みなさんは、心理学における「ミラーリング」という言葉を聞いたことがあるでしょうか。普段、プライベートや仕事で誰かとやり取りをしなければならない際には、「コミュニケーションに苦手意識があって、なかなか人と仲よくなれない……」「まわりの同僚や上司、取引先にいい印象を持ってもらうにはどうすればいいんだろう……」などと悩んでしまう学生や社会人の方も多いはず。
ミラーリングは、そういった場面で使える非常に有用な方法です。今回は、人間関係をうまく構築していくのにとても役立つ、心理学における「ミラーリング」について詳しくお伝えします。
心理学における「ミラーリング」とは
臨床心理士である青柳宏亮氏が示すところによると、「ミラーリング」とは、心理学の分野において、「相手の視覚的・音声的なノンバーバル行動」あるいは「相手がよく用いる言葉のパターン」を注意深く観察し、自分もそれに合わせていくことを指します。
ミラーリングにおける視覚的・音声的なノンバーバル行動として、たとえば次のようなものが挙げられるでしょう。
【視覚的なノンバーバル行動の例】身振りやしぐさ・表情・視線 など
【音声的なノンバーバル行動の例】声のトーンやリズム、話すスピード など
以上で挙げたノンバーバル行動の例は、人それぞれ、少しずつ異なっています。そうした相手の言動における一部を模倣するのが、ミラーリングの特徴なのです。
さらに、追手門学院大学准教授であり認知科学・社会心理学を専門とする長岡千賀氏は、表情など相手とのコミュニケーション行動は自動的に似ていく傾向があるとも伝えており、意識的なミラーリングと無意識的なミラーリングの両方が見られるようです。
ではそもそも、ミラーリングにはいったいどのような効果があるのでしょうか。
メンタリストであるDaiGo氏によれば、ミラーリングは「ラポール」の形成に有用だそう。ラポールとは、相手と互いに信頼関係を築くことができている状態を指しています。ミラーリングにおいて相手を鏡に映したようにまねるアクションが、親近感を生み出しラポールの状態を作り出すのに効果的なのです。
親しい友人や夫婦は、だんだん互いに似てくると言われていますよね。それは、相手に対してミラーリングをする頻度が自然と増えているからだと考えられます。ミラーリングによって、互いの心理的な結びつきができていると言えるでしょう。
逆に、社会心理学とパーソナリティ心理学に関する学術雑誌『Journal of Personality and Social Psychology』へ1996年に掲載された研究では、学生52人を対象に旅行を計画させる実験を行なったところ、パートナーと強いラポールを形成したペアほど、ミラーリングの観察される頻度が高かったのだとか。親しい友人や夫婦の場合、完全な他人よりも信頼関係ができているため、すでに心理学的に無意識でのミラーリングが何度も行なわれているに違いありません。
「ミラーリング」の例
では実際、具体的にどういったアクションが心理学的に「ミラーリング」であると言えるのでしょうか。 日常とビジネスの、ふたつの観点からミラーリングの例をご紹介します。
日常編
まず、日常で見られるミラーリングについて考えてみましょう。親しい友人と会話をしている場面を思い出してみてください。そこで、自分が相手の口癖を無意識にまねしていると気づいた経験はないでしょうか。
たとえば、「とりあえず」という言葉が口癖の友人がいたとします。
友人「とりあえず、どこかでお茶でもしない?」
自分「いいね。じゃあとりあえず、駅前に新しくできたカフェはどうかな」
このように、普段自分があまり口にしないような言葉であっても、相手につられて言ってしまうという状態がミラーリングです。長岡氏はこの状態を「同調傾向」と呼んでいます。相手と同じ状態を自分も体験することによって、私たちは相手のことを理解しようとしているのだそう。
相手が笑ったら自分もほほ笑んだり、自分が飲み物を飲んだら相手も飲み物を手に取ったりと、ミラーリングは意外と身近なところで現れています。日常生活のなかで少し意識してみると、ほかにもミラーリングをしている場面がきっと見つかるかもしれませんね。
ビジネス編
また、ビジネスにおけるミラーリングについては、商談の場面などが挙げられるでしょう。みなさんも取引先とのやり取りのなかで、気づかないうちに相手のしぐさをまねしていたことがあるかもしれません。
たとえば取引先の担当者に対して、無意識に次のような行動を取っていればミラーリングだと言えます。
- 相手が契約内容の書かれた書類を確認しつつ首をかしげていたときに、自分も同じタイミングで首をかしげていた
- 契約についての話をしていて、相手がゆっくり話しているのに合わせて自分もゆっくり話していた
- 相手がうなずいたタイミングで自分もうなずいていた
ほかにも探してみれば、ミラーリングのアクションはきっとたくさん出てくるでしょう。
実際、『ビジネスは話し方が9割』の著者であり、話し方教室KEE’S代表の野村絵理奈氏によれば、営業成績のよいビジネスパーソンほどミラーリングを無意識に行なっているのだそう。上記で挙げたようなミラーリングのアクションによって無言の同調メッセージを相手に送り、ラポールを形成するための「共感」を相手へ伝えているのです。
それぞれの相手へどのようなミラーリングをするとより効果が得られるか、心理学の観点からいろいろ試してみると、おもしろい結果が得られるかもしれません。
「ミラーリング」を実践してみよう!
