「職場の人間関係がうまくいっていない……」
「給料が上がらない……」
職場には不満がつきもの。毎日の出勤が憂鬱な方も多いかもしれません。職場に関する悩みや不満がいっさいない人は、おそらくほとんどいないはず。
なぜ職場では不満が生まれやすいのでしょうか。仕事をこれ以上続けていく自信がなくなっている人は、どうしたらよいのでしょうか。以下で詳しく見ていきましょう。
人は自分の能力を客観視できない
コーネル大学のデイヴィッド・ダニング氏とジャスティン・クルーガー氏は、従業員が自分は正当に評価されていないと感じやすい理由を、次のような実験で証明しました。
あるテストで、被験者の実力を4つのレベルに分けたうえで、自分がどのレベルにあるかを自己評価してもらいます。すると、実力が一番低いグループの人たちは「自分は平均よりも上にいる」と自己評価したのだそう。
この現象はダニング・クルーガー効果と呼ばれ、「自分の能力の低さを認識できず、自身を過大評価してしまう」という人間の性質を示しています。脳には認知バイアスがあるため、自身の能力を客観的に認知することが困難なのだそうです。
職場に不満が生まれやすいのも、そこに原因の一端があります。自身を過大評価してしまうがゆえ、「自分の給料はこんなものじゃないはずだ」「自分はもっといい人間関係を築けるはずだ」「自分はもっと有名な会社で働けるはずだ」と、自分の待遇を不服に思うようになるのです。
人間関係で「我慢」はNG。自分の感情を知ることが大切
前述の理由から、私たちはどうしても職場に不満を持ってしまうもの。しかし、職場でその感情を表に出す人は少ないでしょう。特に、調和を重んじる傾向にある日本人は、「我慢する」ことに走りがちです。しかし、ストレスを「我慢」だけで対処すると、大きなデメリットが生じます。
長年、自衛隊メンタル教官を務め、現在は「予約の取れない人気カウンセラー」として活躍する下園壮太氏は、我慢がなぜ悪いのかを次の3つのポイントで説明しています。
1. 我慢は通常の3倍の感情エネルギーを消費する
たとえば、忙しいときに同僚に仕事を頼まれたとします。
断わることができなかったあなたは、「イライラ」しながら対応します。仕事の対応に加え、「イライラ」という感情が負担を「1」プラスし、その感情を「我慢」することで負担がさらに「1」追加。作業後も、イライラと戦い続けることでまた「1」追加される。
こうして、本来より3倍も感情に負担がかかり、疲労が増加してしまうのです。
2. 被害者意識の増加
こうして感情エネルギーを消費したあなたは、無意識に「また仕事を頼まれるんじゃないか」と警戒心が高まります。
そこで今度は、後輩が仕事の助けを求めてきたらどうでしょう。イライラしていなければ、快く受けていたかもしれません。頼りにされて嬉しい、という感情すら湧いていた可能性もあります。
しかし、この状況だと、「みんなが私の邪魔をする……」と感じかねません。我慢ばかりしていると、気づかぬ間に、自分の中で被害者意識が大きくなってしまうのです。
3. 自信が低下する
我慢ばかりしていると、「私の感覚や意見は、重要ではない」というネガティブな感情が無意識のうちに生じるのだそう。そうして自分の感性を否定することで、自信が低下します。すると気分が沈み、疲れがたまり、イライラや不安がさらに増し、どんどん疲れるという悪循環に陥ってしまうのです。
以上の3つのポイントから、我慢することがデメリットだらけであることがわかりますね。
我慢しがちな人へのアドバイスは、「自分の感情にフタをしないこと」です。自分の感情を否定したり、無視したりすることなく、まずはしっかりとその気持ちを受け止め、認めることが大切ですよ。具体的な方法としておすすめしたいのはジャーナリングです。
ジャーナリングで悪循環から抜け出す
ジャーナリングとは、自分の思っていることや感じていることを、日記のようにノートに書き出すこと。「書く瞑想」とも呼ばれ、嫌な物事や考えを頭の中に留まらせずに書き出すことによって、客観視できるようになる効果があります。また、客観視することによって気づきや発見を得られるため、問題を解決することにも有効です。
グーグルで開発された脳科学とマインドフルネスの能力開発メソッド「SIY=SEARCH INSIDE YOURSELF」の認定講師であり、マインドフルリーダーシップインスティテュート(MiLI)代表理事の荻野淳也氏は、ジャーナリングを実践するためのコツを5つ挙げています。
- あるテーマについて決められた時間ずっと書き続ける
- 頭で考えずに手を動かす
- 気をそらせるものがないプライベートな空間で行なう
- 脚色せずに事実や気持ちをあるがままに書く
- 誤字や脱字を気にしない
たとえば、「今日怒りや悲しみを感じたこと」というテーマで書くとすれば、このような形です。
「仕事でミスをしてしまい、残業することになった。自分の要領の悪さに辟易とする。どうしてこんなミスをしたんだろう。自分が恥ずかしくて職場で泣きそうになった。疲れて帰宅すると、今日1日家にいた家族の使った食器がそのままシンクに残っていた。虚しくなった。食器を洗っていると『ご飯まだ?』。すぐにご飯をつくったが、何もかもにうんざりした。もう何もしたくない」
このように、雑な文章でかまいません。ありのままの感情を書き出すことが大切です。職場で感情にふたをし、我慢し続けている方は、ジャーナリングを通して感情を解放させてみてはいかがでしょう。継続することで、ストレスが軽減するかもしれませんよ。
※ジャーナリングについて、詳しくは『「心のもやもや」こそ言語化を。1日5分の『ジャーナリング』を1ヶ月間やってみて感じたこと。』をご覧ください。
不満のある仕事はやめるべきか?
