「自分はいまの会社に合っていないのではないか?」「いまの会社の将来に期待できない」――。そんなふうに感じて、転職を考える人も多いでしょう。ですが、転職活動の武器にできるような実績がない人の場合はどうすればいいのでしょうか。
アドバイスをしてくれたのは、大手外資系コンサルティング会社を渡り歩き、現在は人事・戦略コンサルタントとして活躍する松本利明さん。そんな松本さんは、第一に「『自己PR』という言葉を取り違えてはいけない」と語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
多くの人がやってしまう “相手に響かない自己PR”
転職をしようとする場合、ふつうであれば、自分がやってきたことをベースにして、転職を希望する会社に対してどんな価値を提供できるかということをアピールする必要があります。これが正攻法といっていいでしょう。
ただ、まだ若い人の場合だとそれは難しいかもしれません。自分がやってきたこと、つまり実績がないことも多いからです。結果、相手にまったく響かない自己PRをしてしまうことになる。「自己PR」という言葉にだまされている人が多いのです。
転職活動の面談を合コンの場に置き換えて考えてみましょうか。参加女性のひとりが、「わたしってこんなに綺麗でかわいくて……」と自己PRしたとします。いかがでしょう? ちょっとムカッときませんか?(笑) でも、転職活動の場では、それと同じような「自分はこんなにすごいんです!」という自己PRを繰り返している人も多いのです。
たとえば、ベトナムに工場を持っていて、英語をバリバリ使わなければならない会社に転職しようとしているとします。
そこで英語力をアピールすることは簡単なことでしょう。でも、それこそ「自分はこんなにすごいんです!」型の自己PRであり、多くのライバルも同じように英語力をアピールします。しかも、ライバルのなかには子どもの頃から英語を使っているバイリンガルという人もいるかもしれない。あなた自身もバイリンガルでない限り、英語力では彼・彼女らにかないません。
では、どうしたらいいのでしょうか。それは、ライバルが「言いそうなこと」はいったん捨て切るのです。そして、転職を希望する会社が「どんな人材だったらほしいと思うのか」という仮説を立て、自分の経験から該当するものを取り出して伝えるのです。該当する経験がなければつくってから臨むといいでしょう。
たとえば、SNSなどを使ってベトナムの友だちをつくり、彼らから拾った現地の声を伝えてみるのです。英語力をアピールする人は多くても、「わたしはベトナムに10人の友だちがいるんです」なんて人はそうはいないはず。転職を希望する会社の人は、「現地との調整役に適任だ」「こんな人間が欲しかった」なんて思ってくれる可能性が高いと、あなたも感じませんか。
「ライバルが言いそうにないこと」を具体的にアピール
先の、その他大勢が「言いそうもないことで、相手が望んでいることを取り出す」には「名詞と数字を使う」ことがキーになります。ここでの形容詞はNGです。たとえば、単に「わたしはすごい!」と言うだけでは、何をもってすごいかは相手に伝わりません。キーは、相手の頭のなかで「映像」としてイメージさせることにあります。
「ベトナムに10人の友だちがいる」という先の例なら、すぐにイメージできますよね。「たくさん」というような形容詞だと、5人なのか100人なのか、人により解釈に幅が出てしまい正しく伝わりません。事前に数字と名詞で表現する用意をしましょう。人は、とっさの場合は名詞と数字が出てこないので、ついあいまいな形容詞を使ってしまうからです。
加えて、「過去」「現在」「未来」という視点で整理してアピールすると、よりベターでしょう。たとえ大きな実績がない若い人でも、現在はどのような仕事をしているのか、それを踏まえて未来にはその会社にどのような貢献ができるのかということを伝えるのです。
もちろん、その際には、転職を希望する会社が「どんな人材だったら欲しいと思うのか」という仮説を立てて、「名詞と数字で具体的に」ということをお忘れなく。
ここで、「どんな人材だったら欲しいと思うのか」という仮説が間違っていたらと、心配になるかもしれませんが、その必要はありません。「こういう人材が欲しいにちがいない」「自分だったらこんな貢献ができる」と真剣に考えたうえでのアピールなら、たとえ100%ではなくとも、相手の心に届くからです。そうすれば、「こういうことだったらできるんじゃない?」といったふうに、転職を希望する会社から逆に提案をしてくれるということも、実はよくあることです。
儲かっている会社や業界を選んで「自分の市場価値」を高める
こうしてうまく転職を繰り返せば、たとえ最初はほとんど実績がなかった人にも、しっかりと実績が積み上げられていきます。それは同時に、「自分の市場価値を高める」ということにもつながります。この場合の市場価値とは、人ではなく「仕事についている値札」と考えてください。
同じ人事課長であっても、中小企業なら年収370万円、テレビ局なら年収1,500万円ということもあります。でも、中小企業の人事課長の仕事が簡単でレベルが低いかというとそうではありません。中小企業の人事課長のなかにも、スキル自体はテレビ局の人事課長と遜色ない、あるいは上回っているという人もいるでしょう。でも、実際の年収には大きな開きがあります。
というのも、会社や業界のビジネスモデルが大きく異なるからです。つまり、あたりまえのことかもしれませんが、同じ仕事をするのなら、儲かっている会社や業界を選ぶべきでしょう。そうして、徐々に報酬水準を高めていくことが、結果的に自分の市場価値を高めることになります。
そのようにして無事に業界大手の会社に転職すれば、すごろくの上がりかというと、そうではありません。まだまだその先のキャリアを築くことができます。別の業界大手への転職をさらに繰り返すのです。そうするとどうなるか? 誰から見ても、その人はその業界のすべてを知っていそうに見えますよね。
そこで、今度は同じ業界の伸び盛りの会社に転職するのです。そうすれば、業界大手より規模は小さくなるかもしれませんが、いきなり執行役員として迎え入れられるということだって夢ではありません。
長く続いた終身雇用制度の影響で、いまも日本人はひとつの会社にしがみつく傾向が強いように思います。ただ、転職のやり方次第では、ジャンプアップするようなキャリア構築も可能です。みなさんにも、うまく自分の市場価値を高めていってほしいですね。
【松本利明さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
松本利明(まつもと・としあき)
1970年12月12日生まれ、千葉県出身。人事・戦略コンサルタント。HRストラテジー代表。外資系大手コンサルティング会社であるPwC、マーサージャパン、アクセンチュアなどを経て現職。これまでに5万人以上のリストラをおこない、6000人を超える次世代リーダーや幹部の選抜・育成に関わる。そのなかで「人の持ち味に合わせた育成施策をおこなえば、ひとの成長に2倍以上の差がつく」ことを発見。体系化したそのノウハウを数多くの企業に提供し、600社以上の人事改革と生産性向上を実現する。代表的な著書である『『「ラクして速い」が一番すごい』(ダイヤモンド社)、『「稼げる男」と「稼げない男」の習慣』(明日香出版社)などはベストセラー。英国BBC、TBS、日経、AERAをはじめメディア実績多数、講演実績多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。