ビジネスパーソンにとってコミュニケーション能力が重要だということは、みなさんも飽きるほど見聞きしてきたはずです。ただ、仕事で関わる他者ではなく、自分自身とのコミュニケーションについて考えたことがあるでしょうか。
脳科学者としての知見を活かして企業や個人のパフォーマンスをアップさせ続けている西剛志(にし・たけゆき)さんは、自分自身とのコミュニケーションである「脳内トーク」というものが、人生を大きく左右すると語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
「脳内トーク」が行動を変え、人生を変える
声に出す言葉、頭のなかに出てくる言葉、このふたつをまとめて、私は「脳内トーク」と呼んでいます。なぜなら、声に出すにも、一度頭のなかに出した言葉を声に出すという作業を経ているからです。
そして、この脳内トークこそが、「人生を左右する」と言っても過言ではありません。それは、普段なにげなく使っている言葉が、じつは脳に多大な影響を与えているため。
たとえば、「太陽」と言葉で聞いたらどうでしょう? 頭のなかに太陽のイメージが浮かびますよね。これは、実際に脳の視覚野に太陽のイメージが想起されている状態になっているからです。
言葉を扱う脳の言語野は前頭前野という部分にありますが、そこには「視聴覚ミラーニューロン」という細胞が存在しています。この視聴覚ミラーニューロンが言葉をイメージに変換する細胞であり、さらに運動野という部分にも隣接しているのです。
そのため、視聴覚ミラーニューロンが言葉をイメージに変換するたびに運動野が活性化され、体感覚も刺激されます。つまり、脳内トークでどんな言葉を自分に投げかけるかによって、実際の体感覚や、さらには行動まで変化すると考えられるのです。
このことは、実験によっても裏づけられています。アスリートたちが自分に「強い、強い」と言うのか、それとも「弱い、弱い」と言うのかにより、その後の握力測定では5〜10%ほどの違いが出たのです。もちろん、好成績を残したのは前者です。
このように脳内トークが行動を変えるのですから、普段の行動の積み重ねである人生さえも脳内トークが変えるというわけです。
ジョブズもザッカーバーグも脳内トークをしていた
もちろん、脳内トークが人生を変えるということは、脳内トークの内容次第で人生がうまくいくこともあれば、逆に人生が暗転することもあるということ。ですから、世界的成功者には自分との脳内トークがうまい人が多いと私は考えています。
たとえば、代表的な例だと、Appleの共同創業者のひとりだったスティーブ・ジョブズの場合、毎朝、「もし今日が人生最後の日だったら、私はいまからすることを『したい』と思うだろうか?」と自分に問いかけていたのは有名な話です。
また、Facebook(現・Meta)を創業したマーク・ザッカーバーグも、「いま、私は自分にできる一番大切なことをやっているだろうか?」と毎日のように問いかけているのだそうです。
では、ビジネスパーソンのみなさんに具体的な実践例をいくつか紹介します。いずれの脳内トークにも言えることですが、実際に声に出してもいいですし、頭のなかで言うだけでもかまいません。声に出す言葉も頭のなかで言う言葉も、いずれも脳内トークだからです。
「仕事に集中できない」ようなケースでは、「あと5分だけ頑張る!」と自分に言ってみましょう。これは、時間を区切られると集中力が上がるという脳の特性を活かした脳内トークです。
ただし注意してほしいのは、この脳内トークが効くのは単純作業の場合だけである点です。「5分以内に創造的なアイデアを出してください」と言われても無理ですよね? 創造性を求められる仕事の場合は、まったく違うアプローチが必要です。
少し脳内トークの話から脱線しますが、創造性が必要な仕事をする場合は、まずはそれに必要だと思われる情報を徹底的にインプットして考えに考え抜いてください。そうしたうえで、自分が快感を感じる状態に身を置きます。温泉に入ってもいいですし、ペットの犬と散歩をしてもいいでしょう。
その快感のなかで、脳は「デフォルト・モード・ネットワーク」という状態に入ります。このとき、自分の意志としては仕事のことは考えていません。でも、それまでにインプットした情報や積み上げた思考を脳が自動的につなげてくれて、ふっとアイデアを出してくれるのです。これが、いわゆる「ひらめき」の正体です。
仕事に不安を感じたときは、「興奮している」と言う
話を脳内トークに戻しましょう。ビジネスパーソンにとってよくあるシチュエーションだと、「プレゼンがうまくいくか不安だ」ということもあるでしょう。
不安の要因は大きくふたつです。ひとつは、単純に準備不足であること。もちろん、プレゼンに臨むには、資料の作成からプレゼンの練習までしっかり準備しておくことが欠かせません。この準備が不足していれば、不安になっても当然です。
でも、しっかり準備しているにもかかわらず不安になるということもあります。これは、心理面からの不安です。そういうときは、「私は興奮している」と言ってみてください。
プレゼンの前に不安になっているときは、緊張しているものです。緊張というのは、人間にとってはそもそも逃走のために備わったもの。猛獣に出くわしたような恐怖を感じたときに、筋肉を緊張させることで瞬発力を上げて逃走できるようになっているのです。
要するに、緊張しているときは、見方を変えるとエネルギーに満ちあふれた状態とも言えます。「私は興奮している」と言うことで、「緊張している」→「不安だ」ではなく、「緊張している」→「エネルギーに満ちあふれている!」と思考を変えると、不安が軽減されることがハーバード・ビジネススクールの研究でもわかっています。そうすれば、自信をもってプレゼンに臨むことができるようになるでしょう。
【西剛志さん ほかのインタビュー記事はこちら】
脳科学者が明かす! 「仕事がうまくいく人」と「いかない人」の差は「認知バイアス」の扱い方にあった
やる気が出ない・覚えられない・成績が伸びない。勉強のお悩みに効く「認知バイアス」活用法
【プロフィール】
西剛志(にし・たけゆき)
1975年4月8日生まれ、鹿児島県出身。脳科学者(工学博士)、分子生物学者。T&Rセルフイメージデザイン代表。東京工業大学大学院生命情報専攻卒。博士号を取得後、特許庁を経て、2008年に企業や個人のパフォーマンスをアップさせる会社を設立。世界的に成功している人たちの脳科学的なノウハウや、才能を引き出す方法を提供するサービスを展開し、企業から教育者、高齢者、主婦まで1万人以上をサポート。テレビやメディアなどにも多数出演。『認知バイアスの教科書』(SBクリエイティブ)、『世界一やさしい 自分を変える方法』、『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』、『低GI食 脳にいい最強の食事術』、『なぜ、あなたの思っていることはなかなか相手に伝わらないのか?』(いずれもアスコム)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。