「人の都合や言動に振り回されやすい……」
「いつも人に気を使っていて、心がクタクタ……」
「人から雑に扱われている気がする……」
そんな人間関係の悩みから自由になるには、「バウンダリー(自他境界)」という概念がひとつのヒントになります。人間関係に疲れている人は、この「自分と他者との境界線」が曖昧になっている可能性があるのです。
バウンダリーとはどんな概念であり、対人関係にどう活かせばよいのか、本記事で詳しく学んでいきましょう。
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バウンダリーとは「自分と他者との境界線」
東京成徳大学准教授で心理学研究者の菊池春樹氏らによる論文において、「バウンダリー」は「自分と他者を区分する意識的な境界線」と定義されています。より詳しく言えば、「自分はどの範囲の事柄にまで責任を負うべきか」という認識のことです。
論文によると、バウンダリーがはっきりしていれば、自分自身を守ることができるそうです。境界線を越えて自分を脅かしてくるようなものをしっかりと拒めることは、内面の安定につながるとのこと。周囲の人と適切な距離をとれるので、健全な人間関係を保てるとともに、心が疲れたり乱れたりしないですむのです。
しかしバウンダリーが曖昧だと、本来は自分に無関係な(他者に属する)物事にまで責任を感じるようになり、他者に振り回されやすくなってしまう恐れが。
具体的には、以下のような状態に陥る可能性があります。
- 嫌われることを恐れ、他者の要求を断れなくなる
- 「いつでも要求に応えてくれる人だ」と見なされ、感謝もされない
- 本当はつらいのに他者の期待に応えようとしすぎて、追い込まれてしまう
(※心療内科医・鈴木裕介氏の見解を参照)
もちろん、人に対して気を使えることや、親切であること自体は素晴らしいことでしょう。しかし、度を超えた尽くし方をしてしまうと、身も心も滅ぼすことになりかねません。
「自分が責任をもつべき物事」と「他者が責任をもつべき物事」とをきちんと区別し、自分を安易に安売りしないことが大切なのです。
ここまでの説明を読み、「もしかしたら自分も、人の要求に応えすぎているかも」「自分が守るべきバウンダリーが曖昧になっているかも」と感じた方は、次にご紹介する3つの対策を試してみてください。
対策1. まずは「どこからがバウンダリー・オーバーか」を知る
バウンダリーは観念的な概念であり、目には見えないものなので、自分のバウンダリーについて考えても、いまひとつピンとこない人もいるでしょう。
そこでまず必要になるのが、自分のバウンダリーの範囲を知り、どんな事柄がバウンダリー・オーバー(バウンダリーの侵犯)に当たるのかを体得しておくこと。
前出の鈴木氏によると、バウンダリーが侵されていないかどうか判断するには、「心にモヤモヤを感じるかどうか」がひとつの基準になるとのこと。他人とのやりとりのなかで何か「モヤモヤ」とした不快感があったのなら、バウンダリー・オーバーが生じている可能性が高いと考えられるそう。
たとえば「同僚の仕事を手伝ってあげた」という場面。その行動が純粋な親切心から出たものであり、「喜んでもらえてよかった」といういい気持ちだけが残ったのであれば、自分は納得してその同僚を手伝ったことになるので、問題ありません。
しかし、
- 「手伝わないと嫌われるかも……」という恐怖感からしぶしぶ手伝った
- たいして感謝もされずモヤモヤした
- 手伝ったことで自分の仕事量が増え、無理をしているように感じた
といった不快感があったのであれば、バウンダリー・オーバーが生じ、他者に振り回されている可能性があるわけです。
モヤモヤしないか? 不快感はないか? という基準に従って自分の心の動きを観察していれば、自分のバウンダリーを守る感覚がつかめてくるはずですよ。
対策2. 3つの「ち」を捨てる
心理カウンセラーの中島輝氏は、他者と適切な距離感をとれない人は「相手にこう思われているだろう」と勝手に思い込む傾向があると指摘しています。
たとえば「嫌われた」と一方的に決めつけて落ち込んだり、相手の気持ちを深読み・先回りして気を使いすぎたりなどして、他者の一挙一動に振り回されてしまうのです。
そんな思い込みを解消する方法として、中島氏は「3つの『ち』を捨てる」ことを提唱しています。3つの「ち」とは、以下に示す「血」「地」「知」のことで、思い込みが生まれる根本原因です。
- 「血」……親や周囲の大人たちから教わった価値観
(例)「社会では失敗が許されない」と親から教わったから、A部長も私を許してくれないだろう。 - 「地」……育った国や土地の価値観・慣習
(例)地元では上下関係が厳しかったので、A部長も私を下に見ているのだろう。 - 「知」……世のなかで主流とされる価値観
(例)実力主義の世のなかなので、A部長も私を「使えないヤツ」と嫌っているのだろう。
上記3種類の「ち」を取り払えば、「こう思われているだろう」という思い込みから解き放たれることができます。「自分と相手は、まったく価値観が異なる別の人間だ」「相手の価値観を、自分自身に落とし込む必要はない」と理解でき、人付き合いが楽になるはず。
とはいえ、他者にいっさい共感も同情もしてはいけないわけではありません。相手の気持ちに思いをはせながらも深入りしすぎないという、適度な距離感を保つことが大切なのです。
対策3.「上手な断り方」を身につける
誘いや頼まれ事を断るのが苦手な人は、角を立てず感じよく断るスキルを身につけましょう。そうすれば、他者に振り回されにくくなり、バウンダリーを守ることにつながります。
ここでは産業医の井上智介氏が提唱する「上手な断り方」の手順をご紹介します。
- 感謝を伝える
- 断りの理由を伝える
- 謝罪する
- 「次こそは引き受けたい」という気持ちを伝える
一例として、先約があるため上司からの飲み会への誘いを断りたいとしましょう。「上司からの誘いだから断っちゃまずいかな……」と気を使ってしまうと、「先約を守りたい」という本心を自らないがしろにすることになります。そこで、以下のように返答しましょう。
「お誘いいただきありがとうございます(STEP1)。ただ、今日は地元の友人と久しぶりに会う先約があり、行けそうにありません(STEP2)。申し訳ありません(STEP3)。ぜひ、またの機会にお願いします(STEP4)」
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人間関係の疲れを感じやすい方は、バウンダリーを意識しながら人付き合いをするとともに、ご紹介した方法を参考に人との向き合い方を見直してみてくださいね。
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伊東佳寿子, 菊池春樹 (2020), “バウンダリー(自他境界)のはたらき尺度の作成,” 東京成徳大学臨床心理学研究, 20号, pp.10-18.
PHPオンライン衆知|「他人に振り回される人」のチェックリスト…心療内科医が教える“自分を守る方法”
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佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。