「教える」というと、なんらかの知識を教えることをイメージする人が多いかもしれません。しかし、仕事においては、知識だけではなく動作をともなう技術を教える場面も多いものです。
そんな技術の教え方のポイントを聞いたのは、コミュニケーション研修講師の濱田秀彦さん。これまで4万人以上を指導してきた「教えること」のプロです。濱田さんは、一連の教え方はもちろん、教える側がもっておく意識も重要だと言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
濱田秀彦(はまだ・ひでひこ)
1960年生まれ、東京都出身。株式会社ヒューマンテック代表取締役。早稲田大学教育学部卒業。住宅リフォーム会社に就職し、最年少支店長を経て大手人材開発会社に転職。トップ営業マンとして活躍する一方で社員教育のノウハウを習得する。1997年に独立。現在はマネジメント、コミュニケーション研修講師として、階層別教育、プレゼンテーション、話し方などの分野で年間150回以上の講演を行っている。これまで指導してきたビジネスパーソンは4万人超。主な著書に『社会人1年目からの仕事の基本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『あなたが上司から求められているシンプルな50のこと』(実務教育出版)、『ニューノーマル最強仕事術』(講談社ビーシー)、『じつは稼げるプロ講師という働き方』(CCCメディアハウス)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
トレーニングの基本の6ステップ
ひとことで「教える」と言っても、そのアプローチには3種類あります。「知識」を付与するティーチング、「技術」を付与するトレーニング、「意識」を高めるコーチングです。それぞれ目的が違うのですから、やり方も違ってくるのです。
ティーチングとトレーニングは、ともに「与える」教え方という点で共通しています。その違いは、「動作」をともなうかどうか。動作をともなわない知識を教えるにはティーチング、動作をともなう技術を教えるにはトレーニングが向いています(『「仕事を教えるのがうまい人」が大切にしている3つのこと。「前にも教えたのに……」はこれでなくせる』参照)。
ここでは、それら3つのうちトレーニングのやり方について解説します。トレーニングは、以下のような流れで行ないます。
【トレーニングの流れ】
- 動機づけ
- やってみせ
- 説いて聞かせて
- させてみて
- ほめて
- 見届ける
最初の「動機づけ」は、相手に「きちんと身につけよう」と思わせるために行ないますが、そのやり方にはふたつの方向性があります。「この技術を身につければ、こんなメリットがある」と思わせるポジティブな方向、「この技術を身につけなければ、こんなデメリットがある」と思わせるネガティブな方向のふたつです。
次の「やってみせ」は、教える側が実際の動作をやってみせることで、4つめの「させてみて」は、相手にその動作をさせてみるということ。トレーニングは動作をともなう技術を教えることですから、絶対に欠かせないステップです。これらのステップがないと、どんな動作をすべきか相手はイメージできませんから、技術が身につきません。
普段のやり方でアクションを見せてから、その意図を説明する
一連の流れを、具体例を挙げて解説していきます。名刺の渡し方について教える場面です。ポジティブな方向で動機づけをするなら、こんな具合です。
「これができるようになったら、上司や先輩がお客さんのところに行くときにもどんどん同行させてもらえるから、絶対に覚えようね」
続いて「やってみせ」を行ないます。名刺の渡し方であれば、「準備する」「名刺を差し出す」「名乗る」という一連のアクションをデモンストレーションするのです。このとき、「こんなふうに名刺を持って」といった説明を加えるのはやめましょう。本来、どんなスピード感でやるべき動作なのかが相手に伝わらないからです。
ですから、普段のやり方で「やってみせ」を行ない、そのあとの「説いて聞かせて」のステップに入ってから、「なぜこうするのか」という動作の意図を説明します。動作だけを教えても、その意図を理解できていないと身につきにくいですし、動作自体が崩れてしまいがちだからです。名刺の渡し方なら、こんな具合です。
「準備の段階で名刺の向きを確認しよう。相手から見て逆向きに名刺を持っていると、いざ渡すときにあわててひっくり返さなければいけなくなるよ」
「差し出す位置は相手と自分の中間くらい。押しつけるようになるのは失礼だし、自分に近すぎると自分の名前が相手に見えづらくなるからね」
「そして、社名と名前を名乗る。そのときは『株式会社』とか自分のファーストネームは省略していい。無駄な時間をかけずに名刺交換を終わらせて『本題の打ち合わせにしっかり時間をかけましょう』というメッセージを相手に伝える意味があるから」
最初の動機づけができていれば、相手は「きちんと身につけよう」と思っているため、「やってみせ」での動作も、「説いて聞かせて」での知識もスムーズにインプットされます。
「教えてやっている」意識には、デメリットしかない
そうしたら、実際に相手に動作をさせる「させてみて」に進みます。実践編です。最初は相手の横に並んで一緒にやってみるのがいいでしょう。相手からすれば、教えてくれる人と同じ目線から動作をチェックできるため、より理解しやすくなるからです。それが終われば、「じゃ、今度は私を取引先の人だと思ってやってみよう」と、名刺交換をさせます。
その次のステップが、「ほめて」です。「ほめて」と表現していますが、実際に行なうのは、「ほめて、要改善点を伝える」ことです。ダメ出しばかりすると、相手はやる気を失ってしまいます。「準備も名乗り方もOK。でも、名刺を差し出す位置がちょっと相手に寄りすぎたね。もう1回やってみよう」というように、ほめるのと要改善点を伝えるのをセットで行なうのが効果的です。
最後のステップは、「見届ける」。教えた相手が実際に名刺交換をする場、いわば本番に居合わせる機会があればきちんとできているのかを確認します。一度身につけた技術も、時間が経つうちにかたちが崩れてくることも珍しくありません。そういう場面を確認したら、もちろん「ほめて」に戻って改善点を伝える必要があります。
最後にお伝えしたいのは、教える側がもっておくべきマインドについて。教える側は、どうしても「教えてやっている」という意識をもちがちです。教えてやっているのは事実かもしれませんが、いわゆる上から目線は相手も敏感に感じ取ります。そんなことでは、どこかで反発心をもち、素直に覚えようとしなくなってしまうでしょう。
また、「教えてやっている」意識があると、「教え方をよくしよう」という方向に自分の意識が向かいづらくもなります。教える側に必要なのは、「どうしたらもっと覚えやすくできるかな?」といった、いわば研究者のマインドです。
そのマインドがあれば、自分の教えるスキルも向上し、優秀なトレーナーとして評価されるようになるはずです。「教えてやっている」意識をもつのか、それとも研究者のマインドをもつのか――どっちが自分にとって得なのかは言うまでもないですよね。
【濱田秀彦さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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