武蔵野大学で起業家精神を育むアントレプレナーシップ学部の教授を務め、グロービス経営大学院でも講師を務めるなど、広く「社会人の学び」に関わる仕事をしている荒木博行さん。そんな荒木さん自身は、これまでのキャリアを通じて学びをどのようにとらえ、どのように学んできたのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
荒木博行(あらき・ひろゆき)
住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て株式会社学びデザインを設立。株式会社フライヤーなどスタートアップのアドバイザーとして関わるほか、武蔵野大学、金沢工業大学大学院、グロービス経営大学院などで教員活動も行なう。音声メディアVoicy「荒木博行のbook cafe」、Podcast「超相対性理論」のパーソナリティーを務めるとともに、一般社団法人うらほろ樂舎のラーニング・デザイナー、株式会社COASにおけるホースコーチング・プログラムディレクターも務める。『自分の頭で考える読書』(日本実業出版社)、『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)、『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
活動テーマは、「学びの裾野を広げる」
――まずは荒木さんの現在のお仕事を教えてください。
僕には肩書がいっぱいあって、いろいろなことをやっているんです。武蔵野大学や金沢工業大学大学院、ビジネススクールのグロービス経営大学院で教員もやっていますし、スタートアップ企業における学びの場をつくるお手伝い、本の執筆のほか、地方創生に関わる仕事もしています。
ただ、やっていることは一貫していて、僕が強く意識しているのは、「学びの裾野を広げる」ということ。ひとりでも多くの人に「学ぶのが楽しい」と思ってもらえるための活動をしています。
――「社会人の学び」に携わるようになった背景には、どのようなものがあったのですか?
社会人としての一歩めの影響が大きいですね。新卒で入社した住友商事では人事部に配属されました。そこで人材育成の担当をした時期があるのです。それがなかなか難しく、そしておもしろいと感じたことで、「その道のプロになりたい」と思い、いまに至ります。
――学びを提供する立場である荒木さんご自身は、これまでどの時期にどのような勉強をしてこられたのでしょう?
これはなかなか難しい質問ですね。というのも、「勉強をどう定義するか」に関わってくるからです。
勉強というと、なんらかの学校に通って学ぶようなものを多くの人がイメージしますよね? ただ、僕の場合、あまりそういった道を通ってこなかったのです。どちらかといえば、日常のなかでいかに学んでいくかを意識してきました。
ですから、「この時期にはこんな勉強をして、またこの時期にはこんな勉強をしていた」というのではなく、「常に何かしらのことを学んでいる」というのが、僕の学びのスタイルです。一般的な「勉強」のイメージとは少し違うかもしれませんね。
経験からの学びの歩留まりをいかに高めるか
――そうなると、いまも意図的に勉強時間を確保しようといった意識はあまりもっていませんか? 社会人にとって勉強時間の確保は大きなテーマのひとつだと思います。
たしかに、僕には、仕事をしながら学び、学びの過程で仕事をしている意識があります。ただ、そうはいっても、やはり勉強時間の確保は大事なポイントです。もっと具体的に言うと、僕の場合は「振り返り時間の確保」になります。
学校に通うスタイルの勉強であれば、「カリキュラムに従って予習や復習をする」という学校側が用意した仕組みによって、勉強の成果はある程度担保されます。でも、僕のように「日常のなかで学ぶ」となると、言葉の聞こえはいいのですが、きちんと自分を律することができなければ忙しい毎日に流されるだけになってしまうのです。
幸いにして僕の場合、きっかけこそ思い出せないのですが、1日の終わりに「今日はどんなことをしてなにを学んだのか」と振り返りをする習慣が若いときから身についていました。そうして、日常のなかの学びをきちんと血肉にできてきたのだと思います。
――仮に日々のなかで同じことを学んだ複数の人がいたとして、振り返りをするかどうかで学びの定着に差が出てくるのですね?
