「サイレントマジョリティー」を知っていますか? アイドルグループ「欅坂46」(現「櫻坂46」)の曲名にもなりました。
「声を上げない多数派」という意味だけでなく、
- 具体的にどういう人たちを指すものなのか
- どんな背景で生まれたのか
- ビジネスやマーケティングにどう活かせるか
- 政治的文脈ではどのように使われるのか
などもご存じでしょうか? この記事では、サイレントマジョリティーの意味や、この概念をビジネスに活かす方法を詳しく解説します。
サイレントマジョリティーの意味
まずは、サイレントマジョリティーの意味について。『広辞苑』第六版は、サイレントマジョリティーを「声なき多数派。抗議行動などをしない保守的な一般大衆」と説明しています。具体的には次のような人々です。
- 商品やサービスに不満はあるが、クレームを言わない顧客
- 歌手を支持しているが、ファンレターは出さないファン
- 政治に対して不満はあるが、声を上げることまではしない一般市民
わざわざ行動を起こすのは面倒なもの。「これはいい!」「ひどいなぁ……」などと感じても、大多数は声を上げません。
このような「声なき多数派」が、サイレントマジョリティーです。一方、自分の意見を企業などに直接伝える少数派は「ボーカルマイノリティ」や「ノイジーマイノリティ」と呼ばれます。
白鴎大学で経営学部教授を務めた佐藤知恭氏による「グッドマンの法則」では、商品やサービスに不満を感じたとき、企業に伝える顧客はたった4%ほどとされています。
つまり、96%がサイレントマジョリティーだと考えられるのです。「満足した」「おいしかった」など肯定的な意見を伝えない人は、もっと多いかもしれません。
「Aさんはサイレントマジョリティーで、Bさんはボーカルマイノリティー」と単純には分けられません。誰がサイレントマジョリティーかは、時と場合で変わるためです。
飲食店には感想やクレームを伝えない人も、大好きな歌手には積極的にファンレターを送っているかも。ある分野ではサイレントマジョリティーでも、別の分野ではボーカルマイノリティーになりうるのです。
ニクソン大統領のサイレントマジョリティー演説
同じく『広辞苑』によれば、サイレントマジョリティーという言葉を初めて使ったのは、アメリカの第37代大統領、リチャード・ニクソン氏。1969年、ニクソン氏は以下のようにスピーチしました。
And so tonight--to you, the great silent majority of my fellow Americans--I ask for your support.
(筆者訳)そして今夜――私の友にして、偉大なるサイレントマジョリティーのみなさん。どうか私を支持してください。
(引用元:The American Presidency Project|Address to the Nation on the War in Vietnam)
当時のアメリカでは、即時撤退を主張するベトナム反戦運動が過激化。一方で、ニクソン氏は段階的な撤退を検討。即時撤退には「南ベトナムが侵攻され惨事が起きる」「アメリカの国際的な信頼が低下する」などのデメリットが考えられたためです。
そこでニクソン氏は、反戦運動に加わらず動向を見守っている人々(「グレート・サイレントマジョリティー」)に支持を求めました。欅坂46の『サイレントマジョリティー』には「どこかの国の大統領が言っていた」という歌詞がありますが、この大統領とはニクソン氏だと考えられます。
ただ、歌詞には「声を上げない者たちは賛成している」とありますが、ニクソン氏がそのように決めつけていたかはわかりません。「一部の過激派以外」をサイレントマジョリティーと呼んだようにも見受けられます。
サイレントマジョリティーが重要な理由
サイレントマジョリティーは、全体の96%を占めるかもしれない大勢力です。ビジネスでは、サイレントマジョリティーを尊重せず十分な利益を上げることはできません。
サイレントマジョリティーを重視しなかった失敗例としては、定食屋「大戸屋」が挙げられます。フードアナリスト・重盛高雄氏の分析によると、大戸屋は多様な顧客層への対応を進めた一方で、従来のメイン顧客を失望させるような施策を打ってきたのだそう。つまり、サイレントマジョリティーを重視しなかった結果、これまでの顧客が離れていったうえ、新たな顧客を十分に獲得することもできなかったのです。
サイレントマジョリティーのニーズを把握できないままでは、顧客離れの可能性があります。単価の高いハイブランドなら、一部の熱烈なファンだけを相手にしても採算がとれるかもしれません。しかし普通のビジネスは、サイレントマジョリティーを満足させないと成り立たないのです。
マーケティングだけでなく、組織のマネジメントでも同じこと。たくさんの人を相手にする場合、声が大きい少数者だけでなく、表に出てこないサイレントマジョリティーの本音にも耳を澄ますことが重要なのです。
サイレントマジョリティーの声を聴く方法
「サイレントマジョリティーの本音を聴くといっても、エスパーじゃあるまいし、どうやって?」と思うかもしれませんね。4つの具体策をご紹介しましょう。
ソーシャルリスニング
ひとつめの方法は、ソーシャルリスニング。SNSやレビューサイト、個人ブログといったソーシャルメディアを分析し、人々の本音を探ることです。
サービスについてなんらかの感想をもっても、企業に伝える人はあまりいません。その反面、思ったことをSNSに投稿したりレビューサイトに書き込んだりする人は珍しくないもの。
SNSの運用代行などを手がける株式会社ループス・コミュニケーションズ代表取締役の齋藤徹氏によれば、ソーシャルリスニングは多くの大企業が活用しているそう。コカ・コーラはFacebook上の投稿を1日5,000件ほど収集・分析し、ソフトバンクは1日に2回、Twitterでの投稿を調査しているそうです。
