプロイアビリティをもち合わせていたら、次の仕事を見つけやすくなりますね。今の会社で長く働きたい場合も、エンプロイアビリティを高める努力をしておけば、リストラや左遷の危険性を低めることができます。
キャリアアップしやすくなる
キャリアアップ目的で積極的な転職を目指している方にも、エンプロイアビリティの向上は有用。労働市場で求められているスキルや能力を把握し、ブラッシュアップすることで、今より好条件のポストに就ける可能性が高まるからです。
今の会社だけで求められているローカルなスキルにとらわれず、会社の外=転職市場において何が求められているのかを、的確に把握しましょう。
努力の方向性を明確にできる
現在のエンプロイアビリティを把握すれば、ビジネスパーソンとして自分に何が足りないのかを認識できます。エンプロイアビリティは、「ビジネスパーソンとして何を頑張ればいいのかわからない」と悩んでいる方の指針になるのです。
以下で紹介する「エンプロイアビリティチェックシート」を見ながら、自分のエンプロイアビリティはどの程度なのか考えてみましょう。
エンプロイアビリティチェックシート
厚生労働省のWebサイトでは、「エンプロイアビリティチェックシート」(簡易版/総合版)が公開されています。設問に答えることで、自分のエンプロイアビリティを測ることができますよ。
「エンプロイアビリティチェックシート 簡易版」では、「責任感」「計画力」「柔軟性」など15の要素について、3段階で自己評価します。あいまいではありますが、自分の能力を概観してみるには十分でしょう。
- 普段からできている or 自信がある
- 心がけているものの、不十分だと思う
- 当てはまらない
「エンプロイアビリティチェックシート 総合版」では、「簡易版」と同じ15の要素について、細かい質問項目が用意されています。「社会問題等に対して自分なりの考えを持ち行動している」などにYESかNOで答え、YESを選んだ項目について、さらに「いつ、どんな場面で、具体的にどう実行し、結果として何が得られたか」を解答します。
時間を要する取り組みなので、夜や休日にやってみるといいでしょう。「エンプロイアビリティチェックシート」を使って自己分析することで、自分の長所・短所を知り、努力の方向性が見えやすくなるだけでなく、転職時のPR文も作りやすくなります。
エンプロイアビリティを高めるには
エンプロイアビリティを高めるためのヒントとして、中小企業診断士の秋島一雄氏らによる著書『中活のススメ2 これからの時代の働き方』(マイナビ出版、2014年)を参考に、2つの方法を紹介します。
リーダー経験を積む
エンプロイアビリティを高める方法のひとつが、リーダーの経験を積むこと。
誰かの下で働いているときには、言われたとおりに業務をこなすだけでいいので、あまり主体的に動く必要がありません。しかし、人を動かす立場に就くと、今までよりも高い視座から考え、判断することに。
そのため、リーダーとして働く経験は、私たちを大きく成長させてくれます。また、リーダー経験があると、次に誰かの下で働くことになったとき、リーダーの思考・心理を理解しやすくなるため、適切なフォローに回れるでしょう。
『中活のススメ2』では、「鶏口となるも牛後となるなかれ」ということわざが紹介されています。小さな集団(鶏)の先に立つのはよいことだが、大きな集団(牛)の後ろに従うのはよくない、という意味。大企業の平社員として働きつづけるよりは、小さい企業でリーダー職を務めたほうが成長できる、といったイメージですね。
ビジネスパーソンとしてレベルアップしたい方は、どんなかたちでもいいので、とにかくリーダーを務められる環境に身を置くよう努めてください。なかなか機会が訪れない場合、社内の公募に名乗りを上げたり、同僚との勉強会を企画したりと、自ら進んでアクションを起こしてみましょう。どんなに小さなリーダー経験であっても経験値になります。
インテグラル型スキルを形成する
エンプロイアビリティを高めるもうひとつの方法は、「インテグラル型」のスキル形成を目指すこと。インテグラル型とは、もともと製造業における考え方で、「モジュラー型」と対を成しています。
たとえば、自動車をつくるとき、タイヤはタイヤ担当の部署、エンジンはエンジン担当の部署、ときっちり分業するのが、モジュラー型の生産システムです。モジュラー型においては、自分の担当する業務のスキルを究められる一方、ほかの業務は何もわからない状態になるため、「一点突破型」のスキルが形成されます。
