社員研修を担当される方にとって、「いかに社員に研修を続けてもらうか」ということは、大きな悩みのひとつでしょう。たとえば、
- 英語研修を実施したけれど、社員が所定のレッスン回数を受講しなかった
- eラーニングの研修を導入したが、受講率が想定よりかなり低かった
というのはよくあるケースです。
複数回にわたり実施される研修プログラムでは、社員が研修へ参加し続けること、研修を完了(完遂)することが重要。にもかかわらず、いったい社員はなぜ研修を続けられないのでしょうか? その理由と解決法を探っていきたいと思います。
研修を受け続けられないのはなぜ? 社員の本音
はじめに、社員の本音をいくつか見ていきましょう。社員が研修を続けられない、完了できないのには、以下のような事情があると考えられます。
- 通常業務が忙しく、研修に時間を割くことができない
- モチベーションが不足している
- 研修の内容が難しすぎる、あるいは簡単すぎる
- 通学が面倒である
研修のなかでも特に業務時間以外で時間を捻出する必要がある場合、どうしても受講を後回しにしてしまう社員は多いでしょう。当然、モチベーションも高まりません。また、研修の目的・目標が十分に共有されていなければ、ますますモチベーションは上がらないものです。
研修の難易度が簡単すぎる、または難しすぎる場合も、社員は研修への参加をためらいがちに。また、仕事はリモートワークなのに研修は通学させるというように、学習スタイルが自分に合っていないというのも、社員が受講を面倒に感じる原因となります。
企業研修ですので個人に合わせたカスタマイズは難しいかもしれません。ですが、社員の実情に合わないかたちで研修が設計されていると、社員は研修に参加したくなくなってしまうのです。
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なぜ社員は研修を「解約」するのか? マーケティングの観点から読み解いてみた
次は別の視点で、なぜ社員が研修を続けられないのかについて考えてみます。
今回取り入れるのはマーケティングの知見。社員を「顧客」と見立て、なぜ顧客である社員は研修というサービスを半ば「解約」してしまうのか、見ていきましょう。
國學院大學経済学部教授の宮下雄治氏は、著書『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』のなかで、解約率(チャーンレート)が上がる10大要因を整理して分析しています。
そのなかのいくつかをピックアップしながら、「解約させない」研修について考えていきたいと思います。
要因1:価格と価値が見合っていない
宮下氏は、顧客がサービスを離脱(つまり解約)する最たるケースは、「結果品質」と呼ばれる、支払ったコストに対し得られる便益や価値が、見合わなった場合であると指摘しています。
結果品質とは、企業が提供しているさまざまなサービスの中で、顧客が「支払う対価として最も期待している効用や価値の品質」
(引用元:宮下雄治(2024),『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』, 日本実業出版社.)
つまり、社員が支払ったコストに対し、その研修から期待通りの効果や価値が感じられない場合、社員は研修を続けなくなる可能性が高いということです。
ここで、コストについて疑問に思われた方もいるでしょう。社員が費用を一部負担する研修もありますが、おおむね企業研修では企業が全額を支払います。
では、社員が支払うコストの正体とはなんでしょうか? それは次にご説明する「時間」です。
要因2:「タイパ」の悪さにイライラする
解約率が上がる10大要因のひとつとして、宮下氏は「タイパ」つまり「時間対効果」という点も指摘しています。宮下氏は、タイパに関して下記のようにまとめています。
「この時間を他のことに使っていたら……」「このお金を他のことに使っていたら……」という(中略)損失を回避したいという心理が、早々にサービスから離脱するジャッジメントをすることになり、サービス離脱の動機になっている
(引用元:同上)
企業研修の場合、社員はお金を払いませんが、自らの限りある時間を投入しています。社員はこの「時間」を「支払うコスト」と考えるのです。そして「タイパが悪い」と判断すると、彼らは研修を続けなくなってしまいます。
要因3:使い勝手が悪くストレスを感じる
宮下氏の著書では、UI(ユーザーインターフェイス)の問題も指摘されています。
UIとは、人間とコンピューターシステムとのあいだで情報をやり取りするための手段、方法、デザインのこと。具体的には、スクリーンのレイアウト、ボタン、アイコン、テキストなど、ユーザーが操作するためのインターフェースの要素全般を指します。宮下氏いわく、
すぐれたUIデザインとは顧客・ユーザーに「考えさせない」ストレスフリーなデザイン
(引用元:同上)
とのこと。つまり、研修を受けるにあたってあれこれ考えないといけないようだと、社員は研修を受け続けることが難しくなるのです。たとえば、「このミーティングが18時30分に終わって、それからすぐに出れば3駅先の英会話スクールまで移動すると19時のレッスンまで間に合うかな。10分押したら間に合わないかも」と考えること自体が、ストレスになりえるといったことです。
また、UIがよくないeラーニングシステムも、学習意欲を削ぐことにつながります。
研修を「解約」させないためにまずは「タイパ」の向上を
ここまで社員が研修を続けられない、完了しない要因を見てきましたが、最後にこれを解決する方法を3つご紹介します。
企業研修では多くの場合、社員は費用は負担しませんが、時間の負担をしています。企業の研修担当者は、「この時間をどうデザインすべきか」という視点で考えていくといいでしょう。
「時間の使い方」を社員自身に決めさせる
社員が納得して自分の時間を研修に費やせるよう、「社員に研修を選択させる」ことを検討しましょう。
たとえば、英語研修であれば「3つ」の選択肢を提示して、社員自身に選択させます。スクールに通うのかオンラインで受けるのかという受講形態を選ばせたり、いくつかの体験レッスンを通して自分に合いそうなものをピックアップさせたりする方法があります。
これにより、社員は自分が納得したうえで、時間を研修に投じることになります。自ら選択した責任も生じるので、社員は研修を続けやすくなるのです。
なお、選択肢は多すぎるとかえって社員に負担をかけるので、3つぐらいにしておくといいでしょう。
「業務時間内」に研修を受けられるようにする
社員の時間をコストとして認識させない最も簡単な方法は、業務時間内に研修を受ける時間をつくることです。
業務時間外に設定すると、社員はどうしても「自分の時間を奪われた」と認識してしまいます。業務時間内に研修を実施すれば、そういった認識を回避できます。
ただし、業務時間内に研修を実施した結果、通常業務が終わらない、残業になってしまう、ということになれば結果として同じです。業務整理や一部業務の移譲も適切に行なってください。
社員視点で「UI=研修の受けやすさ」を考える
研修の受講にともなうストレスを少しでも下げて、社員の意識を研修に向きやすくする工夫を考えましょう。
たとえば、通学の負担はないか、このUIで学習がしやすいか、研修時間は適切か、研修後のレポートやアサインメントは適切か……といったことを、自分自身が受けるつもりで考えるのです。
すでに研修を受講し終えた社員から、ストレスになった部分がなかったかどうかをヒアリングして、今後に役立てるのもよいですね。研修を外部委託している場合は、そのヒアリング結果を研修会社に伝え、研修の改善に役立てましょう。
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この記事では、社員がなぜ研修を続けられないのか、完了できないのかについて、「顧客」である社員に研修というサービスを「解約」させない方法というかたちでご紹介しました。
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宮下雄治(2024),『こうして顧客は去っていく サイレントカスタマーをつなぎとめるリテンションマーケティング』, 日本実業出版社.