ソーシャルリスニングには、専門のツールを使うのが一般的。「自社に関する投稿で “高い” というキーワードを含む割合」といった情報を瞬時に知ることができます。
SNSやYouTubeで人気の投稿を分析すれば、潜在的なニーズを見つけ出すことも可能です。YouTubeでオーガニック関連の動画が人気なら、オーガニック食品への関心が高まっているのでは、と仮説を立てられますよね。商品やサービスを開発・改善するヒントになります。
◆ソーシャルリスニングでわかること
- 自社に関する投稿の件数
- 投稿内容のポジネガ分析(ポジティブな感想・ネガティブな感想の割合や内容)
- 投稿者の属性
- 世間でのイメージ
- 消費者の潜在的ニーズ など
◆ソーシャルリスニングの分析対象例
- SNS(Twitter、Instagramなど)
- レビューサイト(食べログなど)
- 動画サイト(YouTubeなど)
- 電子掲示板(5ちゃんねるなど)
- 個人ブログ
◆ソーシャルリスニングツールの例
オンラインアンケート
定番ですが、アンケートも効果的です。ただし、紙に記入してもらうアナログな方法では、行動力のあるボーカル・マイノリティしか書いてくれないかも。サイレントマジョリティーの意見を知りたいなら、不特定多数が手軽に回答できるオンラインで行ないましょう。
「LINEリサーチ」というサービスの場合、2022年1月時点でのアクティブモニターは約577万人。報酬としてLINEポイントがもらえるので、サイレントマジョリティーの回答も期待できるでしょう。
◆オンラインアンケートサービスの例
リサーチ会社に依頼
本格的に調査する場合、リサーチ会社を利用するのも手です。日本リサーチセンターの場合、
- 訪問
- 郵送
- オンライン
- インタビュー
などさまざまな手法でデータを収集し、結果をふまえソリューションも提案してくれるとのこと。自社での調査に限界を感じたら、専門家の力を借りることも考えましょう。
◆リサーチ会社の例
現場でのヒアリング
アナログな手法もご紹介します。店舗などの現場スタッフに協力をあおぎ、顧客の生の声を聞き出してもらうことです。サイレントマジョリティーでも、「ご感想はいかがですか?」「お困りのことはありませんか?」などと聞かれれば、何かしら答えてくれるでしょう。
もちろん、正直に答えてくれるとは限りません。しかし上手にコミュニケーションをとれば、サイレントマジョリティーのリアルな声を聞くことも可能です。
政治とサイレントマジョリティー
サイレントマジョリティーという言葉は、政治・行政の分野でも使われます。主に、要望や不満などがあっても行政に伝えたり、抗議行動を起こしたりしない市民のことです。
行政でも注目
市民が行政に意見を伝える方法には、電話、メール、手紙、署名活動、デモなどがありますよね。しかし、こういった行動を起こす人は少数でしょう。古いデータですが、1999年度に横浜市が行なった市民意識調査でも、市への意見や不満をもった人のうち50.4%が「何もしなかった」と回答しました。
そのため、行政側にも「サイレントマジョリティーに耳を傾けよう」という意識があります。SNSでの発信がきっかけで社会的課題が露わになり、行政の改善につながるケースも増えていますね。
投票しない人への批判
サイレントマジョリティーという言葉は、「投票に行かない有権者」や「政治に無関心で意思表示しない市民」への批判に使われることも。たとえば「サイレントマジョリティーにならず投票しよう」などです。
私たち日本人は、フランス革命で民主主義を勝ち取ったフランス人や、自らで国を立ち上げたアメリカ人などと比べると、市民主体で国を動かす意識が低いと言われがち。行政側が気持ちを汲んでくれるのを待つばかりでなく、私たち自身も日頃から政治について考え、投票など身近なところから行動を起こすことが大切でしょう。
トランプ大統領との関係
サイレントマジョリティーという言葉は、2016年のアメリカ大統領選挙におけるキーワードにもなりました。ドナルド・トランプ氏が当選した理由のひとつが、サイレントマジョリティーをターゲットにしたことにあるとされたのです。
大和総研ニューヨークリサーチセンター研究員・矢作大祐氏らは、サイレントマジョリティーについて「不利益を認識した場合、自身を守るために投票行動などを積極化することがある」と分析しています。格差問題などでサイレントマジョリティーの不満が高まり、そこへ訴えかけたトランプ氏が支持を集めたと考えられるのです。
国民の政治離れ・選挙離れが叫ばれる日本でも、サイレントマジョリティーは今後のキーワードになるかもしれませんね。
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ビジネスなどの現場で、サイレントマジョリティーがいかに重要かご理解いただけたでしょうか? 売上が伸び悩んでいるときは、ご紹介した4つの方法を試し、サイレントマジョリティーの本音を探ってみましょう。
goo辞書|「ボーカルマイノリティー」の意味
マネジメントサポートグループ|第16回:沈黙する不満客の怖さ
goo辞書|「ニクソン」の解説
The American Presidency Project|Address to the Nation on the War in Vietnam
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青山学院大学 久保田研究室|普通の人の大切さ
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坂田弘太郎ら(2000),「身近な地域社会の合意形成の土壌を耕す」, 調査季報, 141号, pp.46-50.
プレジデントオンライン|トランプ、「逆張り」の選挙戦略
大和総研|グローバリゼーションとポピュリスト
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。