コロナ禍によってビジネスパーソンの働き方はこれまでと大きく変わりました。そのなかで、自分の働き方や生き方を見直し、「本当にいまの仕事を続けていいのか」と考えた人もいることでしょう。やりたいことをそのまま仕事にすることは難しくても、できれば「天職」に就きたいものです。
そこで、カウンセラーとして、働く人たちの天職探しをお手伝いしている中越裕史(なかごし・ひろし)さんに、天職を見つけるために必要なことを教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
いまの20代、30代の仕事への意識は間違いなく高い
40代の私からすると、いまの20代、30代の人たちは自分の仕事に対する意識がいい意味で高いと感じます。私が就職活動をしていたときは、「いまどきの若者は『就社』しようとしている」とバッシングされたものです。つまり、「この仕事をやりたい」ではなく「この会社に入りたい」と考えていたのですね。いわゆる就職氷河期にあたる私たちの世代は、なるべく安定した大企業に就職し、その企業に頼りたいという気持ちが強かったのかもしれません。
ただ、いまの20代、30代の人たちは、そんな私たちの世代をよく見てきています。そして、「終身雇用制もないのに、会社にしがみつくような人間になってはいけない」と感じて育ったのでしょう。多くの人が、一生ひとつの会社に勤め続けようなんて最初から思っていません。その会社でなにを得るのか、どんなスキルを高めていくのか、そしてそれらを生かしてどんなキャリアを歩んでいくのか――そんなところに意識が向いているようです。
もちろん、そんな若い世代の人たちの職業観も、今回のコロナ禍の影響でまた大きく変わっていくのでしょう。ただ、コロナ禍の影響がはっきりと現れるのは、まだ少し先になるのではないかと私は見ています。いまでもすでに厳しい現実にぶつかっている業界もありますが、コロナ禍によってより本格的な不況が日本社会を襲ったときに、働き方に対する意識はまた大きく変わるはずです。
ただ、現時点でも少なからず変化は見られます。社会が不安定になって今後がどうなるのかわからないために「とりあえずはじっとしておこう」と考える人がいる一方で、在宅時間とともに自分自身について考える時間も増えたことで、「今後、どう働くべきか」と真剣に考えている人も増えているのです。
人生を充実させるには、「内発的動機づけ」が重要
そうして自分の働き方を見つめ直すなかで、「どうせだったら自分が本当にやりたいことを仕事にしたい」「自分に本当に合ったことを仕事にしたい」、つまり「『天職』に就きたい」と考える人もいるでしょう。では、どうすれば自分の天職を見つけることができるのでしょうか。私は、天職には3つの要素があると考えています。
1つめの「内発的動機づけ」とは、自分自身の内面から湧き起こった興味関心や意欲によってもたらされている動機づけのこと。金銭や名誉など外部から与えられる外的要因に基づく外発的動機づけと区別されます。ただ、その線引きはとても難しいものです。
たとえば、「たくさんお金が欲しい」と給料が高い会社に就職するのは、一見すると外発的動機づけによる行動に思えます。でも、「たくさんお金が欲しい」の背景に、「出世して、むかしいじめてきた人間を見返したい!」というような強い気持ちがあれば、その行動は内発的動機づけによるものだとも言えるのです。
じつは、私たちの行動のほとんどは外発的動機づけによるものです。いま、コロナ禍によって在宅ワークをしている人のなかには、以前のように決まった時間に起きてしっかり仕事をすることができなくなった人もいるのではないですか? では、以前はなぜそうできていたのかというと、「遅刻してはいけない」「今日中にこの仕事を終わらせないと上司に叱られる」といった外発的動機づけがあったからなのです。
つまり、外発的動機づけが一概に悪いものだとは言えないということ。とはいえ、5年や10年、あるいは人生という長いスパンで働き方を考えたときには、外発的動機づけだけでは力不足です。想像してみてください。ただ生活費を稼ぐためにまったく興味がない退屈な仕事を一生続けられるでしょうか? それではやはり心がすり減り、充実した人生を歩むことなどできないでしょう。
