「いつも同じようなアイデアに終始してしまう……」
「説得力ある説明が上手にできない……」
こんな悩みを持っている人に足りないものは何でしょう。天賦の才能? 経験? 巧みな話術?
いいえ。もっと根本的な部分に目を向けてみると、足りないのは「抽象化」と「具体化」というスキルです。加えて、この両者を自在に行き来できるスキルもまた足りていないかもしれません。
「抽象化スキル」はアイデアを生み出す源泉になる
これらのワードに共通するものが何だかわかりますか? そう、「車メーカー」もしくは「車」ですね。このように、個別的・具体的な事柄を一般的な概念へ昇華させることを抽象化といいます。
「車」という言葉を耳にして、頭の中でどんな絵を思い浮かべるかは人それぞれです。白い車を思い浮かべる人もいれば、黒い車を思い浮かべる人もいます。メーカーも車種も人それぞれ。人によってはパトカーや消防車を真っ先に思い浮かべるかもしれませんね。このように、複数の解釈が可能な場合は抽象度が高いといえます。
『メモの魔力』著者でSHOWROOM株式会社代表取締役社長の前田裕二氏によれば、抽象化の技術は、自分で行動する前に必要なステップのひとつとのこと。
前田氏は以前、「大阪ではアメをおまけにつけたフリーペーパーが飛ぶようにはけたものの、東京ではそうではなかった」という話を聞いたそうです。そしてこの事実を抽象化し、「大阪人は東京人に比べ、直接的なメリットの訴求に弱い」というひとつの示唆を得ました。
さらに、SHOWROOMにおける大阪のユーザーと東京のユーザーの課金具合(※「ギフティング」という、配信者に有料ギフトをわたして応援できる仕組み)を調べたところ、大阪のほうが低いということが明らかに。ここから、単に大阪人がお金を使わないわけではなく、「大阪人にとっては、価値を感じるものと感じるものが明確に分かれているだけではないのか」と推測します。
そこで、大阪ではお笑いライブが非常に盛況であるという事実も踏まえて、「プロのお笑い芸人のネタをSHOWROOMでプレミアムコンテンツとして配信する」というアイデアを得たのです。
抽象化がアイデアを生み出す源泉になるといえるのは、こういうゆえん。複数の物事にまたがる本質を見つけ出し、そこから別の具体例へと展開させやすくなるのです。
「具体化スキル」は話に説得力をもたらす
一方で、「車」という抽象的な概念を「トヨタのコンパクトカー」「スバルの青いセダン」「赤い消防車」などと落とし込んでいく思考は具体化といいます。
しかし、たとえば「赤い消防車」が完璧に具体的かというと、そうでもありません。ポンプ車をイメージする人もいれば、はしご車をイメージする人もいるでしょう。ここで「株式会社モリタの15mはしごつき消防車」と限定すれば、全員の解釈もさらに統一されていくはず。
おわかりのとおり、具体化のスキルが特に役立つのは、正確に伝える場面。たとえば、仕事の場面で「資料作成をできるだけ早めにやって」と伝えたところで、人によって「早め」の解釈は異なってきます。「今日中」をイメージする人もいれば、「今週中」をイメージする人もいるでしょう。しかし、「明日15時からの打ち合わせで使うから、明日の12時までには欲しい」などと伝えれば、解釈のズレはなくなりますよね。
また、先ほどの前田氏の例のように、より個別的なアイデアを生み出していくうえでも具体化スキルは必須でしょう。
抽象化スキルと具体化スキル、どう鍛える?