次に、みなさんが今後、実際の場面でミラーリングを実践するにあたって、心理学的に効果のある具体的なやり方をご紹介します。先ほどに続き、日常とビジネスの観点からミラーリングの実践例について見ていくことにしましょう。
日常編
ミラーリングは、初対面の人と仲を深めたいと思った場合に有効です。自分とどこか似ていると感じた相手には、親近感が湧きますよね。
たとえば、相手が髪をかき上げたタイミングで自分も髪に触れる。相手が興奮して早口になったり声が大きくなったりすれば、自分も話すスピードを上げたり同じ声の大きさにしてみたりする。ミラーリングをしなかったときと比較すると、相手との会話の雰囲気がよくなるのがわかるでしょう。
ただ、ミラーリングを自分からする際、あからさまなミラーリングだと、逆に相手へ不信感を与えてしまいやすくなります。国際イメージコンサルティングスクールIRC JAPAN代表の安積陽子氏によれば、相手がなんらかのアクションをしてから3、4秒程度空けてミラーリングをすると、ミラーリングとしてごく自然な感じを演出できるのだそう。あくまでさりげなく、気づかれない程度にミラーリングをやってみてください。
あるいは、かなり大げさにミラーリングのアクションをしてみて、相手が気づいたら「あれ、気づいちゃった?」などとミラーリングをあえて話のタネにしてしまうのもアリかもしれません。こちらの場合、一度しか実行できないのが難点ではありますが、まねをされることを異常に嫌う人でなければ、一気に仲よくなれるはずです。円滑な人間関係を築いていくためにも、ぜひミラーリングを取り入れてみてはいかがでしょうか。
ビジネス編
一方ビジネスなら、たとえば、接客業務でミラーリングをきっと活かせるはずです。接客業務では、初対面の相手の警戒心を取り除いて心理的距離をどれだけ近づけられるかが成功要素のひとつとして挙げられますよね。そういった場面では、ミラーリングが心理学的にとても役立つのです。
たとえば、ある顧客が商品を買いに来たとします。その際、相手の表情などに注目してミラーリングのアクションをしてみるとよいでしょう。気になった商品を買おうかどうか悩んでいる場合には一緒に悩むような表情をつくってみたり、商品説明の際にトーンやリズム、話すスピードを相手に合わせて会話したりするのを意識的にやってみてください。
顧客「じつはこの商品、前からとても気になってはいたのですが……(おずおずと)」
自分「そうでしたか。もしよろしければ、この商品について特に気になっておられた点を教えていただいても……? ぜひ詳しくご説明させていただきたいので……(ゆっくり、相手の様子を伺いながら)」
このように、自然なミラーリングのアクションを続けていけば、相手は自分に合わせて誠実な対応をしてくれていると感じるはずです。学術雑誌『Human Communication Research』へ1984年に掲載された研究では、話すスピードなどに関してミラーリングを行なうことで、相手から能力を高く評価されたり、社会的に魅力があると判断されたりすることが示唆されています。ミラーリングによって、すすめた商品を購入してもらえる機会もきっと増えるに違いありません。
接客業でなくとも、仕事でミラーリングを活かせます。たとえば、メールのやり取り。その際、相手がメール内で使っている表現を一部まねしてみる、というのもミラーリングのやり方として有効です。たとえば「〜しております。」「〜でよろしいでしょうか?」「〜お願いいたします。」など、相手が使っている文末の表現をミラーリングしてみてはいかがでしょうか。メールでは誰しも同じような表現をするかと思いきや、意外にも人によって文体が異なるため、ミラーリングを活かすことが可能なのです。
またメールで用件のみを伝えてくる相手であれば、こちらも冗長な表現は避け、用件のみをなるべく簡潔にまとめて伝えるようにしてみましょう。先ほどとは違って、直接的なまねをするのではなく、相手のスタイルをミラーリングするやり方となります。