ですから、「天職を探したい」と思うのなら、自分の内面に目を向けてほしい。たしかに、自分が本当にやりたいことをそのまま仕事にできている人、あるいはできる人はそう多くないでしょう。でも、やりたいこととどこかに通じている部分がある仕事でないと、やはり長続きしないのです。
自分で決められ、意味を感じられる仕事が天職
天職の2つめの要素が、社会心理学者のデシが提唱した「自己決定要因」というものです。これは、「自分で考えて決められるかどうかが、人間のモチベーションを大きく左右する」といったことを示します。
もちろん、仕事は自分の思い通りにできるものばかりではありません。上司に指示された仕事をきちんとこなすのも大切なこと。でも、自分自身で考えた仕事に取り掛かっているときのほうがよほどモチベーションは高まり、楽しさも感じられるものですよね。
ですから、たとえば似たような条件のふたつの仕事がありどちらも選べるというときには、自己裁量権に注目してほしいのです。少しばかり給料が高いからと指示されたことをやるだけの仕事を選ぶのではなく、より自分のコントロール下で進められる要素が多い仕事を選ぶことが大切です。
最後の3つめの要素が、精神科医のフランクルが唱えた「意味への意志」というもの。これは、「人間は、自分で意味があると感じることをやるには頑張れるけれど、意味がないと感じることをやるには大きな苦痛を感じる」といったことを示しています。
ひとつ例を挙げましょう。ある大学の心理学の先生が、学生に「左の棚にある本をすべて右の棚に移してくれ」と指示しました。その作業が終わると、先生は再び学生に指示をした。なんと今度は「右の棚にある本を左の棚に戻してくれ」と言うのです。それを何度となく繰り返させられた学生のストレス度は非常に高まったそうです。その理由は、学生がその行為に意味を感じていなかったから。
とはいえ、意味というものは人によってまったく違うものです。困っている人を法律家として助けることに意味を感じる人もいれば、退屈している人をユーチューバーとして楽しませることに意味を感じる人もいるでしょう。極端な話をすれば、それこそ本を左の棚から右の棚に移すことに意味を感じる人がいないとは言い切れません。ですから、自分自身をきちんと見つめ直して、やることに意味を感じる仕事を見つけることが大切なのです。
ここまでに説明した3つの要素がうまく重なる仕事が見つかれば、それはあなたにとって間違いなく天職と言えるでしょう。ですが、3要素が重ならなければ天職とは呼べない、というわけではありません。どれか1つでも当てはまれば、満足のいく働き方ができる場合もあります。天職を見つけたいと思ったらまずは、3つの要素のうち自分が特に重視したいものはどれか、その要素を満たすにはどうしたらいいか、と考えるところから始めてみてください。
【中越裕史さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「天職」に就くことを阻む“3つの悪い口癖”。言いがちな人は思考をこう変えるべし
「次の仕事こそは!」と焦っているあなたに。本当に天職に就きたいなら“これ”を整えて
【プロフィール】
中越裕史(なかごし・ひろし)
1979年9月13日、大阪府生まれ。やりたいこと探し専門心理カウンセラー。社団法人日本産業カウンセラー協会認定産業カウンセラー。日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー。自身が会社員時代に働くなかでさまざまな問題に直面したことで、働きながら猛勉強の末にカウンセラーの資格を取得し独立。2005年より「天職探し心理学 ハッピーキャリア」(https://happy-career.com/)を運営し、働く人のためにカウンセリングを行っている。『「うつ」な気分を手放す方法 カウンセラーが自分のうつを克服した考え方』(NextPublishing Authors Press)、『好きなことが天職になる心理学』(PHP研究所)、『「やりがい」のない仕事はやめていい。』(総合法令出版)、『「やる気」が出る心理学』(PHP研究所)、『絵本を読むと「天職」が見つかる』(廣済堂出版)、『「天職」がわかる心理学 いまの仕事で心が満たされていますか?』(PHP研究所)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。