まさにいまこの瞬間も過去を振り返っていたのですが(笑)、いまの話に関わることを思い出しました。商社でもその後のキャリアのグロービスでも、仕事柄、たくさんのビジネスパーソンとの接点が僕にはありました。インタビューなどを通じて、人の成長ストーリーに触れる機会が数多くあったのです。すると、人の成長の因果律のようなものが見えてきました。
僕が接してきたビジネスパーソンのなかには、立派な肩書きをもっているとか、大きなプロジェクトを任されてきたというような、いわば大きな経験をしている人もいます。でも、そんな人であっても、話してみると「話に深みが出てこない」と感じることも少なくありません。
一方で、決して大きな経験をしてきたとは言えない人のなかにも、自分自身の限られた経験から最大限の学びを得ている人もいます。それらの違いを生むものこそ、振り返りなのだと思います。そうして、ひとつひとつの経験からの学びの歩留まりをいかに高めるかこそが、最も重要なのです。
人が成長するのは、「想定外」と「板挟み」に置かれたとき
――これまで働きながら学び続けてきたなかで、悩んだり大変だと感じたりした経験はありますか?
いや、むしろ悩みがあるのが日常じゃないですか(笑)。いまも日々悩んでいますよ。たとえばいまは「書く」ことについてめちゃくちゃ悩んでいます。書くことは僕の仕事の半分くらいを占めているのですが、もう全然筆が進まない……。
労力や時間の投入量に対してわずかな文字量しか出てこないとか、どうして自分はこんなちっぽけなことしか書けないんだろうとか……。一方でほかの人の文章を見ると、文字が踊っているような印象を受けて、もはや絶望しかない感覚に陥ります(苦笑)。
ただ、逆に言うと、悩みがあるからこそ「それをどう乗り越えるか」という考えに至るわけです。悩みが学びのきっかけや推進力となり、その先に成長があるのだと思います。
これについては、以前に文部科学副大臣などを務めた鈴木寛さんの言葉もヒントになっています。鈴木さんは「人が育つ瞬間というのは、『想定外』と『板挟み』に置かれたときだ」というようなことを言っています。この言葉を知ったとき、僕も「まさしくそのとおりだ!」と思いました。
想定外については、僕自身にも強く記憶に残っている経験があります。あるとき、講師としてプレゼンテーション研修をすることになっていました。ところが、会場に行くとプロジェクターが故障していて、代わりの手配もできないと言います。用意してきた資料は使えません。まさしく想定外な出来事です。
そうなると、資料のことは忘れ、自分なりに考えるプレゼンテーションの本質を目の前の人たちにどうにかして伝えるしかない。そうして腹をくくると、これまでに蓄積してきたナレッジの集大成のようなものが自分のなかに湧き上がってくるのを感じました。そうして、即興的に研修を進めることができたのです。
この体験は、いわゆる勉強というカテゴリーには入らない修羅場体験かもしれません。しかし、学びにとってはそのような「逃げ場のない状況に置かれる」経験がなによりも尊いのです。もちろんそういう体験は狙ってできるものではありませんが、もし読者のみなさんがかつての僕のように想定外だとか板挟みの状況に置かれたときには、「最上の学びの機会だ」と迎え入れてほしいと思います。
【荒木さんのとある1日のスケジュール】
Voicyの収録、執筆作業、ミーティング。これらすべてが、荒木さんにとって学びの場になっています。
08:00〜10:00 Voicy収録など
10:00〜12:00 執筆作業
13:00〜17:00 オンラインミーティングなど
17:00〜18:00 運動
20:00〜22:00 執筆・読書
23:00 一日の振り返り
【会社紹介】
株式会社学びデザインは、学びの裾野を広げることを目的に、学ぶためのサービスづくりや、そのためのコンサルティング、研修設計、研修の実施などを行なっています。学びに関するサービスについてご相談があればお気軽に問い合わせください。
https://manabi-design.jp/
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清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。