ジョブ・クラフティングとは、仕事への取り組み方を見直したり、自分の強みを発見したりすることで、仕事の中に主体的にやりがいを見出していこうという考え方です。
クラフト(craft)は、英語で「工芸」の意味。つまり、一見退屈なふだんの業務・人間関係にひと工夫加えて、面白いものに変えていこうというのが、ジョブ・クラフティングの基本的なコンセプトなのです。
ジョブ・クラフティングを試してみれば、やる気をもって毎日の仕事を楽しめ、働きがいを味わうことができますよ。本稿では、ジョブ・クラフティングの概要や具体的な実践方法を詳しく解説していきます。
- ジョブ・クラフティングとは
- ジョブ・クラフティングの目的
- ジョブ・クラフティングにおける3つのアプローチ
- ジョブ・クラフティングとジョブ・デザインの違い
- ジョブ・クラフティングの事例
- ジョブ・クラフティングのやり方
- ジョブ・クラフティングのコツ
- ジョブ・クラフティングの注意点
ジョブ・クラフティングとは
ジョブ・クラフティングとは、米イェール大学経営大学院のエイミー・レズネスキー教授とミシガン大学のジェーン・E・ダットン名誉教授が、2001年に提唱した理論。「組織や上司が決めたタスク・ルールに忠実に従う」という従来の労働観に異を唱え、従業者の主体性を重視することで、仕事を生き生きとしたやりがいのあるものに変えていくことを目指しています。
与えられた作業をロボットのようにこなすだけ、というのは、基本的にとても退屈なことですよね。筆者は小学生の頃、絵を描いたり工作をしたりするのが好きな子どもでしたが、夏休みの宿題としての自由研究には面倒くささを感じていました。
どんなに好きなことでも、「やらされ感」を感じた途端、やる気がなくなってしまう……。あなたにも、きっと似たような経験があるかと思います。
仕事についても同じことが言えるでしょう。「上司の指示でやらされている」「会社の意向でやらされている」と思うと、仕事はただの退屈な作業と化してしまいます。
モチベーションが下がり、生産性や成果物の質にも悪影響が及びかねません。仕事に「やらされ感」を感じると、自分が退屈になるだけでなく、パフォーマンスが落ちてビジネスパーソンとしての評価を下げられてしまうかもしれないのです。
そこで役立つのが、ジョブ・クラフティングというわけです。
ジョブ・クラフティングの目的
冒頭でも述べた通り、ジョブ・クラフティングは、仕事への取り組み方や向き合い方を変えることによって、仕事のやりがいを創出することを目指しています。 ジョブ・クラフティングの例としてよく引き合いに出されるのは、経営学者ピーター・ドラッカーによる「3人の石工」の話です。
あるところに、3人の石工がいました。
1人目の石工に「あなたは何をしているのか?」と尋ねます。すると、石工は「親方の命令でレンガを積んでいる」と答えました。
2人目の石工にも同じ質問をすると、「レンガを積んで塀を造っている」と答えました。そして、最も生き生きとした様子で仕事をしている3人目の石工は、「人々がお祈りをするための大聖堂を造っている」と答えました。
つまり、同じ石工という仕事でも、「命令されてレンガを積んでいる」と捉えるか、「大聖堂を造るための意義深い作業だ」と捉えるかによって、仕事に対するモチベーションや幸福感はまるで異なるのです。
3人の石工の言葉は、それぞれ「Job」「Career」「Calling」と呼ばれる3種類の仕事観に対応しています。「Job」「Career」「Calling」とは「仕事志向性」という考え方に基づく分類。
従業員のアイデンティティを研究する高尾義明教授(首都大学東京)によると、社会学者のロバート・N・ベラーらによる著書“Habits of the Heart: Individualism and Commitment in American Life”(1985年)で提唱されたものです。
「Job」という仕事観
「Job」とは、「仕事は生活のためにやむを得ずするもの」という考え方で、「親方の命令に従ってレンガを積んでいる」と答えた1人目の石工にあたります。「Job」の人にとって、仕事は報酬を得るための手段に過ぎないので、仕事の内容が楽しいかどうか、意義深いかどうかに感心を払いません。
Job型の仕事観をもっている人は、金銭を得ること以外に働く目的がないため、アウトプットの質は最低限になってしまうことが多いようです。
「Career」という仕事観
