同じ国の言語を使う人同士でも、なかなか意思疎通できなかったり、同じ言語を話せなくても心が通じ合えたりする場合があります。「愛に言葉はいらない」などといいますが、わたしたちが想像する以上に、「言語」は大きな役割を担っています。
脳生理学者・東京大学教授の酒井邦嘉氏いわく、「言語は人間の脳を育む」とのこと。言語の奥深さに注目し、脳に効く言語の活用法を探ります。
言語とは?
言語はなぜ生まれたのでしょう? それは人間特有の構造にありました。解剖学者で順天堂大学医学部教授の坂井建雄氏が著した『面白くて眠れなくなる人体』に教えてもらいます。
実のところ、食べ物を喉につまらせてしまうのは人間だけ。その理由は、他の哺乳類と違い、「気道」と「食道」が分かれていないからです。 人間の場合、喉の奥についている蓋が、開いたり閉まったりして、空気の通り道になったり、食べ物の通り道になったりしています。
そのせいで、ときおり食べ物を喉に詰まらせる、むせる、といった事態を引き起こしてしまうのですが、お陰で声を出すことが可能になりました。 声帯を振動させてつくられた音波を、口で共鳴することができるからです。これが、他の哺乳類であれば空気が鼻へと向かってしまい、言語らしい言語を発することができません。
そうして人間は、相互伝達の手段として「言語」を獲得しました。加えて、音と意味が結合して特定の言語を表す「文字」を獲得したのです。
言語の果たす役割とは?
では、気道と食道が立体構造になっていなかった人間が獲得した言語には、人間社会において、どんな役割があるのでしょう。文部科学省・教育課程部会の資料では、以下3つの側面から捉えることができるとあります。
- 思考(創造的・論理的)
- 印象を受け入れる能力と感情(感性・情緒)
- 他者とのコミュニケーション
言語には、発声や文字による一般的な言語=「外言語」という機能のほか、心の声=「内言語」の機能があります。内言語は、感じたこと、思考や概念をまとめて整理し、外言語は、それをアウトプットする際に使います。
もちろん、五感で物事をただ受け止めることもできます。しかし、もしも驚くほど美味しいものを食べたとき、わたしたちの頭の中ではこう内言語が響くのではないでしょうか。 「うわッ! 何これ、美味しい!」「〇〇〇ちゃんに教えたら喜びそう」
無意識のうちに、言葉で感情を表現し、まだ起こっていない未来を想像することにも役立てています。
つまり、「言語」は、論理的思考だけではなく、コミュニケーションだけでもなく、感情にも、想像にも寄り添っているのです。
そもそも、人間がここまで進化したのは、大勢で柔軟性をもって協働できるから。そして、それを可能にしているのが想像力だと、歴史学者で世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著者でもあるユヴァル・ノア・ハラリ氏は述べています。
そして、その想像力を鍛えてくれるのが、「活字」というわけです。
情報が少ないほど想像力が働く
酒井邦嘉教授は、言語のメカニズムをこう説明します。
文字を見る
↓
脳の視覚野に情報が入る
↓
音声の情報に変換
↓
膨大な記憶の中から単語や文法を検索
↓
その情報が言語野(音韻・単語・文法・読解)に送り込まれる
ここで、やっと文章として理解されるそうです。
言語には、映像・音声・文字といった、3つの受け取り方があります。音のニュアンス・イントネーションや、映像からの視覚情報がないので、文字だけの言語は、最も情報量が少ないといえます。
だからこそ、想像力で補う必要があるのだとか。酒井教授は、“自分の言葉で考える想像力”と説明しています。「これはどういうことだろう? 」「どう意味だろう? 」「こうではないだろうか」といった具合に、言語野がフル回転して理解に漕ぎつけるわけです。
PC、タブレット、スマートフォンでも本を読むことはできますが、紙に印刷された本を読む場合、重さや手触り、装丁、ページをめくった際の音、本の香り、読み進めた位置、気になった文字と紙との位置関係など、視覚的・触覚的・嗅覚的・聴覚的、そして空間的な情報を、無意識のうちに記憶しています。
こうした紙の本の特性が、大いに脳を刺激し、想像力を養うのはいうまでもありません。それに、2017年の研究では、読書にマインドフルネスと共通する心的資質が含まれていると示唆されています。
読書にマインドフルネスと同じ効果がある?
