「この商品を売り込みたい」「自分のアイデアを採用してほしい」その一心で懸命に説明をしたのに、うまくいかなかった……。そんな経験はありませんか? その失敗の原因はもしかしたら、あなたの説明が「自分本位」なものになっていたからかもしれませんよ。
今回は、伝えたいことを「相手本位」で話すことの大切さと、その方法をご紹介します。
狙い通りに相手を「説得する」ためのカギとは?
冒頭に挙げたような「相手に何かをしてもらいたい」とき、すなわち「相手を説得したい」ときに、その狙いが実現するかしないかを分ける要素とはいったい何なのでしょう。
ベストセラー『伝え方が9割』シリーズの著者である佐々木圭一氏は、そのカギは「言葉の作り方」にあると言います。佐々木氏いわく、相手を説得したいなら、相手が「イエス」と言いたくなるような表現で自分の願いを相手に伝えるべき。そのコツは、相手の文脈で言葉を作ることなのだそうです。
では、どういうときに相手は「イエス」と言いたくなるでしょうか。それは、相手が「自分にとってメリットがある」と感じるときです。これを説明するために、オーストラリア・クイーンランド大学のMatthew Hornsey教授らが行なった実験を紹介しましょう。
実験では、環境問題の存在を認めている人(肯定派)と疑っている人(懐疑派)の合計347名を被験者とし、それぞれに以下の内容の記事をランダムで1本読んでもらいました。
- 環境保護活動が、気候変動のリスクを下げる
- 環境保護活動が、人間性を向上させる
- 環境保護活動が、社会の発展につながり、人々の生活を豊かにする
その後、「あなたは環境保護活動に取り組みたいと思うか」という質問を被験者にしたところ、2と3の記事を読んだ被験者のほうが、1を読んだ被験者よりも高い取り組み意思を示しました。これはつまり、環境保護活動をすれば「人間性の向上」や「生活が豊かになる」などのメリットが自分にもたらされるという期待感から、環境保護活動への取り組み意思が高くなったということです。
ちなみに、上記の傾向は特に懐疑派に強く見られたとのこと。環境問題の存在を疑っていたはずの人の考えを、「環境保護活動をしてみよう」という方向へ変えさせるほどの大きな効果があったということになります。
このように、相手に何らかの行為をするよう説得したいとき、その行為が相手にとってメリットがあることだと伝えれば、説得を受け入れてもらいやすくなるのです。
相手を説得するために必要なのは「柔術」!?
Hornsey教授は別の論文において、上の実験で効果が実証された「相手に合わせて情報を伝え、相手から望んだとおりの反応を得られるようにする」という手法を、「柔術」説得モデルと名付けました。
ここでの「柔術」は、「相手の力を受け流したり利用したりすることによって、小さな力で相手に勝利する方法」を表す言葉として用いられています。つまり、相手の考えを無理に変えようとするのではなく、相手の考えに沿うように表現を工夫して伝えることで、望んだ通りの反応を相手から得るということです。
例として、ボールペンについてあまり良くない印象を持つ人に対して、「柔術」説得モデルによってボールペンの使用をすすめるケースを考えてみましょう。
【例1】
相手の考え
「ボールペンは間違えても消せないので、メモの見栄えが悪くなってしまう」
効果的な説得方法
「書き直しができないボールペンだからこそ、集中して書くことができるので、きれいにメモを取ることができますよ」
【例2】
相手の考え
「ボールペンは使い捨てのものが多いので、長年使う愛着が生まれにくい」
効果的な説得方法
「替えのインクを使えば同じものを長く使うことができますし、カスタマイズ性の高いボールペンもあるので、愛着が生まれやすいですよ」
例1では「メモをきれいに取りたい」、例2では「愛着を持って筆記具を使いたい」という相手の考えにそれぞれ沿う形で、ボールペンをすすめています。
もしも「メモをきれいに取る必要なんてないから、ボールペンを使いなさい」「筆記具は愛着よりも利便性が大事だからボールペンがおすすめだ」などと相手の考えを真っ向から否定するような説得をしてしまったら、相手はこちらの主張を受け入れる気にはとうていならないでしょう。
このように、こちらから一方的に主張するよりも、相手の考えに合わせて主張の仕方を変えたほうが、より相手を説得しやすくなるのです。
相手の考えを「感情セリフ」から掘り下げる
相手の考えに合わせて伝え方を変えたいなら、相手の考えを知る必要がありますよね。相手が何を考えているかわからなければ、説得のしようがありません。
その手がかりになるのが、相手の「感情セリフ」です。人気ドラマの脚本家を多く輩出するシナリオ・センターの新井一樹氏によると、感情セリフとは「今使っているシステムは使うのやめようかな」とか「この製品、すごく使いやすいね」のように相手の考えが含まれる発言のこと。
この感情セリフに対して、「それはどうしてですか?」「と言いますと?」のような、相手の感情をさらに掘り下げる言葉を投げかけると、相手の感情をより深く知ることができます。新井氏はこの言葉を「展開セリフ」と呼んでいます。
簡単な例を挙げてみましょう。取引先の人が「今使っている製品、そろそろほかのに変えようと思っているんだよね」と発言したとしたら、その発言からは「今の製品には不満な点がある」という感情を読み取ることができます。そこに、「と言いますと?」という展開セリフを投げかけると、「じつは価格がね」「ここがちょっと使いにくくて」といったようにさらに相手の考えを掘り下げることができるのです。
このようにして相手の考えを知ったら、相手の希望に合った代替製品の案を提案すればいいでしょう。その際は、先にご紹介した「柔術」説得モデルを使って相手の考えに沿う形で伝えることをお忘れなく。
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相手の考えを知り、適切な表現をすることで、相手を説得できる可能性はぐっと高まります。今度誰かを説得したいときには、今回紹介したポイントをぜひ思い出してみてください。
(参考)
佐々木圭一(2017),『まんがでわかる 伝え方が9割』,ダイヤモンド社.
Hornsey, Matthew J. and Kelly S. Fielding (2017),“Attitude Roots and Jiu Jitsu Persuasion:Understanding and Overcoming the Motivated Rejection of Science.”, American Psychologist, Vol. 72, No. 5, pp.459-472.
Bain, Paul G., Matthew J Hornsey, Renata Bongiorno and Carla Jeffries (2012), “Promoting pro-environmental action in climate change deniers”, Nature Climate Change, 2, pp. 600–603.
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【ライタープロフィール】
梅野凌矢
東京大学工学部所属。鹿児島県立鶴丸高等学校出身。大学では人間の認知システムを中心に勉強中。大学の吹奏楽団体に所属していて、担当はホルン。趣味は音楽ゲーム、読書など。Perfumeがとても好き。