「Career」とは、「仕事は自分のキャリアをアップしたり、成長したりするためにやるもの」という考え方です。「塀を造る」という目的をもちながら仕事をしていた2番目の石工が該当します。
Job型と比べ、能動的に働いているようにみえますね。
Career型の人は、仕事を通じて得られる社会的地位や、仕事を通じた成長可能性を重視しており、仕事そのものを楽しんでいるわけではありません。
「Calling」という仕事観
「今の仕事が自分の天職だ」と思い、仕事の内容そのものを愛する考え方が「Calling」です。「祈りに来る人々のために大聖堂を造っている」と答えた3人目の石工が該当します。
Calling型の人は、仕事の意義を原動力としており、仕事を自分自身のアイデンティティとつなげています。Calling型の人にとって、働く目的は仕事の内容そのものにあるので、常に充実感をもって働いています。
モチベーションが高いため、パフォーマンスも良く、3者の中では最も望ましい状態だといえるでしょう。
ジョブ・クラフティングでは、自己分析や業務の見直しを通じ、Calling型のモチベーションに近づくことを目指します。Job型・Career型の姿勢で仕事に臨んでいる方は、本稿で紹介するジョブ・クラフティングを実践し、仕事との向き合い方を見つめ直してみましょう。
ジョブ・クラフティングにおける3つのアプローチ
ジョブ・クラフティングでは、以下の3つのアプローチから意識の改善を目指していきます。
1. 仕事の捉え方
1つ目のアプローチは、仕事の捉え方です。「3人の石工」の話で見たように、自分の仕事をただの退屈な作業と捉えるのではなく、積極的に意義を見出すことで、モチベーションを高められます。
たとえば、経理の仕事でも「退屈な事務作業だなあ」と思ってやるのと「会社のみんなを陰で支える大切な仕事なんだ!」と思うのとでは、まるで意欲が違ってくるはずです。
2. 仕事の方法
2つ目のアプローチは、仕事の方法・内容の改善です。いつも同じ仕事を同じようなやり方でやっているのでは飽きてしまいますし、なかなか成長できません。
ときには別のやり方を取り入れてみたり、新しい技術を使ってみたりすることで、マンネリが打破され、やりがいを生み出せる可能性があります。
仕事の内容を自分で変更できる権限がなくても、事務作業をより効率的に進められる方法を考えたり、エクセルのスキルを学び直してより使いやすい表を作ってみたりと、自分なりに工夫を施す余地はあるはずです。
3. 人間関係
3つ目のアプローチは、人間関係。生き生きと仕事をするために、なくてはならない要素です。
常にギクシャクとした緊張ムードの職場では働きづらい一方、自分を頼りにしてくれる人や認めてくれる人が職場にいれば、「役に立ちたい」「喜んでほしい」といった利他的なモチベーションが湧き上がってくることでしょう。ふだんは関わりのない部署と連携して仕事を進めてみたり、同僚や顧客とこれまで以上に積極的にコミュニケーションを取ったりすることで、人間関係を豊かなものにしていくことが大切です。
以上3つのアプローチは、ジョブ・クラフティングにおいて重要な考え方であり、以降の章でも登場するので、覚えておいてください。
ジョブ・クラフティングとジョブ・デザインの違い
ジョブ・クラフティングと似た言葉に「ジョブ・デザイン(職務設計理論)」というものがあります。一見同じように思えますが、両者は全く異なる概念です。
ジョブ・デザインは、心理学者のリチャード・ハックマン氏、同グレッグ・オルダム氏によって提唱されたものです。ジョブ・デザイン理論は、仕事を「技能の多様性」「職務の完結性」「職務の重要性」「自律性」「フィードバック」という5つの指標によって分析し、仕事の内容が従業者のモチベーションに与える影響を考察しました。
ジョブ・デザインは、基本的に「経営者のための理論」です。ジョブ・クラフティングが「従業者の主体的な創意工夫」を重視した理論であるのに対し、ジョブ・デザインでは、従業員がやりがいをもって取り組めるような仕事を“組織側が”デザインするべきである、という考え方をします。
どちらも「仕事のやりがいを創出する」という意味では同じですが、ジョブ・デザインでは、従業員はあくまで組織から与えられた通りの仕事をこなす受け身な存在とされているので、ジョブ・クラフティングとジョブ・デザインは大きく異なるのです。
ジョブ・クラフティングの事例