抽象化スキルと具体化スキルの重要性がわかったところで、それぞれの鍛え方をご紹介しましょう。
抽象化スキルは「ゲーム」で鍛えられる
まずは抽象化スキルの鍛え方について。おすすめは、前田氏が提案する「抽象化ゲーム」です。まったく関係のない2つの事柄を取り出して、その共通点を見つけます。以下のような具合です。
共通点1:毎日「新しいこと」が起き、毎回「新しい紙」を使う
共通点2:内装やパッケージの「デザイン」がたくさんある
共通点3:なくても働けるし、なくても鼻は拭けるけれど、「ないと大変」
【「人生」と「ジョギング」】
共通点1:道のりはいろいろ
共通点2:アップダウンがある
共通点3:ある通過点を過ぎると、また別の通過点(目標)が現れる
【「古典」と「チョコクリームパン」】
共通点1:昔からある
共通点2:パッと見ただけでは中身(内容)がわからない
共通点3:大きな店に置かれている
このときのコツは、どちらか一方の特徴をまずは抽象的に考えてみること。そして、もう片方に当てはまるかどうか考えてみます。たとえば「古典」の例では、「歴史が長い」「内容が難しくてわかりにくい」「大きな書店でないとなかなか置かれていない」といった特徴が頭に浮かびました。それらがチョコクリームパンにも当てはまらないか検討しています。
具体化スキルは「5W3H」の思考習慣で鍛えられる
具体化スキルの訓練方法としておすすめしたいのは、「5W3H(What、When、Who、Where、Why、How to、How many、How much)を使うようにすること。ICF(国際コーチ連盟)認定プロフェッショナルコーチの川北智奈美氏は、この方法で思考が具体的になるといいます。日頃から、この「5W3H」を意識してみてください。
たとえば、日本全国津々浦々の街を紹介するメディアでコラム記事を書きたい場合。漠然と「どんな記事を書こうかな」と思っているだけではアイデアはなかなか浮かびません。そこで、5W3Hの各ワードでアイデアを絞り込んでいきます。
↓
【Who】仕事をしているおしゃれな女性が行きそうな街はないかな?
↓
【When&What】冬も近いなあ。クリスマスの時期にイルミネーションをやっている街に絞って、その特集を組むのはどうだろう?
↓
【再びWhere】仕事終わりに立ち寄れるイルミネーションスポットなんてどうだろう。渋谷とか代々木上原とか目黒とか、たくさんありそうだ!
このように、思考に制約ができるため、かえって具体的に考えやすくなることがわかります。
「抽象」と「具体」どう行き来する?
ここまでで「抽象化スキル」と「具体化スキル」の鍛え方をご紹介しました。
私たちの仕事は、抽象と具体を行ったり来たりすることで成り立っています。抽象化スキルに欠ける人は、個別的な事象から本質や共通点を見つけて活かすことは難しいでしょう。また、具体化スキルに欠ける人も、曖昧なコミュニケーションや漠然としたアイデアに終始して活躍できません。
このように、ビジネスの世界で強いのは、やはり具体と抽象を自在に行き来できる人なのです。経営学者の楠木建氏も、地頭の良さを測る尺度として、抽象と具体を行ったり来たりする振幅の「幅の大きさ」と往復運動の「頻度の高さ」、そして「スピード」を挙げています。
では、どうすれば両者の行き来を鍛えられるのでしょうか。楠木氏は「自問自答」をすすめています。自問自答をとおして、日頃から抽象と具体を意識して行き来するようにするのが肝心なのですね。
たとえば、筆者はタイ料理がなんとなく苦手です。どのような具合で行き来するのか見てみましょう。
まず、タイ料理とはどんなものがあるでしょうか?(※具体化の質問) ガパオライス、パッタイ、トムヤムクン、グリーンカレーなど、たくさんありますね。
では、これらに共通する要素は何でしょうか?(※抽象化の質問) ハーブの香り、辛い味、日本人にとって珍しい食材、いろいろ浮かんできます。
では、これらの抽象化された要素、筆者はすべて苦手なのでしょうか? たとえば、辛い味。たしかに辛味は得意ではありませんが、麻婆豆腐は好きです。ということは、辛い味が理由でタイ料理が苦手なわけではありません。同じように、食べ慣れない食材だからといって、苦手な料理になるわけでもないようです。一方で、パクチーやセロリなど、ハーブ系の香りを持つ食材はあまり得意ではありません。
となると、どうやら筆者はタイ料理が苦手というよりは、独特の香りがする食材を単に苦手としている(※抽象化できた!)ようです。たしかに、ベトナム料理のフォーも、パクチーが入ってなければおいしく頂けます。となると、もしかしたらハーブの香りがあまり入っていないタイ料理であれば食べられるかもしれませんね。
こんな具合で、ぜひ自問自答をしながら、抽象と具体を行き来してみてください。自分の知らない一面を発見できるのはおもしろいですし、仕事に役立つ思考訓練としてもおすすめですよ。
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ご紹介した方法で、「抽象化スキル」と「具体化スキル」、そして「両者を行き来するスキル」を鍛えていってください。
(参考)
前田裕二(2018),『メモの魔力』, 幻冬社.
EL BORDE|【前田裕二】日常すべてがビジネスアイデアに変わる戦略的メモ術 SENSORS|イノベーションを起こすリーダーの思考・視点ーー朝倉祐介×前田祐二 リーダーズトーク
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【ライタープロフィール】
渡部泰弘
大阪桐蔭高校出身。テンプル大学で経済学を専攻。外出時は常にPodcastとradikoを愛用するヘビーリスナー。