これなら、対面でのコミュニケーションが苦手な方であっても、比較的ミラーリングを実践しやすいはずです。ミラーリングによって、目の前だけでなく画面の向こうにいる遠くの相手へも親近感をもたせる心理学的な効果が得られますよ。
「ミラーリング」をするときの注意
最後に、ミラーリングを実践するにあたり心理学的に注意しておいたほうがいいふたつのことについてお知らせしましょう。
日常の例でも少しお伝えしたように、まず、ミラーリングのやりすぎは禁物です。わざとらしくミラーリングをしていることが相手へ伝わると、不快感を与えてしまう場合があります。また、ミラーリングのアクションを相手に気づかれたとなると、次からそのつど「あ、いまのアクションはミラーリングだったな」と解釈されるため、ミラーリングの効果は薄くなってしまいます。普段自分が話さない言葉についてはミラーリングしないようにするなど、いつもの自分になじむようなミラーリングを目標にしてみてください。
次に、相手のネガティブなアクションはミラーリングしないように気をつけてください。ミラーリングにおけるネガティブなアクションとは、たとえば、相手が腕を組んだ場合などを指しています。安積氏は、腕を組むというのは「クローズド」な姿勢であるため、ミラーリングのつもりで自分も腕を組むと逆に相手を怒らせてしまうことがあると述べています。
このほかにも、「いや」「でも」といったネガティブにとられやすい口癖や、「ため息をつく」「時計をチラチラ見る」といったネガティブなしぐさをミラーリングするのは逆効果となってしまうため、注意する必要があるでしょう。注意すべきネガティブなアクションに気をつければ、ミラーリングは心理学的な効果を発揮してくれるに違いありません。
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プライベートやビジネスにおける対面・非対面のコミュニケーションそれぞれにおいて、ミラーリングが心理学的に効果のある方法だということをおわかりいただけたかと思います。みなさんも、ミラーリングのアクションを日常やビジネスの場面で取り入れて、ぜひ役立ててみてください。
青柳宏亮(2013), 心理臨床場面でのノンバーバル・スキルに関する実験的検討, カウンセリング研究, 46巻2号, pp.83-90.
長岡千賀(2006), 対人コミュニケーションにおける非言語行動の2者相互影響に関する研究, 対人社会心理学研究, 6巻, pp.101-112.
Bernieri, F. J., J. S. Gillis, J. M. Davis, and J. G. Grahe(1996), “Dyad Rapport and the Accuracy of Its Judgment Across Situations: A Lens Model Analysis,” Journal of Personality and Social Psychology, Vol.71, No.1, pp.110-129.
メンタリストDaiGo(2012), 『メンタリズム 人の心を自由に操る技術』, 扶桑社.
コトバンク|ラポール
野村絵理奈(2016), 『ビジネスは話し方が9割』, ポプラ社.
PHPオンライン衆知|握手だけで相手の「仕事の能力」を見抜く方法
鈴置貞治(2017), 『誰でもスゴ腕販売員になれる接客販売のコツがよ〜くわかる本』, 秀和システム.
Wiley Online Library|SPEECH CONVERGENCE AND SPEECH EVALUATION IN FACT‐FINDING INTERVIEWS
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