「仕事がうまくいく人」と「いかない人」、両者の違いはどんなところにあるでしょうか。その問いに対し「認知バイアス」と答えるのは、脳科学者としての知見を活かして企業や個人のパフォーマンスをアップさせ続けている西剛志(にし・たけゆき)さん。
そもそも認知バイアスとはなにか、そしてどうすれば認知バイアスを活かして「仕事がうまくいく人」になれるのか。具体例を挙げつつ解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
認知バイアスとは、「物事をとらえるときの脳のクセ」
「認知バイアス」を理解するため、まずは簡単なテストをしてみてください。下の図の中央にどんな図形が見えるでしょうか。
Q:中央にどんな図形が見えますか?
ほとんどの人が、「中央に白い逆三角形が見える」と思ったのではないでしょうか。でも、こうするとどうでしょう?
Q:中央にどんな図形が見えますか?
まわりにあった角のある丸がバラバラの方向を向くと、先ほどまで見えていた三角形が消えたのではないでしょうか。そもそもなぜないはずの逆三角形が見えていたのか? その原因こそ、認知バイアスです。
「バイアス(bias)」とは「偏り」「歪み」といった意味の英語であり、認知バイアスとは「物事をとらえるときの脳のクセ」のことを指します。
認知バイアスにはじつに多種多様なものがあり、このテストで働いたのは、「脳は過去の記憶を投影して物事を見ようとする」という認知バイアスです。ですから、極端な例を挙げれば、三角形を見たこともない、まったく知らないという人であれば、最初の図を見たときにも三角形は見えないのです。
論理的に考えすぎて仕事がうまくいかないケースもある
この認知バイアスの扱い次第で、「仕事がうまくいく人」にもなれれば、逆に「仕事がうまくいかない人」にもなりえます。認知バイアスをうまく扱える人とそうでない人では、どんな違いが出てくるでしょうか。
仕事がうまくいかないときは、「物事は論理的であるほうがよいと考える」という「論理バイアス」と呼ばれる認知バイアスが強く働きすぎている可能性があります。
ビジネスの場では、それこそ「論理的思考」が重視されます。しかし、意外に感じる人もいるかもしれませんが、論理的に考えすぎるあまりに判断を誤ることもあるのです。
人と人が関わりながら進める仕事においては、すべてが論理的に説明できるものではありません。論理を超えたところに正解があることも珍しくないのです。「論理的であろう」と論理を信仰しすぎて自己中心的な考えに陥ってしまい、周囲の信用を得るチャンスをみすみす逃してしまうこともあります。
たとえば、「予算が厳しくて、今回はこの報酬でお願いできませんか?」と、報酬とまったく見合わない仕事を依頼されたとします。このとき、論理的に考えれば、「こんな安い仕事は断るべきだ」という結論に達するでしょう。でも、逆にその仕事を受けたことで、その会社と強いパイプをつくって将来的に大きな仕事を依頼されることだってあるかもしれません。
認知バイアスにはメリットもデメリットもある
また、「一度気にし始めると、急にその対象を頻繁に目にするようになる」という「注目バイアス」と呼ばれる認知バイアスも、仕事の成否に大きく関わるもののひとつです。
たとえば読書をするのでも、「このことを知りたい!」と強く考えているのか、それともなにも考えずにただ字面を追うだけなのかでは、同じ本を読んでもそこからインプットされる情報量や実際に仕事の場面で活かされるかどうかには大きな差が生まれます。
ただし、注意も必要です。注目バイアスが強く働きすぎてしまうと、そのことだけにフォーカスしてほかのものが見えなくなり、その結果としてやはり仕事で成果を挙げることが難しくなることもあるからです。
なんらかの課題解決策を得たいというとき、注目バイアスが強く働きすぎていると、「この方法しかない」「これで正しいはずだ」といった狭い思考に陥ります。でも、多くの人が気づきにくい効果的な解決策は、そのほとんどが思考の枠の外側にあるものです。注目バイアスが強く働くと、視野が狭まってその思考の枠を広げることができず、いつまでたっても解決策を見つけることができなくなってしまいます(専門用語で「アインシュテルング効果」と呼ばれます)。
先の論理バイアスについても同様です。仕事においては論理的に考えなければいいというわけではなく、もちろん論理的思考が求められる場面もたくさんあります。つまり、いずれの認知バイアスにもメリットもあればデメリットもあるのです。
大切なことは、まずは認知バイアスというものの存在やその種類を知ること。世界的な研究からも現時点で認知バイアスは240種類以上あることがわかっています。そのうえで、なんらかの認知バイアスが自分に働きすぎていないかどうかと客観視するよう心がけることです。そうしていくことで、仕事のパフォーマンスが徐々に上がり、いずれは「仕事がうまくいく人」になれるでしょう。
【西剛志さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
西剛志(にし・たけゆき)
1975年4月8日生まれ、鹿児島県出身。脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。東京工業大学大学院生命情報専攻卒。博士号を取得後、特許庁を経て、2008年に企業や個人のパフォーマンスをアップさせる会社を設立。世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや、才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦まで1万人以上をサポート。テレビやメディアなどにも多数出演。『認知バイアスの教科書』(SBクリエイティブ)、『世界一やさしい 自分を変える方法』、『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』、『低GI食 脳にいい最強の食事術』、『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』(いずれもアスコム)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。