入社後、1年も経たないうちに不満を抱き、「会社を辞めたいなあ……」と感じたことがある(あるいは、現在そう感じている)人も多いかもしれません。
前述した人気カウンセラーの下園氏は、若い世代は、インターネットで何でも調べられ、SNSなどでひとりひとりが発言権を持っているため、組織の中に入ると批判的視点が強くなりやすい、と説明しています。同氏は著書『人間関係の疲れをとる技術』の中で、辞めたい若者は「期間限定でだまされてみる」謙虚さを持つことをすすめています。
無駄に見える仕事や、上司の態度にも、過去からの積み上げがあり、それなりの意味があるのだそう。そして3年目頃になると、組織の動きをもっと多角的に想像できるようになり、職場に対する信頼やおもしろさも感じ始める、と下園氏は述べています。
一方で、反対意見もあります。プロブロガーのイケダハヤト氏は、新卒で入社した大企業を11ヶ月で辞め、その後転職したベンチャー企業も13ヶ月で辞めたのだそう。イケダ氏は「会社というものはせめて3年は勤めるべきだ」という常識に異議を唱えています。
いまの会社で一般的な働き方は、十数年前につくられた古いモデルです。昔は機能したかもしれませんが、いまこの時代に同じ働き方をすると、当然いろいろな部分でガタがでてきてしまいます。(中略)盲目的に「我慢」するのではなく、正しいやりかたで「努力」しましょう。(中略)自分の身を守り、成長するためにも、「会社を辞める」という選択肢を、頭のなかに叩き込んでおくべきです。
(引用元:イケダハヤト(2013),『旗を立てて生きる』, 晶文社. )
まったく逆の意見を述べる2人ですが、共通するのは「我慢をして感情にフタをしたり、疲労をためすぎたりすることは禁物」ということではないでしょうか。勤続するにしても、途中で辞めるにしても、しっかりと自分の感情と向き合い、自身の気持ちを受け止めることが大切です。
***
ダニング・クルーガー効果から見られるように、人が職場に対して不満を抱くのは当たり前。長年続けることで組織の全体像が見え、やりがいや楽しさが見いだせる場合もありますし、早めに見切りをつけて自身のスキルアップを重視することが幸せにつながる場合もあります。
いずれにせよ、重要なのは、自分の感情にしっかり向き合って疲れをためすぎないことです。
(参考)
The Decision Lab|Dunning–Kruger effect
Wikipedia|ダニング=クルーガー効果
AERA|人間関係で“我慢”はNG 脱するポイントを元自衛隊メンタル教官が解説
下園壮太(2017),『人間関係の疲れをとる技術』, 朝日新聞出版.
イケダハヤト(2013),『旗を立てて生きる』, 晶文社.
日経電子版|書く瞑想、ジャーナリング 集中力高め仕事効率を改善
【ライタープロフィール】
Yuko
ライター・翻訳家として活動中。科学的に効果のある仕事術・勉強法・メンタルヘルス管理術に関する執筆が得意。脳科学や心理学に関する論文を月に30本以上読み、脳を整え集中力を高める習慣、モチベーションを保つ習慣、時間管理術などを自身の生活に取り入れている。