ジョブ・クラフティングの例としてよく挙げられるのが、東京ディズニーリゾートで働く掃除係です。
掃除係の仕事は「園内の掃除をすること」。業務の性質上、ルーティンワークになりがちで、モチベーションを保つのが大変そうですよね。
しかし、東京ディズニーリゾートにおいて、掃除係は「カストーディアルキャスト」(custodial:管理、保管)という魅力的な名前で呼ばれています。
カストーディアルキャストは掃除係であると同時に、入場者を「おもてなし」するキャストの一員。来場者に楽しんでもらうため、バケツの水で地面にキャラクターの絵を描いたり、道案内をしたりなど、自分で考えて積極的に入場者と交流し、園を盛り上げているのです。
ただ黙々と掃除するのではなく、自分の能力を活かして工夫し、来場者と交流しながら生き生きと働けているわけですね。テーマパークという特殊な職場ではありますが、ジョブ・クラフティングのお手本として、多くのことが学べそうな事例です。
ジョブ・クラフティングのやり方
では、ジョブ・クラフティングの具体的なやり方を見ていきましょう。
ステップ1:タスクの洗い出し
まず、自分が抱えているタスクを全て洗い出しましょう。人事部で働いている人の業務を洗い出してみると、以下のようになります。
- 面接日程の調整
- 人事制度の設計
- 労務管理
- 採用面接
- 研修
ステップ2:動機・情熱・強みを書き出す
今度は自分の内面を掘り下げていきます。仕事に対する「動機」「情熱」「強み」の3つを、自分の言葉で書き出してみましょう。
仕事を通して獲得したいものや大事にしたいものが「動機」、仕事で嬉しいと感じることやモチベーションにつながることが「情熱」、自分の能力やスキルが「強み」です。
- 動機:ビジネスパーソンとして成長すること
- 情熱:人に喜んでもらうこと、専門的なスキルを身につけること
- 強み:コミュニケーション能力、ITスキル
ステップ3:「仕事の捉え方」を変える
「動機」「情熱」「強み」をもとに、ステップ1で書き出したタスクをポジティブに再解釈できないか、考えてみましょう。上で紹介した3つのアプローチのうち「仕事の捉え方」を変えるステップにあたります。
たとえば、「面接日程の調整」というタスクは、「ビジネスパーソンとして成長する」という動機を考慮すると、ビジネスパーソンとして重要な「時間管理能力」を磨く恰好の場である、と捉えることができます。また、「採用面接」では「コミュニケーション能力」という強みを活かせますし、「研修」では「人に喜んでもらう」という情熱を満たすことができそうですね。
このように「動機」「情熱」「強み」をタスクとひもづけられれば、ただの作業だと思っていた業務が、自分にとって意義のあるものに変わるのです。
- 面接日程の調整:ビジネスパーソンとして成長できる
- 人事制度の設計:専門的なスキルを身につけられる
- 労務管理:ITスキルを活かせる
- 採用面接:コミュニケーション能力を活かせる
- 研修:人に喜んでもらえる
いつものタスクが「成長の場」「情熱を注ぎ込める場」「強みを活かせる場」に変わることで、仕事への充実感がアップし、パフォーマンスの向上が期待できます。
ステップ4:「仕事の方法」「人間関係」を見直す
最後は、「仕事の方法」および「人間関係」を見直していきます。
ステップ3で、「面接日程の調整」というタスクは時間管理能力を磨ける場である、と再定義しましたね。そこから発展し、「より効率的に時間を使える方法はないか?」「より楽に日程調整をする方法はないか?」と試行錯誤し、「仕事の方法」のブラッシュアップを目指すことで、やりがいが生まれるのです。
また、「研修」は人に喜んでもらいたいという情熱を満たせる場だと定義しましたね。より楽しくわかりやすい研修方法を研究したり、研修を受ける人たちとより密なコミュニケーションをとったりすることで、「人間関係」による楽しみを増すことができそうです。
- 面接日程の調整:ビジネスパーソンとして成長できる
→より楽に時間を管理できる方法を工夫しよう - 人事制度の設計:専門的なスキルを身につけられる
→専門書を読んで、人事制度についてもっと深く知ろう - 労務管理:ITスキルを活かせる
→より効率的なツールを導入してみよう - 採用面接:コミュニケーション能力を活かせる
→被面接者のことをもっと深く知れる質問の仕方を研究しよう - 研修:人に喜んでもらえる
→被研修者にもっと楽しんでもらえる方法を研究しよう
