きちんとした日本語を話そうと心がけている人は、「すごい」「やばい」と言っている人々に対し、“語彙力が足りない” と呆れているかもしれません。でも、じつは「すごい」「やばい」を口癖にしていると、意外と得するらしいのです。
キーワードは【知的好奇心】と【コミュニケーション】と【タグ】。有識者の言葉や研究成果をもとに、「すごい」「やばい」の有益性について説明します。
【好奇心】と【コミュニケーション】の効能
脳の発達や加齢のメカニズムを研究する、東北大学加齢医学研究所教授の瀧靖之氏は、脳を元気にする要素を3つ挙げています。ひとつは運動。あとの2つは【知的好奇心】と【コミュニケーション】です。
【好奇心】がわきあがると――
人は何かに対して「好奇心」を持つと、“意味や理由が知りたい!” “探求したい!” と意欲がわきます。そのとき、脳内ではドーパミンが分泌されているそう。
ドーパミンは、認知機能(学習・記憶・注意など)、やる気や達成感、プラス感情に関わる神経伝達物質。脳の前頭葉に多く分布しており、思考や創造性を担う脳の最高中枢とされる前頭前野(前頭葉の最前部)の働きに、最も重要な役割を果たすのだとか。
「楽しい」と――
好奇心がわきあがり、ドーパミンが分泌されると、人は「楽しい」と感じます。
楽しくなると、脳はリラックス状態になるのだそう。脳がリラックス状態になると、ストレスの悪影響を抑止できるそうです。 ストレスの悪影響とは、記憶に関わる脳の海馬が小さくなって機能を低下させ、神経細胞の生成を抑えてしまうこと。
また、脳がリラックスすると、2つの自律神経(活動の交感神経・休息の副交感神経)のうち、副交感神経が優位になります。副交感神経が優位になると、血管が拡張し、血流がよくなるそう。血流がよくなると、脳にもしっかりと栄養や酸素が届きます。
【コミュニケーション】すると――
誰かに話を聞いてもらったり、相手の体験やそのときの感情について聞いたり、優しい言葉をかけられたり、笑顔で冗談を言い合ったり……。そんな他者とのコミュニケーションが、次の効果をもたらすと瀧靖之教授は述べます。
- 共感する→「前頭葉」が活性化
- 癒やされる→「副交感神経」が優位になる
先述のとおり、前頭葉は人間の知性に欠かせない脳の領域。社会性や理性をつかさどっています。また、癒やされてリラックスした際に優位になる副交感神経についても、先述のとおり。血流がよくなるので、脳や身体のすみずみにまで栄養や酸素を送り込んでくれます。
「行動タグ」のメカニズム
荷札や商品タグのほか、インターネットでも「タグづけ」という言葉が使われていますが、わたしたちの脳内でも、記憶のためにタグづけが行なわれているそうです。
脳細胞レベルでの「記憶のメカニズム」解明に取り組んでいた、富山大学大学院医学薬学研究部教授の井ノ口馨氏ら研究グループが、2016年7月28日づけで発表した研究には、【行動タグ】と呼ばれる仕組みの解明も含まれていました 。
【行動タグ】とは、“些細な出来事” の前後1時間以内に “強烈な体験” をすると、“些細な出来事” を忘れずに覚えていることです。
つまり、普段ならすぐに忘れてしまうような “些細な出来事” と、絶対に忘れない “強烈な体験” がタグづけされて、長期記憶化され、どちらも「絶対に忘れない」になるわけです。
たとえば、「A」を学習したり経験したりした際、わたしたちの脳内には、セルアセンブリと呼ばれる、「A」特定のニューロン集団ができると考えられています。「B」を学べば、「B」特定のセルアセンブリができます。
先に紹介した井ノ口教授らのマウスを使った研究によると、“些細な出来事” を思い出すときに活動するセルアセンブリと、“強烈な記憶” のセルアセンブリが、重複していることがわかったそうです。
“強烈な記憶” のセルアセンブリを抑え込むと、“些細な出来事” が思い出せなくなり――、重複部分のみを抑え込むと、2つの記憶を切り離すことができた――とのこと。
