ほとんどの人が、30代、40代に差しかかるにつれ、肉体的な衰えを感じるものです。それと同じように、脳も衰えると思っていませんか?
でも、テレビやラジオ等の各種メディアでも活躍する脳神経外科医の菅原道仁(すがわら・みちひと)先生は、「何歳になっても、脳は鍛えれば鍛えるほどその能力を上げられる」と断言します。そのためには、なによりも「自分の伸びしろを信じ、努力する姿勢が大事」なのだそう。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
重要なのは脳の神経細胞の数ではなくネットワーク
「脳は20歳前後に成長のピークを迎え、そのあとは衰えていく」――。そんな話を聞いたことがある人も多いでしょう。たしかに、「脳の神経細胞の数」という意味では、その話は正しいものです。
でも、脳の活動においてより重要となるのは、神経細胞の数ではなく、それらのつながりであり、いわばネットワーク。脳は使えば使うほど、神経細胞同士のネットワークが密になります。すると、神経細胞が減ることによって衰える以上に能力を高めることが可能になるのです。
また、かつてロンドンで活動するタクシー運転手の脳を調べた研究も、とても興味深いものでした。その研究では、タクシー運転手たちの脳のうち、「海馬」という部分の大きさを調べました。海馬は、空間認知を司る部分です。その研究の結果、ベテランであるほど海馬が大きいということがわかりました。
じつは、ロンドンのタクシー運転手になるための試験はすごく難しいものとされています。ロンドンという街は、道は複雑ですし一方通行も多い。タクシー運転手たちはそんな、ドライバーには不親切な道路事情のなかで、ある地点からある地点へと最短距離で行けるようにイメージしながら車を運転します。その繰り返しによって、彼らの海馬が発達したというわけです。この研究は、脳は使えば使うほど成長するということをはっきり示している事例だと言えるでしょう。
つまり、「もう大人だから、脳を鍛えようと思っても無駄だ」なんて思う必要はありません。さまざまなことにどんどんチャレンジして脳をしっかりと使えば、確実にその能力を高めることができるのです。
「苦手なこと」や「欠点」を「伸びしろ」ととらえる
このことを言い換えれば、脳には「未使用のリソース」があるとも言えます。あるいは、サッカーの本田圭佑選手がよく使っていた言葉なら、「伸びしろ」という言い方もできるでしょうか。
たとえば、サッカーのドリブルが苦手だという人がいたとします。それをただ「苦手」だとか「欠点」だとか思っていると、成長することはできないでしょう。でも、「伸びしろ」ととらえたならどうでしょうか? その人は、「自分にはまだまだ伸びしろがある!」と思って、積極的にドリブルのトレーニングを積むことになるはずです。
苦手なことや欠点は、克服できたら即座に成長につながるもの。苦手なことや欠点が多いことは、それだけ大きな成長を遂げるチャンスがあるということなのです。
それは脳でも同じ。たとえば、「計算が苦手だ」「お金の管理が苦手だ」と思っている人がいたとしたら、それはただ計算やお金の管理という行為に必要な脳の使い方をまだしていないだけのこと。もちろん、すでにお伝えしたように、何歳になっても脳は使えば使うほどその能力が上がっていきますから、とにかく「苦手」だと思っていることを伸びしろだと思い、あきらめずにチャレンジを続けていけば、いずれ苦手なことや欠点を克服し成長することができるのです。
目標を具体化して、「やる気物質」ドーパミンを利用する
ただ、そうは言っても、もう少し具体的なコツを知りたいという人もいるはずです。たとえば、「勉強してもなかなか成果が出ない」という人に、私からアドバイスをしてみましょう。
「成果が出ない」と嘆いている人にありがちなのが、その成果を具体的なものにまで落とし込んでいないということ。たとえば、正月に「今年は頑張るぞ!」なんてあいまいな目標を掲げたとします。でも、それではなにをもって頑張ったと言えるのかがまったくわからず、脳は目標をしっかりと具体的なものとしてとらえることができません。そのために、その年が終わる頃には「今年はあまり頑張れなかった気がするな……」と嘆くことになるのです。
そこで、目標を細分化して具体化してみましょう。「今年は頑張るぞ!」ではなく、「今年は週に1回はジムに通うぞ!」といった具体的な目標を立てるのです。そうすれば、目標が明確ですから、努力もしやすくなります。「今週も明日で終わりだけど、まだジムに行っていない」となったら、「今日か明日にはジムに行くぞ!」と思ってジムに行けますよね。
しかも、目標が具体的だからこそ、成果も具体的に見える。すると、目標を達成して成果を出せたことによって、脳のなかにはやる気を増す「ドーパミン」という神経伝達物質が分泌されます。その働きによって、さらにモチベーションが上がるという好循環を呼び込むことにもなるのです。
そもそも、脳を鍛えることも含め、努力には「無駄」というものはないと私は考えています。仕事で英語を必要としていないのに英語の勉強している人の努力は、無駄にも思えるかもしれません。たしかに、その人が英語を身につけたところで、いますぐに仕事で成果を出せるわけではないでしょう。
でも、自分の成長という点にフォーカスすれば、英語をマスターすることは大きな成果であるはずです。それに、その人が勤める会社の本社が数年後にアメリカに移転するかもしれないし、楽天のように社内の公用語が英語になるかもしれませんよ(笑)! そのときには身につけた英語が強力な武器になる。このように、自分の人生を俯瞰して見つめ、努力を続けられる人こそが、将来的には大きな成功をつかむのだと私は思っています。
【菅原道仁先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
ビジネスパーソンの「正しい怠け方」。成長を止める“悪い怠け癖”はこうして改善する
脳をリセットできる人=仕事の成果を出せる人。脳の疲れが本当に無くなる方法、教えます
【プロフィール】
菅原道仁(すがわら・みちひと)
1970年生まれ、埼玉県出身。脳神経外科専門医、抗加齢医学専門医、日本体育協会公認スポーツドクター。1997年に杏林大学を卒業後、国立国際医療研究センター病院脳神経外科で研修を行う。クモ膜下出血や脳梗塞といった緊急の脳疾患を専門とし、国立国際医療センター、北原脳神経外科病院にて、数多くの救急医療現場を経験。2010年以降、北原ライフサポートクリニック院長、日本健康教育振興協会会長、四谷メディカルクリニック院長などを歴任。2015年、東京・八王子に菅原脳神経外科クリニックを開業。2019年、医療法人社団赤坂パークビル脳神経外科理事長に就任し、また、菅原クリニック 東京脳ドックを開業。「病気になる前に取り組むべき医療がある」との信条で、新しい健康管理方法である「予想医学」を研究・実践している。『認知予防のカキクケコメソッド』(かんき出版)、『頭の中の貧乏神を追い出す方法 世界一役に立つお金の授業』(KADOKAWA)、『0〜3歳の成長と発達にフィット 赤ちゃんの未来をよりよくする育て方』(すばる舎)、『なぜ、脳はそれを嫌がるのか?』(サンマーク出版)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。