上司は部下に、なにかと注意や指摘をしなければならない立場にあります。その「注意や指摘」について、「叱る」こととイコールだと考える人は多いでしょう。
この認識に警鐘を鳴らすのは、アメリカでコミュニケーションスキルを学び、企業経営者向けメディアトレーニング、プレゼンコーチングを行なっている岡本純子さん。部下に注意や指摘をするときにはどうすればいいのでしょうか。「叱り方」「ほめ方」の手法を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
岡本純子(おかもと・じゅんこ)
横浜市出身。「伝説の家庭教師」と呼ばれるエグゼクティブ・スピーチコーチ&コミュニケーション戦略研究家。株式会社グローコム代表取締役社長。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。英ケンブリッジ大学院国際関係学修士。米MIT比較メディア学元客員研究員。1991年、読売新聞社に入社後、経済部記者として日本のトップリーダーを取材。アメリカでメディア研究に従事した後、電通パブリックリレーションズ(現電通PRコンサルティング)にて、企業経営者向けメディアトレーニング、プレゼンコーチングに携わる。2014年、再び渡米し、ニューヨークで「グローバルリーダー」のコミュニケーション術を学ぶ。新聞記者時代に鍛えた言語化力、表現力、PRコンサルタントとして得たブランディングのノウハウ、アメリカで蓄積したパフォーマンス力、科学的知見を融合し、独自のコミュニケーション学を確立。現在は、日本を代表する大企業のリーダー、政治家など、トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチ等のプライベートコーチングに携わる。2021年、「今年の100人」として「Forbes JAPAN 100」に選出。2022年5月には、次世代グローバルリーダーのコミュ力育成のための「世界最高の話し方の学校」を開校した。著書に、シリーズ累計20万部を突破した『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』(ともに東洋経済新報社)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
人間は叱られることに本能的な恐怖を感じる生き物
「注意や指摘」というと、一般的には「叱る」ことだと認識されがちです。そのため、なんらかのミスをした部下に対する上司からの「注意」が、厳しい「叱責」になってしまうことは多いもの。でも、叱られた側からすると、叱られた事実をネガティブに受け取ってしまいます。こういったネガティブなフィードバックに対しては、心理学的に人間は強く恐れるようにできています。集団生活を営む生き物であるがゆえに、リーダーから叱られると、「群れから排斥されるかもしれない」といった本能的な恐怖を感じるのです。
もちろん、その恐怖心から叱られた側が行動を改めるケースもあるでしょう。しかし、メンタルは傷ついてしまいます。それによる悪影響がその後の仕事ぶりに及ぶこともありますから、この手法については私からはおすすめしません。
私は、叱ることを、「あるべき方向へ正しく導く建設的フィードバック」に変えることをおすすめします。相手を叱って傷つけるのではなく、「あなたにはいいところもたくさんあるけれど、ここを直すともっとよくなるよね」というふうに、相手が自分から動くように促していくコミュニケーションです。
叱って相手を傷つけることによって、相手が行動を改めるといった結果が出る場合もあります。でも、相手を傷つけることなく、むしろいい気分にさせて同じ結果が出るのだとしたら、あなたはどちらを選びますか? 後者であれば、前者のようなことをして「嫌な上司」と思われることもありません。どちらを選ぶべきかは明白ですよね?
ほめるときに意識すべき「みかんほかんの法則」とは?
その「あるべき方向へ正しく導く建設的フィードバック」をするためには、ほめるときの基本である「みかんほかんの法則」というものを意識してほしいと思います。
これは、私がアメリカで学んだコミュニケーション学の内容をベースに、日本人に合うかたちにしたもののひとつです。アメリカでは「実践あるのみ」というかたちでコミュニケーションを学びますが、日本人はコミュニケーションの実践が苦手です。一方で、まじめで勉強熱心な人が多いからか、法則や方程式といったものはきちんと覚えようとするからです。
みかんほかんの法則は、以下のような内容です。
【ほめ方の基本「みかんほかんの法則」】
み:「認」める
かん:共「感」する
ほ:「ほ」める
かん:「感」謝する
これら4つの内容を組み合わせることで、うわべだけではない、気持ちのこもった本当の意味での「ほめる」になります。
まずは「最近、頑張っているよね」「あのプロジェクト、順調みたいだね」というように、「いつもあなたを見ているよ」と認めていることを伝えます。
続いて、相手の状態次第で、「大変だよね」「つらいよね」「嬉しいよね」「忙しいのに大変だったんじゃない?」といった共感の言葉をかけてから、ようやくほめます。ただし、「すごいね」などの「人ほめ」では、人はあまりよろこびを感じません。「あの難しい仕事、よくこなせたね」といった「プロセスほめ」が効果的です。そして、最後に感謝しましょう。もちろんこのときも、「○○してくれて助かったよ」のようなプロセスほめがより効果的です。
このほめ方が、なぜ注意や指摘をするときにも役立つかというと、こうしたほめ方によって相手との信頼関係が築けるからです。あなたにも、「あの人にだったら注意されても素直に聞きたくなる」と信頼している人がいるのではないですか? 日頃から自分をよく見ていてくれて信頼を寄せている人からであれば、「こうしたらもっとよくなるよ」という注意や指摘も素直に受け入れられるのです。
いま求められているのは、共感型のリーダー
最後に伝えたいのは、ほめるという行為に対する認識についてです。日本では、ほめるというと「相手を自分の都合よく動かそうとしている」などと、どこか裏のある、いやらしくて自然ではない行為ととらえる風潮が強いように感じます。
でも、ほめた結果、相手は気持ちよくなって動いてくれるのですから、こんなにいいことはないはずです。その力を使わないのは、本当にもったいないことだと思います。
人の成功を決めるのは、多くが人間関係です。どんなに仕事の能力が高い人であっても、周囲から嫌われている人は、重要なポジションに抜擢されたり大きな仕事を任されたりする可能性が低くなります。「あの人って仕事はできるけれど、嫌な人だよね」と言われる人は、やはり大きな損をするのです。
ほめ上手であれば、プライベートでも人からモテるでしょう。そして、上司として信頼されますし、人を動かすこともできます。その結果、周囲を巻き込んで大きな成果を挙げられれば、嫌われる人と比べると収入にだって大きな違いが生まれてくるはずです。
いまの時代にはさすがに減ってきているかもしれませんが、「黙って俺についてこい」「仕事は見て覚えろ」といった考えをもち、むっとした表情を見せて恐怖で人を動かそうとするような、いわば「昭和型のリーダー」もいます。
でも、それはもはや時代錯誤です。令和のリーダーを見てください。ワールド・ベースボール・クラシックで野球日本代表を優勝に導いた栗山英樹監督も、夏の甲子園で優勝した慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督も、選手を尊重しほめて結果を残しましたよね? そんな共感型のリーダーが、いまは求められているのです。
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