「思うように結果が出ない」「いまひとつ成長実感がない」といったもやもやした思いを抱いている場合、もしかしたら自分のなかにある「常識」がそうさせてしまっているのかもしれません。
こう指摘するのは、アスリートや会社経営者のメンタルサポートを行なう臨床心理士の武野顕吾さん。成果を挙げたり成長したりするために知っておくべき、「多くのビジネスパーソンが正しいと思っているけれど、じつは間違っていること」を教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
武野顕吾(たけの・けんご)
1967年9月26日生まれ、愛知県出身。臨床心理士。国際基督教大学大学院博士後期課程満期退学(臨床心理学専攻)。国際基督教大学卒業後に入社したソニー株式会社を退社後、 カナダのアマチュア硬式野球チームで7か月間プレーしたのち、臨床心理士の道へ。2004年に 横浜ベイスターズ(現横浜DeNAベイスターズ)と契約し、若手育成プロジェクトの心理部門を担当。11年には福岡ソフトバンクホークスの内川聖一選手をサポートする臨床心理士として個人契約。現在は各種スポーツ選手やチーム、会社経営者などのメンタルサポートを行なう。了徳寺大学非常勤講師。日本プロ野球OBクラブ会員。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
「仕事の本質」を意識すれば、「結果」はあとからついてくる
「結果を出したい」という思いは、ほぼすべてのビジネスパーソンがもっているでしょう。「結果を意識しなければ、結果は出ない」とまで思っている人も多いかもしれません。しかし、意外に思う人もいるかもしれませんが、臨床心理学の観点から言うと、結果を出すためには「結果から距離をとる」必要があります。
例え話になりますが、みなさんが針の穴に糸を通そうとしているとします。その作業で求めるべき結果は、「針の穴に通す」というものですよね? しかし、その結果ばかりにフォーカスしてしまうと体がこわばるなどして手元が安定しませんし、「通さないといけない」という思いがプレッシャーを生み、逆に結果につながらないのです。
だからこそ、結果を出すためにはあえて結果から距離をとるのです。結果を意識するのではなく、自分のパフォーマンスを最大化する、自分の力を出しきることにフォーカスすれば、結果はあとからついてきます。
しかしながら、まじめなビジネスパーソンであれば、「結果を出したい」という思いはどうしても捨てきれないものです。そういった人にお伝えしたいのは、「仕事の本質」に意識を向けること。みなさんの仕事の本質はどのようなものでしょう?
出版社に勤めている編集者であれば、その仕事の究極の本質とは、「ベストセラーをつくること」や、その結果として「給料を上げること」を超えて、「読者が抱えている困り事を、書籍を通じて解決すること」だとか、「良質なエンターテインメントを提供して読者を楽しませること」などではないでしょうか。
そのように「読者のために」と考え続けて仕事を追求したら、結果としてベストセラーを生んだり給料が上がったりするという順番になります。これはまさに、結果があとからついてくるということですよね。みなさんそれぞれの仕事の本質を、あらためて考えてみていただけたらと思います。
仕事で成果を挙げるためには、必ずしも「自信」は必要ない
また、「仕事には自信をもって臨みたい」「自信をもっていなければ仕事はうまくいかない」というのも多くの人がもっている思いです。しかし、私の考えとしては、自信は必ずしも必要ではありません。
それこそ、プロ野球選手であれば、「一軍の試合に出場できる状態にある」といった、それぞれの「舞台」に立つためのベーシックな自信は必要です。
しかし、舞台に立ったその先の勝負に勝てるか、結果を出せるかといったことに対する自信は必ずしも必要ではないのです。勝つか負けるか、結果を出せるかどうかは、そのときの状況によって左右される側面も大きく、超一流のアスリートであっても偶然が重なり思うような結果を出せないことも珍しくありません。
舞台に立ったその先に対して自信をもつというのは、いわば不確定な未来に対して自信をもつことであり、その自信は過去の実績からきたものです。つまり、意識が後ろ向きになっていて、「いまこの瞬間」に勝つためにエネルギーを向けづらくなるのです。
ですから、アスリートであれば目の前の相手に勝つことだけ、ビジネスパーソンであれば目の前の商談やプレゼンなどの仕事を成功させることだけに集中するのが大切です。舞台に立ったら、自信があろうがなかろうがやるしかありません。だからこそ、自信があるかどうかにフォーカスするのではなく、覚悟を決めてやるべきことに集中することで、よりよい結果を得られる可能性が高まります。
「ポジティブ思考」にある危険性を認識する
最後にお伝えするのは、ポジティブ思考についての私の考えです。ビジネスシーンに限らず「ネガティブ思考はよくないもの」「ポジティブ思考になるべき」といった風潮があります。「ポジティブ思考でなければ、仕事も人生もうまくいかない」という考えをもっている人が多数派でしょう。その考えも一度見直してみましょう。
ポジティブ思考「だけ」をもつのは危険だと私は考えます。「大丈夫、大丈夫」「平気だよ」と物事のポジティブな側面にばかりに目を向けるのは、自分のなかに不安などネガティブな要素があるからこその行動です。つまり、意識的かどうかにかかわらず、ネガティブな側面から目をそむけていている状態です。端的に言えば、不安の裏返しがポジティブ思考につながっているのです。
どんな仕事だって「100%完璧に成功する」と言いきれるものではありません。多かれ少なかれ不安はあるものですから、そういったネガティブな要素にもきちんと目を向けなければならないのです。
みなさんは、仕事に対して「最悪の状況」を想定しますか? 「あなたは本当にネガティブ思考だな」のように、ネガティブ思考という言葉は人を揶揄するようなときにも使われますが、仕事で成果を挙げるためにはネガティブ思考はとても重要な働きをしてくれます。
ネガティブ思考によって「もしこんなミスが起きたらどうしよう?」といった最悪の状況を想定しておけば、「その場合はこうしよう」と対処法を事前に用意しておくこともできます。「大丈夫、大丈夫」「平気だよ」というポジティブ思考だけをもつのか、それともポジティブ思考をもちながらも物事のネガティブな側面にも平等に目を向けるのか――どちらが成果につながりやすいかといえば、やはり後者のほうではないでしょうか。
【武野顕吾さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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