早稲田大学・文学学術院 准教授の宮田裕光氏は、2017年に日本生涯学習総合研究所の客員研究員として、マインドフルネス・瞑想に関する心理や生理機能の変化を、質問紙調査や自律神経計測を用いて調べたそうです。
そのなかで、瞑想の実践者ではない日本人を対象に、読書習慣と心理状態との関連も検討したとのこと。結果、マインドフルネスと共通する心的資質(自己観察・注意持続など)が読書に含まれており、それらが望ましい心理状態に役立つ可能性が示唆されたそうです。
マインドフルネスは、脳の背外側前頭前野の機能を活性化するのだとか。そのためか、マインドフルネス認知療法は、うつ病における心理状態を、望ましい方向へと導くことなどが報告されています。また、免疫力が向上し、記憶力もよくなるのだそう。
そのマインドフルネスと心的資質が共通しているならば、読書にも多大な効能があると期待できます。
アウトプットは会って話すほうがいい?
情報が少ないほど想像力が働くこと、紙に印刷された本を読むことが脳に効くことが分かりました。また、読書がいい心理状態に導いてくれる可能性があることも分かりました。
ところが、アウトプットする場合は、人と会って話すほうがいいのだそう。
なぜならば、メールで伝えるよりも、その場で相手の表情を確認しながら伝えるほうが、「どう感じているのか」「ちゃんと伝わっているのか」「さらにこう付け加えればより理解してもらえるのではないか」など、より想像力を働かせながら伝えようとするからです。
そうしたことから、酒井教授は次のように伝えています。
脳を創るためには、
「適度に少ない情報の入力」
「豊富な情報の出力」の両方が必要だと分かります。
要は十分な読書と会話を楽しむことであり、これこそ最も人間的な言語の使い方だと言えるのです。
(引用元:致知出版社|人間力・仕事力を高めるWEB chichi|脳は紙の本でこそ鍛えられる——言語脳科学で明らかになった読書の知られざる効能)
したがって、脳に効く言語の活用法とは、
- 紙に印刷された活字を読んで、周辺(重さ・手触り・装丁・紙の音・本の香り・空間など)の情報からも感覚を受け取り、【内言語】で想像力を働かせる
- 人と会って話をして、周辺(相手の表情・しぐさ)から感覚を受け取り、想像力を働かせて【外言語】を補い、伝達する
ということになります。
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「紙の本を読んで、対話する」という、ごく普通のことですが、昨今は失われつつある行動かもしれません。無意識のうちに役立てていた言語の存在を感じつつ、あらためて日々の中に多く組み込んでみてください。
(参考)
致知出版社|人間力・仕事力を高めるWEB chichi|脳は紙の本でこそ鍛えられる——言語脳科学で明らかになった読書の知られざる効能
宮田 裕光(2017),「マインドフルネスと情報処理過程の変容に関する研究」,一般財団法人日本生涯学習総合研究所,科学研究費助成事業,KAKENHI-PROJECT-26730077.
KAKEN|2016 年度 実績報告書 (KAKENHI-PROJECT-26730077)|マインドフルネスと情報処理過程の変容に関する研究
文部科学省|資料5 言語能力について(整理メモ)
nippon.com|脳科学の最前線を行く—飛躍的に進む瞑想研究
STUDY HACKER|“個人主義” は損だらけ。仲間を集めたほうが高パフォーマンスを発揮できる脳科学的理由。
コトバンク|言語とは
コトバンク|文字(もじ)とは
坂井建雄著(2012),『面白くて眠れなくなる人体』,PHP研究所.
【ライタープロフィール】
STUDY HACKER 編集部
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