仕事熱心だし、よく勉強するし、何でも努力する自分は、結構優秀なほうだと思う。しかし、どうもいまひとつ突き抜けられない。
そう感じているあなたが、「大勢で作業するのは得意じゃない」「ひとりでやったほうが速いし確実」「足を引っ張られたくない」と考えることが多いならば、ときには少しだけ柔軟になってみるのもいいかもしれません。
人間は、集団としての能力が高いといいます。今回は、有識者の講演や最新の研究を交え、「個人主義でもときには柔軟性をもって協働するほうがいい理由」について説明します。
人間は柔軟に協働して地球をコントロールしている
歴史学者で世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著者でもあるユヴァル・ノア・ハラリ氏は、TED Conference で「人類の台頭はいかにして起こったか?」という講演を行いました
そのなかで同氏は、「人間が地球をコントロールしているのは、大勢で、柔軟性をもって協働できる動物だから」と語っています。他の動物との違いは、個々の能力レベルではなく、“集団としての能力”にあるとのこと。
たとえばチンパンジーなどにも社会性はありますが、彼らは小さな群れのなかの、よく知るチンパンジー同士でなければ協働できません。人間のように、どこの誰だか知らない大勢と、ルールを守って満員電車に乗り合わせたり、乗り降りしたり、なんてことは到底できないのです。
したがって、1対1、あるいは10対10ならチンパンジーが勝利するかもしれませんが、1,000対1,000なら、容易に人間が勝つとのこと。
なぜ人は大勢でも柔軟に協働できるのか?
人間が大勢で柔軟性をもって協働できる――いわゆる同じルール・基準・価値観に従って行動できるのは、「想像力」があるからなのだそう。
経済、国家、法律、人権に至るまで、すべてが「こうしたら、これが可能になる」という想像力から生まれています。
チンパンジーはバナナとリンゴの物々交換は可能かもしれませんが、貨幣経済、信用経済への進化はあり得ません。みんなが紙切れ(紙幣)をもって価値を決めれば、バナナと紙切れを交換し、その紙切れでリンゴや好きなものと交換できる、とは想像できないからです。
芝居をみて、自分が体験したかのように笑ったり泣いたりできる人間は、アインシュタイン風にいえば、世界を包み込むほどの想像力を持っています。その想像力を使い、柔軟性をもって協働し、力を発揮しない手はありません。
それに、共同作業は多人数ほどいいらしいのです。
人数が増えるほど、個々のパフォーマンスがアップ
東京工業大学・科学技術創成研究院 バイオインタフェース研究ユニットの髙木敦士特任助教らの研究グループは、複数の人が共同で運動作業を行うとき、グループの人数が増えれば増えるほど、各々の運動パフォーマンスが向上すると、生命科学分野の国際科学誌『eLife(2019年2月12日)』で明らかにしました。
2人で行うと作業効率が向上することは実証していたので、今回は被験者を増やして実験したそう。その方法は、コンピュター画面上をランダムに動き回るターゲットを、カーソルを動かして追いかける作業を2~4人で行うというもの。
結果、共同作業を行う人数が増えるほど、個々人のパフォーマンスが向上したとのこと。
実験では、特殊な装置で手の触覚を介し、他者の動きを検知できるようにしたとのこと。それで「他者がどうターゲットの動きを予測しているのか」という情報を得ることができたため、瞬時に最適な予測を実行できたのではないか、と推測されています。
また、優秀な作業パフォーマンスの人が、劣っていたグループに加わった際にも、悪影響はなかったそうです。相互作用の利益が、グループの大きさと共に増加したのみだったわけです。
ミラーニューロンと人の想像力
前項の研究で行われたのは「手の触覚づてに他者の情報を得たうえで行われた運動作業」ですが、ビジネスパーソンが知的労働をしているときも、知覚で他者の情報を得て、物事がどう運ぶか無意識に予測しています。
1990年代に発見された「ミラーニューロン」は、A が B の行動を観察しているときに A の脳で活動し、A が B と同じ行動をとったときにも活動する、神経細胞のこと。
共感にもかかわっており、知覚情報が脳の運動野で直に変換されるため、観察者には、観察対象者と同じ感情が生まれます。ミラーニューロンは運動前野に位置し、頭頂葉皮質に属しているそう。他者の理解と、大きく結びついているわけです。
また、さらに、一部のミラーニューロンは、他者と自分の間にどれだけ距離があるか、その行動に反応を返せる状態にあるか、といったことでも活動するそう。それは、相手の行動に反応し、自分も行動するべきかどうか瞬時に判断する上で役立っているとのこと。
たとえばわたしたちは、すぐ近くにいる同僚がスマートフォンを床に落としそうになったとき、まるで自分が落としたかのように、サッとそれを受け、床に落ちるのを防ぐことができます。しかし、同僚が10m離れた場所にいたら、その行動を起こしません。
つまり、ミラーニューロンは、他者の行動を理解し、彼らの行動に対してどう反応すべきかを判断するために、その行動を分析している可能性があるわけです。UCLA の Marco Iacoboni 教授は「ミラーニューロンは何かしらの行動を、他者との協力を重要視したやり方でエンコードしている可能性がある」と話しています。
したがって、前項の研究とあわせて考えると、ミラーニューロンが働く限り、他者の情報を得て物事を予測し、パフォーマンスを上げられる可能性があるということです。
個人主義なあなたのチャレンジ
では、個人主義的な考え・感覚をもつ人が、ときに集団パワーを生かすには、どうチャレンジしたらいいでしょう。
実は、ものすごーく簡単なんですよ。たとえば「こっちを手伝おうか?」といわれたとき、いつものあなたなら、「大丈夫」といって自分でやってしまうでしょう。
そこで、たまには相手を信頼し、「ありがとう、助かる」といい、思いきって任せてみるのです。
もしかしたら、自分でやったほうが早くできるかもしれません。普段自分がしないようなミスをされてしまうかもしれません。
しかし、次回、さらにその次はもっと、経験に加え、お互いの表情や所作、声のトーンから「ここを気をつけたほうがいい」「こうするともっと早くできる」と予測したり想像したりするようになるはず。そうなれば、個々のパフォーマンスが向上し、自分ひとりでやっていたときよりも成果が上がるでしょう。しかも、相互作用の利益は、3人、4人と多くなるほど増加するのです。
また、想像力を活かし、柔軟に協働することで、「もっとこうしたら効率がよくなるのではないか」といいアイデアが生まれるかもしれません。知らず知らずのうちに、リーダーとしての能力も向上するのではないでしょうか。
*** 人間に備わっている集団としての能力と、想像力、その必要性と、共同作業の効果、チャレンジのコツなどについて説明しました。もともとは自立した個人主義のあなたが、状況に応じて集団としての能力や、想像力を生かせるなら、それはもう鬼に金棒です。グーンと突き抜けちゃってください!
(参考) TED Talk|ユヴァル・ノア・ハラリ: 人類の台頭はいかにして起こったか? 東京工業大学|東工大ニュース|共同作業は多人数ほどうまくいく 複数ロボットによる作業にも適用可能 eLife|Individuals physically interacting in a group rapidly coordinate their movement by estimating the collective goal WIRED.jp|他者と自己の区別をしない神経細胞:ミラーニューロン 仲島陽一(2009),「共感の生理学と病理学」,国際地域学研究,No.12,pp.103-112.