反対に、インテグラル型では、タイヤの担当者がエンジンづくりに関わったり、エンジン担当者がボンネットに関わったりと、部署が相互に交流しながら仕事が進んでいきます。インテグラル型のやり方だと、各分野の知識・スキルをバランスよく習得できるのです。
一点突破のモジュラー型と、総合的なインテグラル型。どちらも一長一短ですが、『中活のススメ』によると、エンプロイアビリティに関して有利なのは、「インテグラル型スキル」をもっている人なのだそう。さまざまなスキルを広く浅く有しているほうが、人材としての希少価値が高まるからです。
タイヤをつくるスキルをもっている人、エンジンをつくるスキルをもっている人が、それぞれ100人に1人の割合で存在するとしましょう。もし、あなたがタイヤとエンジンを両方つくれるスキルをもっていれば、「100×100=10,000」ということで、1万人に1人の人材になれるのです。
さらに、スキルをもうひとつもっているなら “100万人に1人”、もうひとつあれば “1億人に1人” という具合に、もっているスキルが多ければ多いほど、「唯一無二性」が高まっていきます。自分が今もっているスキルを磨き上げつつ、新たなスキルの開拓も視野に入れてみましょう。
たとえば、英語能力。あなたの専門分野に高い英語能力をかけ合わせるだけで、人材としての価値が高まります。
- Webマーケティング×英語
- 労務管理×英語
- コンサルティング×英語
「Webマーケティングが専門の人」も「英語が得意な人」も多くいますが、「Webマーケティングが専門で英語も得意な人」は貴重です。どのスキルを伸ばすか迷ったら、英語能力に磨きをかけてみてはいかがでしょうか。
そうすれば、あなたのエンプロイアビリティはますます高まっていきます。
エンプロイアビリティを学べる本
最後に、エンプロイアビリティについて詳しく学べる本を3冊ご紹介しましょう。
『キャリアの教科書』
『キャリアの教科書』は、上で名前を挙げたコンサルタント・佐々木直彦氏の著書。産業能率大学の研究員としての経験や、数々の企業へのコンサルティング経験をもとに、エンプロイアビリティに関する豊富な知見が明かされています。具体的なエピソードや図解が豊富なため、理解しやすく、読み物としても楽しめる一冊です。
『働く人のためのエンプロイアビリティ』
『働く人のためのエンプロイアビリティ』は、経営学者・山本寛氏の著書。学術的な考察にとどまらず、転職を考えているビジネスパーソン、就活を控えた大学生、再就職を検討している人など、一般の求職者にも向けて書かれています。専門家の知見を吸収したい方にオススメです。
『キャリアエンプロイアビリティ形成法』
『キャリアエンプロイアビリティ形成法』は、経営・人事コンサルタントの加賀博氏による本。エンプロイアビリティを磨くことに目的が特化しており、内容は実践的です。チェックリストやワークシートも掲載されています。エンプロイアビリティを高める方法を知りたい方は、取り組んでみてはいかがでしょうか。
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エンプロイアビリティは、ビジネスパーソンとして何十年も働いていくうえで、ぜひ高めておきたい能力です。自身のエンプロイアビリティを分析するとともに、今の会社や労働市場がどんな人材を求めているのか、客観的に考えてみましょう。
コトバンク|エンプロイアビリティ
J-STAGE|エンプロイアビリティ保障の実証的研究
厚生労働省|エンプロイアビリティチェックシート 簡易版
厚生労働省|エンプロイアビリティチェックシート 総合版
厚生労働省|エンプロイアビリティの判断基準等に関する調査研究報告書について
チームMPA・電子書籍プロジェクトチーム(2014),『中活のススメ2 これからの時代の働き方』, マイナビ出版.
佐々木直彦(2003),『キャリアの教科書』, PHP研究所.
山本寛(2014),『働く人のためのエンプロイアビリティ』, 創成社.
加賀博(2012),『キャリアエンプロイアビリティ形成法』, 日経BP.
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。