相手の話をよく聞き、質問を交えながら対話することによって、相手の課題解決や行動を促すコーチングの技術。的確な質問で相手の状況を聞き出し、適切なアドバイスを与えなければならない。下手なアドバイスは逆効果にもなりかねないから、とても難しいものだ。
いかに適切に言葉を選択できるか。これが、コーチングの成否を左右するカギになる。今回は、ちょっとした工夫であなたのコーチングがグッと改善される、そんな言葉選びの方法をお教えしよう。
「ボールを見ろ!」では伝わらない
筆者の経験にまつわる、あるエピソードを紹介しよう。
筆者は、中学生からテニスを続けている。中学高校の部活に大学のサークル。環境が変わっても必ずアドバイスされたのが、「最後までボールをしっかり見ろ」ということ。コーチや先輩から、耳にタコができるくらい聞いてきた。
「ふむふむ、ボールにラケットを当てなければいけないのだから当然だ」と思うだろう。しかし、これがなかなか難しい。当たり前のことだが、ボールは見ている。向こうから飛んでくるボールをしっかりと目で追い、ラケットに当てている。でも良いショットが出ない。ボールを見ろ、ボールを見ろ、と言われても、実際のショットにそう簡単に活きてこないのだ。
そこで筆者は、こう疑問に思った。「もっと良いアドバイスはないのだろうか?」と。
テニスに限った話ではない。何度も同じミスをしてしまう部下、抜け漏れがなくならない同僚。彼らに声をかけるとき、どんなアドバイスの仕方をしたら良いのだろうか?
「ボールはどちらに回転していた?」と尋ねてみよう
この疑問を、次のように言い換えてみよう。「アドバイスを与えるとき、どんな言葉を使って助言したら良いのだろうか?」
この疑問に答えてくれるのが、W.ティモシー・ガルウェイというテニスコーチだ。1960年にハーバード大テニスチームのキャプテンを務め、その後はテニスのコーチとして活躍。自身のコーチ経験から、著書”The Inner Game of Tennis”を執筆した人物だ。この著書で紹介されているインナーゲーム理論というメンタルマネジメントの手法は、ゴルフやスキーなど他のスポーツ、さらには音楽やビジネスにも活用できると話題を呼び、今なお多くの支持を得ている。
(インナーゲーム理論については、以前の記事で紹介している。 STUDY HACKER|「自分の足を引っ張るもう一人の自分」に勝つためのメンタルマネジメント法)
ティモシー・ガルウェイ氏のテニスコーチの手法は、以下のようなものだ。
テニスのコーチであるティム・ガルウェイは、質問の用い方が非常にうまい。空振りした子供に対して「ボールをもっとよく見て」と指摘するコーチは多いが、ガルウェイは「ボールは右回転だった? 左回転だった? 」と尋ねる。すると、その子供はどう回転しているのかを見極めようと、次に来たボールを一生懸命に見るようになる。このように、質問の仕方一つで、相手からより良い成果を引き出せるかどうか、相手が気づきを得られるかどうかは変わってくる。
(引用元:伊藤守・鈴木義幸・金井壽宏 著(2010),『神戸大学ビジネススクールで教える コーチング・リーダーシップ』,ダイヤモンド社.)
ボールを見ろと命令するのではなく、ボールの回転方向を尋ねるのだそうだ。言葉ひとつ変えるだけで、相手の行動までをも変えることができるということが、お分かりになるだろう。
適切な言葉を選ぶことで、相手の姿勢を変えさせる効果がある。アドバイスされる側は、受け身の状態となってしまうことが多いものだ。しかし、ボールの回転方向を尋ね、相手に考えさせることで、アドバイスされる側の姿勢を能動的なものに変えることができるのである。
相手に「考えさせる」アドバイスを
この考え方は、仕事にも大いに活用できる。ただ相手のミスや欠点を指摘するのではなく、相手に自分のミスの原因を考えさせてみよう。
「どうしてミスが減らないんだ!」ではなく「ミスした時は、どういう状況だった?」「なぜ間違えたのだと思う?」 「二回チェックしろ!」ではなく「どうしたら見落としがなくなると思う?」 「もっとハキハキプレゼンしろ!」ではなく「相手が聞こえるように話すにはどうしたらいい?」
こんな風に尋ねてみるのだ。 相手の状況を聞き出し、気づきを導き、そこから具体的な行動を起こさせる。これがコーチングのあるべき姿なのだと心得よう。
(参考) 伊藤守・鈴木義幸・金井壽宏 著(2010),『神戸大学ビジネススクールで教える コーチング・リーダーシップ』,ダイヤモンド社. Wikipedia|Timothy Gallwey