日本のビジネスにおいては「生産性向上」や「効率化」が課題だとされますが、そんなことを考えるまでもなく、できることなら目の前の仕事をスムーズに終わらせて、限られた時間をほかの仕事にあてたり、あるいは余暇の時間を楽しんだりしたいものです。
そんな、仕事を効率よくスピーディに終えられるような「頭の回転が速い人」になるにはどうすればいいのでしょうか。脳科学者の生塩研一(おしお・けんいち)先生が、「頭の回転」といわれるものの仕組みから教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/塚原孝顕
頭の回転の違いは、「脳の構造」と「脳の使い方」にあり
「頭の回転」が速い人と遅い人には、「脳の構造」「脳の使い方」というふたつの違いがあります。まず、脳の構造のことから説明しましょう。
脳の情報処理をつかさどっている主体は、「ニューロン」という神経細胞です。このニューロンの特性自体には個人差はあまりなく、違いはニューロンどうしのネットワークにあります。このネットワークこそが、脳の構造というわけです。そして、私たちは、日々の経験や学習を通じてその人なりに形成された脳のネットワークをもとに、物事を理解したり判断したりしています。
頭の回転については、IQや理解力、記憶力、判断力などさまざまな側面がありますが、「課題をすぐに理解して的確な判断をする」という側面を考えてみましょう。理解するにも判断するにも、必要となるのは課題に関連する知識や経験です。課題をすぐに理解して的確な判断をするためには、豊富な知識や経験を得て脳のネットワークを充実させる必要があるのです。
また、それらの知識や経験も脳のなかに乱雑に配置されていると、理解や判断のための処理に多くの時間がかかってしまいますから、整理されていなければなりません。同じ情報が脳に格納されていても、ごちゃごちゃになっていては探すのが大変です。
ですから、インプットをするときにはすでに知っていることと関連づけたり、何度も考えたり判断したりといったことを繰り返し、知識や経験を整理することが大切となります。
頭の回転を遅くしてしまう「断片化」とは?
一方、脳の使い方とは、具体的には「断片化の防止」を指します。断片化とは、仕事などそのときに取り組むべき作業が中断されることで途切れ途切れになることです。断片化されると、作業を再開しても、脳が中断前の状態に戻るには思ったより長い時間が必要になるのです。
これは、脳の情報処理システムの特性によるものです。なにかの作業を始めたとき、10分後や30分後になると、始めた直後と比べて調子が出てきますよね? これは、その作業に関わる脳のネットワークが徐々に活性化していくためです。脳にもウォーミングアップが必要なのです。そして、作業を中断すると、再開するときにはまたウォーミングアップが必要となります。
3桁の足し算の暗算を続けたあとに引き算を続けるパターンと、足し算と引き算を交互に行なうパターンを比較した実験があります。実際にやってみれば実感できますが、後者のほうが前者よりはるかに多くの時間がかかります。なぜなら、足し算と引き算を切り替えるたびにウォーミングアップが必要になるからです。この実験では、後者のほうが時間も計算ミスも30%も増えてしまいました。
単純な計算ですらこうなのですから、もっと複雑な内容も多い仕事であればなおさら断片化を防ぐことを意識すべきでしょう。
オフィスにおいて断片化の原因となるのは、主にメールや電話、来客への対応でしょうか。それらによる断片化を防止するため、メールであれば決まった時間帯にだけチェックをするとか、電話や来客ならチームのなかで時間ごとに担当者を決めておくといった方法が有効だと思います。
「シングルタスク」に集中することを意識する
また、断片化の防止という意味では、「マルチタスク」も避けるべきです。忙しい社会人なら、「あれもこれもやらなければ……」と、まさにマルチタスクをしている気になっている人も多いかもしれません。
しかし実際には、私たちの脳はひとつの対象にしか意識を向けられず、同時に複数のことを考えるのは原理的に不可能です。マルチタスクをしているつもりでも、ただ考える対象を短い時間で切り替えているに過ぎません。つまり、マルチタスクは、自ら断片化をしてわざわざ効率を下げてしまっているということなのです。
ですから、効率的に仕事を進めようと思えば、シングルタスクに集中することが鍵となります。そのとき、ひとつのものに思える仕事でも、その中身にまで注目してみましょう。
作成した書類を完成前にチェックするとします。その仕事は「書類のチェック」というひとつの仕事に思えるかもしれませんが、実際にはどうでしょうか。複数のチェック項目があるなら、それぞれをチェックするのはじつは別の仕事だと言えます。
ですから、各ページですべての項目をチェックしていくより、特定の項目について最初から最後までチェックし、また最初に戻って別の項目をチェックしていくようにすれば、断片化を防ぎながら効率的に進められ、かつミスも少なくなるのです。
いくらIQが高いだとか地頭がいいと言われる人であっても、断片化に注意していなければ効率はかなり悪くなります。「頭の回転をよくしよう!」といわゆる脳トレなどをする前に、まずは断片化を防止することを考えてほしいと思います。
【生塩研一先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
生塩研一(おしお・けんいち)
1969年生まれ、広島県出身。博士(理学)。広島大学大学院博士課程修了後、慶應義塾大学理工学部助手を経て、現在、近畿大学医学部講師。実験動物を使って認知機能の脳内メカニズムを解明する実験的研究に従事。脳科学に関する情報をメルマガやブログ、Twitterなどで発信。一般向けのセミナーや企業研修といった活動も精力的に行っている。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。