幸せな人は得をしている――。そう聞くと、「幸せなんだから、当たり前じゃないか」と思った人もいるでしょう。でも、「幸せであることそのもの以外にも、さまざまな面で幸せな人は得している」と言うのは、「幸福学」の第一人者である慶應義塾大学大学院教授の前野隆司(まえの・たかし)先生。その「さまざまな面」と併せて、幸せな人になる秘訣を教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
多くの研究結果が裏づける、「幸せな人はお得」という事実
幸せな人は、幸せである時点ですでに得をしていると言えますが、じつは、ほかにもさまざまな面で得をしています。それらは、私が専門のひとつとする「幸福学」における研究結果によるものです。
たとえば、「幸せな人は不幸せな人よりも創造性が3倍高い」という研究結果がある。ほかにも、「幸せな人は不幸せな人よりも生産性が30%高い」「幸せな人は不幸せな人よりも寿命が7〜10年長い」「幸せな人は不幸せな人より性格がいい」など、枚挙にいとまがありません。
そして、「幸せな人は不幸せな人よりも出世しやすい」という研究結果もあります。これは、先にお伝えしたことを思えば、当然のことかもしれません。幸せな人は不幸せな人よりも、創造性も生産性もはるかに高いのですから、仕事でもどんどん成果を挙げることができる。そういう人が出世するのは明らかですよね。
そもそも、「幸せになりたくない」という人はいないと思いますが、これらの研究結果を知れば、みなさんもますます「幸せになりたい」と思ったはずです。では、どうすれば幸せになれるのでしょうか? その答えは、私が「幸せの4つの因子」と呼ぶものを伸ばしていくことです。
好きなこと、やりたいことをとことん突き詰める
ひとつ目は「やってみよう」因子です。夢に向かって「やってみよう!」と努力を続けられる人は、何も行動を起こさない人よりも幸せになる。それは当たり前のことですよね。この「やってみよう」因子を伸ばすには、自分が何に興味を持っているかを把握し、それをとことん突き詰めていくことが大切です。
そして、そうするためには、自分がときめいたりワクワクしたりできることだけをやるのが理想的。でも、仕事ではそうも行きません。それでも、常に「最終的には自分がやりたいことだけをやるんだ!」と心に決めて、少しずつシフトしていくことを心がけましょう。その心がけがある人とそうではない人では、いまは同じことをしていたとしても、数十年後にはまったく別の人生を歩んでいるに違いありません。
また、いまは副業を推奨している企業も増えていますから、本業で自分のやりたいことをなかなかやれないという人は、副業でそういうものをしてもいいでしょう。そうして、「やってみよう!」と、好きなことに没入する経験が幸せをもたらしてくれます。
ふたつ目は「ありがとう」因子です。社会生活を営む人間は、まわりの人とのつながりの中でこそ幸せを感じられます。そのつながりをつくるうえで欠かせないのが「ありがとう」と言える感謝の心です。この「ありがとう」因子については、個人差が非常に大きなものです。私自身もそうですが、みなさんの中にも人付き合いが苦手な人もいますよね。
もちろん、無理に人付き合いをすれば、ストレスを感じてしまって幸せにはなれませんから、無理をする必要はない。でもその一方で、「無理やりボランティア活動をしたら、幸福度が上がった」という研究結果もあるのです。乗り気じゃないままボランティア活動をしたとしても、周囲から感謝されれば気持ちがいいもの。そうして、当の本人も周囲に感謝の心を持てるようになる。無理をする必要はありませんが、無理をしてもいい――。そのように気楽に考えてください。
「オタク」と言われるような人になるのがベスト
3つ目は「なんとかなる」因子です。ポジティブ思考で常に「なんとかなる!」と考えていろいろなことにチャレンジする人と、ネガティブ思考でチャレンジを恐れる人では、前者のほうが幸せになれることは容易に想像できるでしょう。
では、「なんとかなる!」とポジティブに考えられる方法をお教えしましょう。口角を上げて、胸を張って上を向くだけです。つまり、笑顔で元気な姿勢をとる。
これは、脳の働きを逆手に取った手法です。笑顔になるのは、幸せを感じているときですよね? 本来、幸せだと笑顔になるのですが、逆に笑顔をつくると、脳は「いま、幸せなんだ!」と感じるのです。
胸を張って上を向くことも同様です。胸を張って上を向いているときというのは、自信にあふれているときでしょう。ですから、たとえ本当は自信がなくても、胸を張って上を向けばいい。そうすれば、脳は「自分は自信満々だ」と勘違いして、「なんとかなる!」と思えるようになるのです。
最後は「ありのままに」因子です。人は、他人と比較することでは自分なりの幸せを感じることができません。なぜなら、収入や地位など、他人と比較できるものは「上には上がいる」からです。そこで重要になるのは、自分らしさを磨くこと。
自分らしさを磨いて、あることについて飛び抜けて詳しいなど、それこそいい意味で「オタク」と言われるような人になるのがベストでしょう。でも、普通の人がその域に達するのは簡単ではありません。それでも、「一歩踏み出す」ことが肝心。ぼんやりと興味を持ちつつも、これまでは手を出していなかった趣味を始めるといった、ちょっとしたところからスタートするのです。
これはいわば、本当の自分らしさを探すということ。じつは、自分自身の可能性に気づいていない人が本当に多いのです。「いまの自分らしさ」を肯定するのも大切ですが、人には自分自身が知らない自分らしさもある。そう考えて一歩踏み出し、本当の自分らしさを探してください。その姿勢が、みなさんに大きな幸せを与えてくれるはずです。
【前野隆司さん ほかのインタビュー記事はこちら】
カネ・モノ・地位で得た幸せは長続きしない。本当の幸せをつかむには “この4つ” が重要だ
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【プロフィール】
前野隆司(まえの・たかし)
1962年1月19日生まれ、山口県出身。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)教授。1984年、東京工業大学工学部機械工学科卒業。1986年、東京工業大学理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年、キヤノン株式会社に入社。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、慶應義塾大学理工学部教授、ハーバード大学客員教授等を経て、2008年より現職。2017年より慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長兼任。研究領域は、幸福学をはじめ、ヒューマンロボットインタラクション、認知心理学、脳科学、心の哲学、倫理学、地域活性化、イノベーション教育学、創造学と幅広い。主宰するヒューマンラボ(ヒューマンシステムデザイン研究室)では、「人間に関わる研究ならなんでもする」というスタンスで、さまざまな研究・教育活動を行っている。『感動のメカニズム 心を動かすWork&Lifeのつくり方』(講談社)、『幸せのメカニズム 実践・幸福学入門』(講談社)、『古の武術に学ぶ無意識のちから 広大な潜在能力の世界にアクセスする“フロー”への入り口』(ワニブックス)、『ニコイチ幸福学 研究者夫妻がきわめた最善のパートナーシップ学』(CCCメディアハウス)、『AIが人類を支配する日』(マキノ出版)、『「幸福学」が明らかにした 幸せな人生を送る子どもの育て方』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。