これらは、2つのセルアセンブリの重なりが「新たな記憶」を形成し、「行動タグ」を生むと示しています。
では次に、「すごい」「やばい」を口癖にすることの有益性を、これまでの内容を踏まえまとめていきます。Yahoo!アカデミア学長の伊藤羊一氏と、脳科学者の茂木健一郎氏の言葉が大きなヒントです。
「すごい」「やばい」が口癖だと得する理由:1
伊藤羊一氏いわく、あらゆる材料をもとに妄想していると、きちんと考えなければならない物事の結論らしきものが見えてくるのだとか。
材料とは、伊藤氏自身の経験や、著名人あるいは漫画の主人公の言動などのこと。なかでも、自分の経験で得た材料は、とても強い力を持っているそう。
そうしたパワフルな材料を蓄えていくために、「好奇心」を持つことが大切だと伊藤氏。その際に役立つのが「すげー、やべー」という言葉なのだそうです。
脳科学者の茂木健一郎氏によれば、「すげー、やべー」と声に出すことにより、その対象に「すげー、やべー(すごいもの)」がタグづけされるため、記憶に残りやすくなるとのこと。
伊藤氏にまだ好奇心も行動力も足りなかったころ、周囲の好奇心にあふれた人々の口癖が「すげー、やべー」だと気づき、まねてみたところ、
- タグづけされたものが脳のなかに増えていき→
- やがて比較対照ができるようになり→
- 好奇心を持って、物事を見る目が磨かれていった
とのことです。
このメカニズムは、前出の研究をもとに説明することもできます。
「へー」と受け流すのではなく、「すげー、やべー」の言葉で強く印象づけられた(タグづけられた)対象は、「すげー、やべー」タグがついたまま長期記憶化されることになったわけです。脳内には、「すげー、やべー」と「対象のセルアセンブリ」が重複して広がっているはず。
それに、瀧靖之教授の説明にもありましたが、いつも「好奇心」を持って物事に接するということは、「楽しい」を増やし、より知的になって、脳が元気になり、記憶力もアップすることにもなります。
「すごい」「やばい」が口癖だと得する理由:2
また、伊藤氏は、いつも「すげー、やべー」と言っている人のもとには、好奇心が強い人がどんどん寄ってくるので、いろんな情報が集まりやすいと述べます。
すると好奇心が強い人が、さらに好奇心を刺激する情報を教えてくれるので、好循環が続いていくそうです。
先述のとおり、瀧靖之教授は「コミュニケーション」がより知的に、より心身を元気にしてくれると伝えています。伊藤氏が述べる好循環の恩恵に、「コミュニケーション」による恩恵も付加されることになるわけですね。
***
「すごい」「やばい」が口癖だと、意外と得する科学的理由について説明しました。つまり、何かに好奇心を向け、「すごい」「やばい」と言い続けていると、
- ドーパミンが分泌し、
- 脳の最高中枢である前頭前野を活性化して知性を高め、
- 楽しくなって脳がリラックス状態になり、
- ストレスの悪影響を抑止して記憶力を高め、
- 副交感神経を優位にして血流をよくし、
- すみずみにまで栄養と酸素を送り込み、脳と身体を元気にして、
- 好奇心のタグづけで材料が増え、思考力や判断力が高まり、
- 人とのコミュニケーションが増えて刺激的な情報も集まるようになり、
- 会話が増えて前頭葉が刺激され、副交感神経が優位になり、
- またもや知性が高まり、心身が健康になる
というわけです。もう、「すごい」「やばい」を口癖にしないわけにいきません……!
(参考)
瀧靖之(2017),『「好きなこと」で、脳はよみがえる~無理なくできる“生涯健康脳”のつくり方』, 大和書房.
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脳科学辞典|記憶痕跡
脳科学辞典|前頭前野
脳科学辞典|ドーパミン
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