「バーンアウト(燃え尽き症候群)」という言葉を、みなさんはどのようにとらえているでしょうか? なかには、「燃え尽きるまで仕事や勉強に努力できるなんて、格好いい!」と思っている人もいるかもしれません。そうした風潮もあって、忙しさのあまり社会人の読書量が減少していると危惧するのが、作家で文芸評論家の三宅香帆さん。多忙な社会人が読書をするには、なにより「習慣化」がキモになると語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
三宅香帆(みやけ・かほ)
1994年1月12日生まれ、高知県出身。作家、文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師。京都大学大学院人間・環境学研究科博士前期課程修了(専門は萬葉集)。大学在学中に、京都・天狼院書店の店長に就任。2017年、大学院在学中に著作家としてデビュー。『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『30日de源氏物語』(亜紀書房)、『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)、『刺さる小説の技術』(中央公論新社)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
「バーンアウト」は、決して格好いいものなどではない
長時間労働や、それにともなう過労死が社会問題となってかなりの年月が経ちますが、令和の時代になっても変わらずに、日本人の労働時間は世界的に見て長いままのようです。
ただ、その内実には変化があります。かつては、政府や企業などの組織から押しつけられた規律や指示により長時間労働が強いられていました。ところが、いまのビジネスパーソンは、自己責任と自己決定を重視する「新自由主義社会」のなか、「もっと頑張れるはずだ!」と自らに長時間労働を強いているのです。
「大企業に就職すれば一生安泰」という終身雇用制の破綻の影響もあるでしょう。そのように企業社会が変化したことで、ビジネスパーソンたちは、よりよいキャリアを歩むために、仕事やそれにつながる勉強に自らを駆り立てています。この傾向は、特に若いビジネスパーソンに顕著です。
さらに、その傾向を「いいもの」としてとらえる風潮も強いようです。アメリカの宗教学者でジャーナリストのジョナサン・マレシックは、著書『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか バーンアウト文化を終わらせるためにできること』(青土社)で、「バーンアウトは英雄的な疲労であり、野心的な労働者はバーンアウトに憧れてさえいるのだ」と述べています。
私自身も、「バーンアウト(燃え尽き症候群)」という言葉に対して、以前はそれほどネガティブなイメージをもっていませんでした。燃え尽きるまで頑張れる人に対して、むしろちょっとした格好よさまで感じていたほどです。でも、バーンアウトは、長期間にわたるストレスや過剰な仕事量により引き起こされ、最終的にはうつ病の発症をも招く深刻なものであり、決して格好いいものなどではありません。
本を読む余裕すらない社会はおかしい
いま、社会人の読書量減少が社会問題として取り上げられる機会も増えてきました。その背景にも、仕事にのめり込んでバーンアウトするようなことが称賛される風潮があるように思います。
でも、そもそも、本を読む余裕すらない社会はおかしいと思うのです。本来、読書というものは、ビジネスパーソンとして成長していくためにとても重要なものではありませんか?
必要な知識を得ようと読書をすると、直接的に欲しい知識以外の「周辺知識」もインプットできます。読書をした時点では仕事に必要ないことにも思えるそれらの周辺知識――いわば「ノイズ」が、ある瞬間に仕事とつながるケースは決して珍しくありません。ノイズと言うと必要ないものだと思う人もいるかもしれませんが、ビジネスパーソンにとっての読書の重要性はじつはここにあるのです(『働いていると本が読めなくなるのはなぜ? 多忙な社会人が読書量を増やすコツ』参照)。
一方、ネット社会である現代は、知りたいことがあったら、まずインターネットで検索するのが当たり前になっています。その場合、読書とは違って欲しい情報にストレートに行き着くために、「周辺知識」を得られることがほとんどありません。欲しい情報を最短で手に入れようとする時代において、自分が想像もしていなかった情報も手に入れられる点で、本は非常に特徴的なメディアになっていると感じています。
なお、先に「本を読む余裕すらない社会」と表現しましたが、「本を読む」というのは一種の比喩のようなものです。人によっては映画を観ることかもしれませんし、スポーツをすることかもしれません。それらも読書と同様に、映画から得た知識が仕事に役立つ、スポーツを通じてできた人脈が役立つといったかたちで、長期的に見ると仕事とつながることもあるはずです。
「カフェ読書」を習慣にして、読書のスイッチを入れる
私の場合は、映画やスポーツよりもやはり読書が好きですし重要だと考えていますので、ここでは多忙な社会人が読書をするためのコツを解説します。
最も重要なのは、「習慣化」です。どれほど忙しい人でも、歯磨きや洗顔など習慣になっていることは当たり前にこなせます。忙しさに追われて読書をできないのは、読書が習慣になっていないからです。
そこで、「帰宅途中の『カフェ読書』を習慣にする」ことを考えてみましょう。「帰宅途中」としましたが、もちろん「通勤途中」でもかまいません。「きちんと本を読もう」と思っていても、自宅では家事を始めやるべきことがいくらでもありますし、ゲームやテレビといった誘惑もあります。でも、カフェでならできることが限られていますから、読書に集中しやすいのです。
また、場所と習慣は強く結びついていると言われます。オフィスのデスクに向かえば自然と仕事を始めるように、「このカフェでは読書をする」と決めれば、そのカフェに入った瞬間、「読書をしよう」という頭のスイッチが入るようになります。
そして、なにより「無理をしない」ことを意識してください。先のバーンアウトの話にも通じますが、生身の人間である限り、無理をしていいことはありません。それに、習慣化にとっても無理をするのは大敵です。みなさんにも、「毎日、○キロのランニングをする」など自分にとってハードルの高い目標を立てた結果、習慣化に失敗した経験がひとつやふたつはあるはずです。
「頑張らなければ」と無理をして読書をしても内容は頭に入ってきませんし、習慣化も難しくなります。本が読めなくなったときは、「一時的に疲れているのかもしれないな、いまは休もう」「また読みたくなったときに読もう」と、カジュアルに考えておくのも大切だと思います。
【三宅香帆さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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