有識者は「すべてのビジネスが、“人間の心”を対象としたものだ」といいます。そんななか、感情を読みとる AI の基礎にもなっているエクマン理論が、日本人において通用しないことが明らかになりました。その事実からも、「心奥(心の奥底)に秘めた思いを感じとる者がビジネスを制する」といっても過言ではありません。さっそく説明しましょう。
エクマン博士の理論とは
20世紀の傑出した心理学者100人にも選ばれたポール・エクマン氏は、表情が文化環境において発生するものではなく、人類において普遍的な特徴であり、本来備わっている先天的なものであると明らかにしました。
この理論は現代の科学者から広く受け入れられており、表情画像から感情を読みとる人工知能(AI)の開発は、日本でもエクマン理論に基づいて進められているそう。
しかし最近、このことを覆す研究結果が発表されました。
日本人の表情はエクマン理論と食い違う?
京都大学こころの未来研究センター・佐藤弥特定准教授ら研究グループが、日本人65人の参加者を対象に行った実験は、次のようなものでした。
参加者はまず、エクマン理論に基づいて作成された表情写真を模倣して、表情をつくり出したとのこと。これが「写真条件」です。
そして、基本的な6つの感情(怒り・嫌悪・恐れ・幸福感・悲しみ・驚き)に対する表情を、特定のシナリオ(たとえば「ずっとほしかったプレゼントをもらったときの幸せな気持ち」など)でつくり出したそう。これが「シナリオ条件」です。
それらを AI で解析した結果、すべての感情がはっきりと示されていた「写真条件」と比べ、「シナリオ条件」では、“幸福感”と“驚き”以外は感情が表出されなかったそうです。さらに、「写真条件」と「シナリオ条件」でつくられた表情では、動きや強度などパターンが異なっていることも分かったのだとか。
この結果を受け研究者らは、「経験的証拠に基づいて理論を修正する必要があるかもしれない」と伝えています。(※この研究は2019年2月12日付で心理学専門誌「フロンティアーズ・イン・サイコロジー」電子版に掲載)
ビジネスの世界では「心の動き」が不可欠
前項の研究から分かったことは、基本的な表情でさえ理論づけるのは難しいということ。なおさら様々な思惑が交差するビジネスの対人関係では、その表情から「心奥に秘めた思い」を感じとるのは難しいということです。
しかし、多摩大学大学院教授で工学博士、シンクタンク・ソフィアバンク代表でもある田坂広志氏はこういいます。
「心の世界」を深く学ぶということは、 ビジネスの世界で活躍する知的プロフェッショナルにとっては、 不可欠の条件とも言えるでしょう。
(引用元:Yahoo!ニュース|『成長の技法』第4回 |会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む(田坂広志) - 個人)
同氏がこう述べる理由は、そもそも人間が「理性の存在」ではなく「感情の動物」だから。
もちろん、物事を理性的に判断する側面もありますが、感情的かつ感覚的に受け止め、判断してしまう側面も大きいということです。冒頭の「すべてのビジネスが、“人間の心”を対象としたものだ」という言葉も、田坂氏によるもの。
そのため、「心の動き」を読むことはビジネスに必要ですが、心理学や人間学等の本を読むだけでは、それを学ぶことはできないそうです。ビジネスの実践の中から掴みとるしかないのだとか。
「心奥に秘めた思い」を感じとるには?
田坂広志氏は「人間の心」を感じとる技法を学ぶ場として、「会議」を挙げています。同氏いわく――
すなわち、毎日、社内、社外での無数の会議に出席するとき、 その会議における「議論の流れ」だけに目を奪われるのではなく、 その会議における「心の動き」を敏感に感じ取り、 その背後にある参加者一人ひとりの「心理」を推察するという修練を積むことです。
(引用元:Yahoo!ニュース|『成長の技法』第4回 |会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む(田坂広志) - 個人)
――とのこと。たとえば、こうです。
・状況【AさんがBさんの企画案に対し、妥当に指摘しながら反対意見を述べている】に対し、 ・「反対意見を述べることで、自分の存在を主張している」が心の動き。
・状況【CさんがDさんの意見に対し、穏やかに『検討します』とだけ告げ、発言を終えた】に対し、 ・「穏やかに返したが、本当は共鳴できず、適当に流した」が心の動き。
・状況【E課長から、鋭い指摘や細かい質問を浴びせられ、Gさんが狼狽えていた】に対し、 ・「E課長は、Gさんのアイデア実現に向け精査しているが、Gさんはピンときていない」が心の動き。
――といった具合です。
状況そのものだけではなく、参加者一人ひとりの「心の動き」に注意を払い、その裏にあるものを感じとるトレーニングを重ねていけば、だんだん分かるようになっていくはずです。
*** 田坂氏によれば、営業にとって「黙って去る顧客」が一番こわいとのこと。なぜならば、その心奥に秘めた思いは「静かに見限っている」ということだから。逆に、こちらの不備を咎め、叱ってくれるほうが「有り難い顧客」なのだとか。まだ見限っておらず、直すべき点も教えてくれるからです。目に見えていることだけに振り回されたり、一喜一憂したりせず、心奥に秘めた思いを感じとり、ビジネスを制してくださいね。
なお、こちらは、田坂広志先生のインタビュー記事です。ぜひご一緒にどうぞ。
(参考) 大学ジャーナルオンライン|日本人の表情はエクマン理論と違った、京都大学が発見 Frontiers in Psychology|Facial Expressions of Basic Emotions in Japanese Laypeople Yahoo!ニュース|『成長の技法』第4回 |会議においては、議論の奥の「心の動き」を深く読む(田坂広志) - 個人 Wikipedia|ポール・エクマン