幸せになりたいですか? そう聞かれて「No」と答える人はおそらくいないでしょう。では、どうすれば幸せになれるのでしょうか。そして、そもそも幸せとはどういう状態なのでしょうか。
著書『科学的に幸せになれる脳磨き』(サンマーク出版)で注目を集める、脳科学者の岩崎一郎(いわさき・いちろう)さんにお話を聞きました。岩崎さんは、むかしから広く知られる「一日一善」こそ幸せになるための鍵だと言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
世界で一番幸せな人は、チベット仏教のお坊さん
脳には自動車のアクセルとブレーキに相当する部分があります。前者が左前頭前野と呼ばれる部分、後者が右前頭前野です。そして、アメリカのウィスコンシン大学の研究グループが幸せな人の脳の状態を調べたところ、アクセルである左前頭前野の活性が高くなり、脳全体が活性化していることがわかりました。一方、落ち込んだりネガティブな感情になっていたりと不幸せな状態にある人の脳は、ブレーキである右前頭前野の活性が高くなると同時に脳全体がうまく活用されていない状態になっていたのです。
ちなみに脳のアクセルが活性化しているというのは、サクサク仕事がはかどる状態です。それに対して、脳のブレーキの活性が強くなっていると、気持ちがどんよりして、いつもの仕事でも時間がかかってしまう状態になります。
その研究のなかで、脳のアクセルの活性が一般の人と比べて極めて高い人、すなわちとても幸せな人が見つかりました。それがどんな人かというと、チベット仏教のお坊さんです。
幸せをどう定義するか、幸せを測る指標にもいろいろあるでしょう。「自分は幸せだ!」と理由もなく思っているような楽観的な人や、それこそ時にはずる賢く立ち回って自分の利益のために行動できるような人は、幸せを強く感じられそうですよね? ところが、脳の活性を見ると、なにを幸せに感じるかの違いを超えて、共通の脳の活動パターンというものが見つかってきたのです。
そして、この脳の活動パターンが最も強くなっている人というのが、チベット仏教の僧侶だったのです。でも、チベット仏教のお坊さんは、自分の利益のために行動するような人ではありません。それどころか、利己主義とはかけ離れ、利他主義を極めたセルフレスの人と言えます。
幸せを招き寄せるための秘訣は「一日一善」
そして、研究を進めるうちに、幸せな人は脳の「島皮質」と呼ばれる部分が発達しているという特徴も見えてきました。そうであるなら、みなさんも島皮質を発達させたいですよね。もちろん、一朝一夕でできるような簡単なことではありませんが、そのための方法はあります。
それは、先のお坊さんの話に通じることですが、利他的な行ないを続けること。いわゆる一日一善を続けることが、脳科学の研究からも島皮質を発達させることにつながることがわかっているのです。
ここで、スウェーデンのストックホルム大学が行なった研究を紹介しましょう。まず、一般の人たちに対して、「利己的な人と利他的な人のどちらが高年収だと思うか?」というアンケートをとりました。みなさんはどう思いますか? おそらく、多くの人が利己的な人だと思ったのではないでしょうか。
実際のアンケートでも結果はそうなりました。利己的な人と答えたのは68%、利他的な人と答えたのはわずか9%で、残りの人は「わからない」とか「どちらとも言えない」といった曖昧な答えでした。それこそ先の話ではありませんが、時にはずる賢く自分の利益のために行動できるような人こそたくさんのお金を稼ぎそうですよね。
でも、結果はまるで違いました。その研究グループでは、4,017人の人を対象に14年間の追跡調査を行なっています。そして、研究対象の人たちを、ボランティア活動を行なっている頻度や寄付をしている金額といった指標で利己的か利他的かに振り分けました。すると、追跡調査によってわかってきたのは、利他的な人の年収が利己的な人の年収の1.5倍にもなることだったのです。
利他的な人は、周囲の手助けや信頼を得て出世する
この結果は、意外に感じられるかもしれません。でも、よく考えてみると当たり前のことにも思えませんか?
利他的な人は、まわりの人たちに気を配ったり困った人がいたら助けたりと、それこそ一日一善どころか時にはいくつもよい行ないをすることができます。職場にそういうふうに振る舞える人がいたら、周囲の信頼を得ていくことになるでしょう。逆にその人が困っていたら、過去の恩返しをしようと周囲が助けてくれることもあります。その手助けによって、成果を挙げ続けることもできるはずです。
すると、いずれは組織のリーダーとして抜擢されることになる。もちろん、立場が上に上がれば収入も上がっていく。年収における利他的な人と利己的な人の大きな差はそうして生まれているというふうにストックホルム大学の研究グループは結論づけました。
もちろん、お金をたくさん稼げることが幸せだとは言いきれません。でも、そこに至るまでのプロセスに目を向けてみてください。利他的だからこそ周囲を助けることができる。そのために周囲の信頼や手助けを得られる。その結果、成果を挙げることができてリーダーに抜擢される。
そういったことを含めてトータルで考えてみれば、結果的にお金を稼げるようになったというだけであって、そこに至るプロセス自体に、ビジネスパーソンとして間違いなく幸せを感じられるはずです。
話を少し戻しますが、一日一善で脳を鍛えるときに気をつけてほしいことがふたつあります。ひとつは、できるだけ相手の気持ちになって「一善」を行なうということ。独りよがりでは「押し売り」になってしまいます。ふたつめが、少しずつ利他的な脳に進化させていくということです。脳は、ある意味、筋肉のようなもので、鍛えれば成長していきますが、使わなければ衰えていきます。普段運動をしていないのに、突然激しい運動をすると筋肉痛になって動けなくなるのと同じで、利他的な脳の使い方をあまりしていないという人は、ちょっとした利他の行動をするのも大変に感じます。少しずつ「利他脳」を鍛え、幸せな人生を築いていってくださればと思います。
【岩崎一郎さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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【プロフィール】
岩崎一郎(いわさき・いちろう)
1961年1月生まれ、神奈川県出身。脳科学者。医学博士。京都大学卒業、京都大学大学院修士課程修了後、米国ウィスコンシン大学大学院で医学博士号(Ph.D.)取得。旧通産省の主任研究官、米国ノースウェスタン大学医学部脳神経科学研究所の准教授を歴任。直接的に世の中のため、人のためになるような研究活動をしたいと志すようになり、日本に帰国後は脳科学を活用して一般的な知性の人たちが天才知性を超えるパフォーマンスを発揮できる組織づくりの企業研修を提供する会社である国際コミュニケーション・トレーニング株式会社を創業。現在までに200社以上で企業研修を実施。経営を脳科学で裏づけることの第一人者。主な著書に『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか?』、『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』、『はたらく女性のコンディショニング事典』、『はたらく人のコンディショニング事典』、『誰とでも仲良くなれる人の聞き方・話し方』(いずれもクロスメディア・パブリッシング)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。