「作業スピードが落ちたうえに、仕事の質も悪くなっている」
「時間をかけて勉強したわりに、思うような結果が出ない」
仕事や勉強でこういったことがあると、「自分にもっと集中力があれば……」と落胆してしまいますよね。
しかし、脳科学者の中野信子氏によれば、人間は脳の構造上 “集中しにくいようになっている” とのこと。さらにやっかいなのは、集中しなければと思えば思うほど、かえって気が散るような仕組みになっているのだそう。人間はもともと、集中するのが難しい生き物なのです。
とはいえ、高い集中力を発揮して大きな成果を上げている人がいるのも事実。特に、一流といわれる人はみな、高い集中力を持っています。彼らのように高い集中力を発揮するには、脳の特性を理解したうえで集中スイッチを入れなければなりません。具体的な方法をご説明しましょう。
なぜ人間の脳は集中しにくい構造になっているのか?
中野氏によれば、人間の脳がもともと集中しづらい構造なのは「生命を維持し、子孫を守るため」なのだそう。
人間が簡単に集中して、周囲が見えないほど作業に没頭するようになると、周囲に危険が迫ったり、自分の子どもが危険にさらされたりしても、気づくことができなくなってしまいます。だからこそ私たちの脳は、危険を察知すべく、ひとつのことに集中しにくい構造になっているのです。
人間は注意散漫な方がむしろ“正しい状態”なのです。要はもともとが散漫になるようにできている。
(引用元:中野信子 (2015),『あなたの脳のしつけ方』, 青春出版社.)
こうしたシステムは、大脳の内側面にある「帯状回」によってコントロールされています。「早くやろう」「もっと集中しよう」と思うほど集中できなくなるのは、焦りによって緊張感が増して帯状回が過敏になるため。集中力を高めるには「帯状回に刺激を与えない」こと、そして「緊張状態にさせずリラックスさせる」ことが大切だと、中野氏はいいます。
集中力を高めるためには――1.「音や音楽を活用する」
東京大学薬学部教授で脳研究者の池谷裕二氏によると、人間は、静かな喫茶店レベルの雑音があったほうが学習が進むのだそう。また、マウスを使った実験では、まったくの無音状態で何かを学習させることができないということもわかっています。そのため作業中は、雨音や鳥の鳴き声といった「自然音」を流すのがいいとのこと。これらは帯状回への刺激が少ないと、前出の中野氏もすすめています。
加えて池谷氏は、「自分が集中できているかどうかを確かめるために音楽をかける」といいます。人間の脳は意識している状態での並行処理が苦手なので、「考える」と「音を聴く」の同時進行が難しいためです。そのため、仕事に集中すると、音楽が頭に入らなくなります。
「好きな曲」とかアップテンポだとか、そんなことが気になるのは、集中できていない証拠です。
(引用元:新R25|「集中力を上げる効果はない」とわかっていても、脳研究者が仕事中にBGMをかける理由)
静かすぎると集中できないというのは、脳科学の面から見ても正解のようです。帯状回を刺激しすぎない程度に、音や音楽を有効活用しましょう。
集中力を高めるためには――2. メールやSNSは決めた時間に見る
帯状回に刺激を与える身近なものとして、中野氏はインターネット、とりわけメールとSNSをあげています。これらに共通するのは次の2点です。
- ちょっと見るだけのつもりが、ダラダラ続けてしまう
- 新着情報があるたび、アラートで通知される
やっと作業に集中しだしたと思った矢先、メールの着信通知が来て受信フォルダを開いてしまい、そのまま脱線してしまった……という経験を持つ人は多いはず。そこで中野氏は、本当に集中したいときはインターネットを切ってしまうのがよいといいます。パソコンだけではなく、スマートフォンも同様です。
そもそもアラートとは、「アラート=警告」の意味の通り、人の注意をひくためにあるもの。いうなれば、人の気を散らすのが本分なのです。
(引用元:中野信子 (2015),『あなたの脳のしつけ方』, 青春出版社.)
しかし、なかには業務上インターネットが必要なケースもあるでしょう。その場合は、メールなどを見る時間をあらかじめ決めておき、それ以外の時間は見ないようにするのがよいとのこと。SNSも通知を非表示に設定しておきましょう。ほかにもデスク上に気を散らすものがあれば、引き出しの中にしまうなどして、視界に入らないようにするのも有効です。
集中力を高めるためには――3. 作業スペースの温度管理をする
脳の帯状回がリラックス状態になるかどうかは、作業スペースの環境に大きく左右されると、中野氏はいいます。そこで注目したいのが温度管理です。2つの調査から、室内温度は25℃を目安にすると集中しやすいとされています。
ひとつは、コーネル大学による米国保険事務所での調査です。従業員がキーボードで入力した時間とエラー修正に費やした時間を調べたところ、室温が20℃から25℃に上昇するとタイプミスが44%減少したのだそう。さらにタイピング量は150%にアップして、仕事量は2.5倍に増えました。
もうひとつは、空気調和・衛生工学会による「コールセンターの室内環境が知的生産性に与える影響」の研究です。この研究では、室温が25℃から26℃に上昇すると、作業効率が2.1%低下すると発表されました。
たった1℃でも作業効率に影響を与えるので、寒すぎる・暑すぎる環境が集中力を落とすのは言うまでもありませんね。
集中力を維持するためには――キリの悪いところで終わらせて翌日に持ち越す
行動科学コンサルタントの冨山真由氏によると、あえてキリが悪いところで作業を中断すると、翌日も集中を維持したまま仕事が再開できるとのこと。これは「ツァイガルニク効果」と呼ばれています。人間には、達成できた事柄より、達成できなかった事柄や中断している事柄のほうが強く記憶に残るという心理的性質があるのです。
つまり、集中力が高まり、長時間の作業が苦にならない状態になっているときこそ、「やりかけ」で作業を終わらせるほうがいいということ。仕事や勉強で成果をあげるには、一時的に集中力を高めるより、いつでも一定のパフォーマンスを発揮できるほうが大切だと、冨山氏はいいます。集中力を維持するためのプラスアルファのテクニックとして、ぜひ実践してみましょう。
***
集中力が続かないのは、脳の構造から見て自然なことなので、「自分だけ」と落ち込む必要はありません。しかし、脳の特性がわかれば、誰もが高い集中力を発揮することができます。今まで以上のパフォーマンスを発揮するために、これらの方法を実践してみましょう。
(参考)
中野信子 (2015),『あなたの脳のしつけ方』, 青春出版社.
新R25|「集中力を上げる効果はない」とわかっていても、脳研究者が仕事中にBGMをかける理由
Cornell Chronicle|Study links warm offices to fewer typing errors and higher productivity
空気調和・衛生工学会大会 学術講演論文集|コールセンターの室内環境が知的生産性に与える影響
furi-kake|今すぐ集中できる10のコツ
富士通マーケティング|第12回 ツァイガルニク効果
【ライタープロフィール】
かのえ かな
大学では西洋史を専攻。社会人の資格勉強に関心があり、自身も一般用医薬品に関わる登録販売者試験に合格した。教養を高めるための学び直しにも意欲があり、ビジネス書、歴史書など毎月20冊以上読む。豊富な執筆経験を通じて得た読書法の知識を原動力に、多読習慣を続けている。