「この仕事は期限までにまだ余裕があるな」と考えて「先延ばし」してしまい、ギリギリになって慌てる——。多くの人に一度ならず経験があることだと思います。
脳科学的見地から見ると、先延ばしはどういうメカニズムによって起きるのか、そしてどうすれば先延ばしをなくすことができるのか、脳科学者の生塩研一(おしお・けんいち)先生に聞いてみました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/塚原孝顕
自分の「先延ばし度」はどれくらい?
みなさんの「先延ばし度」はどれくらいのレベルでしょうか? まずは、先延ばし度の自己診断テストを紹介しましょう。これは、心理学的アプローチによる先延ばし研究の世界的権威である、ピアーズ・スティール博士が考案したものです(ピアーズ・スティール『ヒトはなぜ先延ばしをしてしまうのか』阪急コミュニケーションズ、2012年)。
各項目について、「非常に大いに該当する」「大いに該当する」「少し該当する」「あまり該当しない」「ほとんど、ないしまったく該当しない」のいずれかで回答し、該当する点の合計点で診断します。
【「先延ばし度」自己診断テスト】
【あなたの「先延ばし度」】
診断結果はどうだったでしょうか。じつは、先延ばしについては、「自分には先延ばし癖はない」と思っている人でも実際には先延ばしをしがちといったように、客観視するのが難しいという特徴があります。みなさんのなかにも、自分の診断結果に対して意外に感じた人もいるかもしれませんね。
先延ばしを招くのは、最近注目されている脳領域
では、先延ばしと脳の活動にはどんな関係があるのでしょうか。その関係を調べたところ、先延ばし度が高い人ほど、脳の腹内側前頭前野と呼ばれる部分が強い活動を示すことが報告されています。
この脳領域は「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」に含まれます。DMNは最近注目されている脳領域ですから、聞いたことがあるという人もいるでしょう。
DMNは、学術的な立場から見るととても興味深い脳領域です。どの脳領域がどんな働きをつかさどっているかを調べるには、実験動物にある課題を与え、その課題をしているときの脳の活動を調べるというのが通常の手続きです。
ところが、DMNはなにかの課題をしているときにはむしろ静かになります。なにも課題を与えられていない、外界に注意を向けずなにもしていないときに活性化するのです。そしてこのDMNは、自分のことや過去や未来のことを考えるときにも活性化することもわかってきました。
先延ばし度が高い人は、取り組むべき課題について考えるのではなく、「うまくいかなかったら自分はどうなってしまうだろう……」というふうに自分のことについて考えたり、失敗した過去の嫌な記憶について考えたりします。つまり、自分のことや過去のことを考えるために、DMNが活性化するのです。
わたしは、この状態を「脳内ひきこもり」状態と呼んでいます。脳内ひきこもりになってしまって、取り組むべき課題に手をつけられず先延ばししてしまうのです。DMN自体は内省やひらめきといった非常に重要な脳機能を担っていますが、その過度な活動は脳内ひきこもりを招いて先延ばしにつながってしまうと考えられます。
「脳の司令部」を鍛えて先延ばし癖をなくす
そんな事態を回避するには、「セルフコントロール力」を強化するのが一番です。人間が本能的な欲望を抑えて理性的、計画的、社会的な判断をしたり行動がとれたりする、つまりセルフコントロールできるのは、「脳の司令部」と呼ばれる「前頭前野」という脳領域の機能によります。
先延ばしと脳の関係を調べた論文には、「先延ばし度が高いほど腹内側前頭前野と背外側前頭前野の結合性が弱かった」とあります。腹内側前頭前野とはすでにお伝えしたように脳内ひきこもりを招くDMNの一部であり、背外側前頭前野という部分がDMNの過度な活動を抑制しきれずに脳内ひきこもり状態となっているのです。
ちょっと難しかったかもしれませんが、いずれにせよ重要なことは前頭前野を鍛えてセルフコントロール力を強化することです。そうするには、日頃から「衝動性」を抑えることを意識してみてください。
誰もがスマホを持っているいま、つい「メールやSNSの通知は来ていないかな?」「大きなニュースは飛び込んできていないかな?」などと、数分おきにスマホをチェックする人も多いものです。じつは、そういう人は衝動性が高いのです。自分にも当てはまるという人は、それらをチェックする時間をあらかじめ決めておき、それ以外のタイミングでは見ないようにしましょう。慣れてくればそのうち気にならなくなるはずです。
また、「意識的な我慢」でセルフコントロール力が上がることを実証した論文もあります。先のスマホのチェックもそうかもしれませんが、つい「こうしたい」と思うことに気をとられないように意識の矛先を変えて衝動をかわせば、先延ばしすることなく本来やるべきことに取り組みやすくなるでしょう。
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【プロフィール】
生塩研一(おしお・けんいち)
1969年生まれ、広島県出身。博士(理学)。広島大学大学院博士課程修了後、慶應義塾大学理工学部助手を経て、現在、近畿大学医学部講師。実験動物を使って認知機能の脳内メカニズムを解明する実験的研究に従事。脳科学に関する情報をメルマガやブログ、Twitterなどで発信。一般向けのセミナーや企業研修といった活動も精力的に行っている。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。