「人の名前はその人自身にとって最も甘美で重要なサウンドだ。それがどんな言葉であっても(A person’s name is to him or her the sweetest and most important sound in any language.)」と述べたのは、歴史的ベストセラー『人を動かす』の著者デール・カーネギー氏。米ビラノバ大学経営大学院(VSB)の学部長であるジョイス・E・A・ラッセル博士はカーネギー氏の名言を引用しつつ、「人の名前はその人のアイデンティティーと人格にとても密接につながっている」と説明しています。
相手の名前を覚えることは、ビジネス上の必須スキルです。「覚えないといけないのはわかっているけれど、苦手だなあ」なんて尻込みしないでください。相手の名前をしっかり覚えることは、想像以上に強力なビジネスの武器となりますよ。この記事では、名前を呼びかけながら話すことによる「効果」と、相手の名前を「覚える方法」を紹介します。
我々は名前に対し愛着がある
もしもあなたの名前に「令」という漢字が入っていたら、2019年5月1日からの新元号を知ったとき、「おおっ! 私の時代だ!」と感じたかもしれません。あるいは初めて会った人の名前の一部が自分と同じであれば、ちょっとした親近感を抱くでしょう。自分と同姓同名の人に至っては、何かしら縁を探り当てようとするはず。
上で挙げた例のように、多くの人は自分の名前に対し愛着を持っています。自分の名前を間違えられたり忘れられたりしたら嫌ですよね。だから私たちは、自分の名前だけでなく他人の名前も大切に扱わなければなりません。
英オックスフォード大学のロイター・ジャーナリズム研究所所長であるラスムス・クライス・ニールセン博士は、人の名前への愛着をよく理解していたようです。ある会議で90分の自己紹介や意見交換がなされたあと、議長のニールセン博士は議論の要旨を述べました。論点をまとめるあいだ、ニールセン博士は重要な意見を出した参加者たちを身振りで示しながら、参加者の名前に言及したそうです。
会議の参加者はおよそ30名。ニールセン博士は自己紹介の段階でそれぞれの人の名前を暗記するかメモするかしておき、議論の段階で、参加者の意見だけでなく名前も把握するようにしていたのですね。
経済情報を扱うWebメディア「Quartz」の記者であり、会議に参加していたカシー・ウェルバー氏は、ニールセン博士のやったことを「あまりにもさりげない行為で、驚くほど効果的な戦略」だと評しました。ウェルバー氏は、ニールセン博士がとても頭のいい人だという印象を受けたそうです。
「名前を呼ぶこと」の効果
ウェルバー氏によると、「名前を使う」ことはマネジメントの手法として非常によく知られているそう。経験豊富なCEOたちは、従業員が会社で「評価されている」と感じられるよう、従業員の名前に傾聴してから会話のなかで名前を使う「技」を身につけているのだそう。
ウェルバー氏は、ニールセン博士のように大きな会議で参加者全員の名前を覚えてみせることは、名前を覚えられた側の人間に対し、以下の効果をもたらすと述べています。
- ささやかな幸福感を覚える
- 名前を覚えてくれた側の人間に強い印象を持つ
また、前出のラッセル博士は、名前を「活用する」ことには以下の効果があると伝えています。
- 他者の注意を容易に引くことができる
- 礼儀正しい人だと思われる
- 「自分は尊重されている」と相手に感じてもらえる
- 相手に好印象を与えられ、好印象が長続きする
逆に、あなたが相手の名前を覚えられず、会うたびに「すみません。お名前はなんでしたっけ」とたずねているようなら、気まずい雰囲気は避けられません。相手は「何度も名前を忘れるなんて、よほど私に興味がないんだな」と感じ、あなたに対しネガティブな感情を抱くでしょう。
名前を覚える方法
同僚やクライアントの名前をなかなか覚えられないようでは、相手に悪印象を与えかねません。名前を覚える方法を、エキスパートに教えてもらいましょう。
1.チートシート(カンペ)をつくる
ロイター・ジャーナリズム研究所所長のニールセン博士は、会議における座席の配置をスケッチしつつ、それぞれのファーストネームおよび意見、それに対する自身のアイデアなどを書き留めるそう。先述した会議でも取り入れていたはずです。
ニールセン博士のチートシートは、名前を覚えるだけではなく、会議の流れを後から確認したり、自分のアイデアを広げたりする際にも役立ちます。
2.サイレント版・アクター式暗記ゲーム
記者のウェルバー氏によると、多くの役柄名を覚えなければいけない俳優さんたちは、ちょっとしたゲームで簡単に名前を覚えるそうです。たとえば役柄名Aさん・Bさん・Cさん・Dさん・Eさんが輪になって、
Aさんが「わたしはAです」
Bさんが「彼はAさんです。わたしはBです」