ジョブ・クラフティングのコツ
ジョブ・クラフティングを行なうコツは、身の回りのささいな要素から変えていくことです。
仕事との向き合い方を変えるといっても、いきなりガラッと全てを変えてしまうのは困難ですよね。いつもの仕事にひとつだけ新しいチャレンジを取り入れてみる、ふだん話さない同僚に話しかけてみるなど、すぐに実践できる小さなことを積み重ねていきましょう。
慣習や前例になるべくとらわれないことも大切です。
最初に教わった仕事のやり方や、前任者から引き継いだやり方を捨てるのは勇気が要るものですが、これまでの方法が最良とは限りません。より効率的なやり方や、より意欲的に取り組めそうな方法が思いついたのならば、思い切って取り入れてみることが大切です。
ジョブ・クラフティングの注意点
メリットばかりのように思えるジョブ・クラフティングですが、注意しないと問題が起こってしまう可能性も。ジョブ・クラフティングを実践するうえで気をつけるべきことを2点、紹介しましょう。
やりがい搾取
ジョブ・クラフティングは、あくまで「従業者自らが進んで」仕事にやりがいを見出すことが前提。もし、仕事の意義を「やりがい」として会社から押しつけられるのであれば、ジョブ・クラフティングではなく、いわゆる“やりがい搾取”になる可能性があります。
“やりがい搾取”とは、「やりがいこそが報酬である」という主張によって、企業側が低賃金・長時間労働など悪条件下での労働を従業員に強いること。2007年頃、社会学者の本田由紀氏によって提唱された概念です。
やりがいは、あくまで従業者が自らの意思で見出してこそ、有意義なものになります。“やりがい搾取”に飲み込まれてしまわないためにも、自分にとって仕事とは何なのかよく考え、自分なりの労働観を確立しておくことが大切です。
仕事の属人化
ジョブ・クラフティングは、従業員個人の創意工夫によって仕事のやりがいを高めるものである、ということは繰り返し述べてきた通りです。しかし、個人の裁量に任せると、仕事が「属人化」する危険性が生まれます。
属人化とは、「個人に属する」という意味で、ある仕事が特定の誰かにしかできない状態になることです。
たとえば、広報部のAさんは、非常に効果的な販促方法を知っていて、会社の売上に大きく貢献をしているとします。しかし、その販促方法をAさんしか知らないと、Aさんが会社を休んだり辞めたりしたとき、会社全体の売上が大きく下がってしまいますよね。
これが、属人化による弊害です。
ジョブ・クラフティングによって仕事に個人の創意工夫が加わるのは歓迎すべきことです。しかし同時に、仕事のやり方が変わるたびに社内で情報を共有し、属人化への対策も考えておきましょう。
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仕事を充実させる、ジョブ・クラフティングという技術をご紹介しました。
仕事はどうしても、ルーティンの繰り返しが多く、マンネリに陥りがち。だからこそ、自分の意欲や特性に応じて仕事を見つめ直し、積極的に意義を見出そうという姿勢が必要なのです。
最近、仕事がつまらないなぁ……と思っている方は、転職を考える前に、まずは目の前の仕事にひと工夫加えてみてはいかがでしょうか。
(参考)
Bellah, Robert, Richard Madsen, William Sullivan, Ann Swidler, and Steven Tipton (1985), Habits of the Heart: Individualism and Commitment in American Life, Oakland, University of California Press.
BizHint|ジョブ・クラフティング
メンタルヘルス.jp|ジョブ・クラフティングとは
DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー|従業員のやる気を引き出し、職務以上の仕事をさせる方法
首都大学東京 経済経営学部・経営学研究科|ジョブ・クラフティング研究の展開に向けて:概念の独自性の明確化と先行研究レビュー
日本の人事部|やりがい搾取
Yahoo!ニュース|マジメな人、いい人ほど危ない? 実はあなたも「やりがい搾取」されているのかも
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。