Cさんが「向こうの彼はAさんです。その隣はBさんです。そしてわたしはCです」
と順番に他者と自分の名前を紹介していき、最後の人は全員の名前を繰り返すことになります。AさんやBさんは楽をしていると思うかもしれませんが、輪になってほかのメンバーの様子にしっかり注目しているので、ちゃんと全員の記憶が強化されるのだそうです。
ただし、上記の「アクター式暗記ゲーム」をビジネス上の会議で行う際には、声を出すわけにもいかないため、静かに自分の心の中で行わなければなりません。「サイレント版・アクター式暗記ゲーム」というわけです。声に出せなくても、座席位置などの「空間情報」「顔」「雰囲気」に助けられ、名前が覚えやすくなるでしょう。
3.人やモノに関連づける
よく知られている方法ではありますが、やはり関連づけの効果は絶大です。「記憶の達人」として知られる、日本ブレインアップジム代表・心理カウンセラーの椋木修三氏は、田中や渡辺などよくある名字を覚える場合、知り合いや有名人で同名の人のエピソードと関連づけるようアドバイスしています。
たとえば、仕事で新しく「渡辺直美」さんと知り合ったとします。「渡辺さん」という名前を覚えたい場合、これまでの人生でもほかに出会ったであろう「渡辺」という人物を思い出してみてください。中学校の同級生「渡辺くん」に思い当たったとしたら、「渡辺くん」に関する記憶を掘り起こしましょう。次に「渡辺さん」に会ったとき、「渡辺くん」の顔を思い出し、「渡辺さん」という名前が浮かびやすくなるはずです。
エピソード抜きの関連づけでもOKです。筆者の場合、俳優のガイ・ピアース氏の名前を覚えられなかったとき、記憶が定着していた5代目ジェームズ・ボンドのピアース・ブロスナン氏とミックスし、「ガイ・ピアース・ブロスナン」と覚えたところ、二度と忘れなくなりました。
モノや地名に関連づけるのもおすすめです。筆者が知る80代半ばの高齢女性は、「石井薬局」という薬局の名前をすぐ忘れてしまうため、小さいころ自宅の庭にあった巨大な「石」に関連づけたところ、二度と忘れなくなったそうです。
あるいは、似た言葉と関連づけてしまうのもひとつの方法です。筆者がアイルランドの俳優ドーナル・グリーソン氏の名前をどうしても覚えられなかったときは、「ドーナル(どうなる)? グリ~ソン」と「緩いセリフ」にして覚えたところ、「どうなる?」で反射的に「グリーソン」が引き出せるようになりました。
4.率直に「Aさんですよね?」と聞く
名前を覚える方法はいくつもありますが、どうしても記憶があいまいになってしまうことはありますよね。ラッセル博士によれば、会話している相手の名前をはっきり思い出せないとき、「お名前は〇〇〇さんですよね、合っていますか?」と聞いてしまってもよいのだそう。正しかったら相手は喜ぶし、間違っていたら訂正してもらえるから、とのこと。
とはいえ、ラッセル博士の暮らす英語圏と日本では、言葉のニュアンスやコミュニケーションの方法が異なります。たとえばあなたが「中山さん」だとして、「中村さんで合っていますか?」と言われたら、「違いますけど……」と気分を害するかもしれません。難しい関係にある取引先や、極端に立場が違う人が相手であれば、なおさら活用しがたい方法です。
とはいえ、「あ―……、ごめんなさい。えっと……、お名前もう一度お伺いしてもよろしいでしょうか?」と言われるより、手のひらを丁寧に向けながら「中村さんですよね? 正しいですか?」とにこやかに聞かれたほうが、「名前は間違っているが、自分には関心を持ってくれているようだ」と感じるのではないでしょうか。入社して出会ったばかりの同期、年齢が近そうな取引先の担当者、新しい部署の人々など、カジュアルに話しやすい相手に対してうまくご活用ください。
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椋木氏は「記憶の基本は反復である」と述べ、会話中は相手の名前を意識的に呼ぶようアドバイスしています。ラッセル博士も、まずはしっかりと相手の名前の正しい発音(日本人なら漢字の読み方)を確認し、相手を見かけるたびに、必ず名前を使うようにするのだそう。 とにかく、名前を繰り返し呼ぶことが大切なのですね。
ぜひ相手の名前を覚えて、仕事でもプライベートでも、いい関係を築いてください!
(参考)
Quartz at Work|Management news, advice, and ideas for business leaders
The Washington Post|Career Coach: The power of using a name
リクナビNEXTジャーナル|「この人、誰だっけ…」と焦らないために!顔と名前を覚える9つのワザ
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