目の前の仕事のためにも今後のキャリアのためにも勉強しないといけないことはわかっているのに、すぐにやる気を失ってしまう……。たとえ勉強熱心な人でも、そんな状態になってしまうこともあるでしょう。
では、どうすれば失ったやる気を再び取り戻すことができるのでしょうか。脳科学者の岩崎一郎(いわさき・いちろう)さんがすすめてくれたのは、自分の心を俯瞰し、「もう頑張れない」自分に自分自身で寄り添うことでした。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
脳はポジティブなエネルギーで底力を発揮する
なにか新しいことを始めたときにはものすごい勢いで取り組んでいたのに、気がついたらやる気を失ってしまっている……。そういう人は、そこに至るまでのあいだに自分自身に対して「やっぱり私はダメな人間だ……」というふうにたくさんのダメ出しをしてきていないでしょうか?
現代人は、ついついダメ出しをしたり悪いところを改善したりすること、つまりネガティブなエネルギーで自分や他人に関わることが、成長を促すことと思ってしまいます(そういう自分も以前はそうでした)。
ところが、脳の仕組みがわかってくるにつれ、それでは脳の力を十分に引き出せないことがわかってきたのです。
一番大切なポイントは、脳はポジティブなエネルギーで活性化するということです。「もう頑張れない……」となっている人の脳はポジティブなエネルギーが枯渇しているのです。
その点に関して、日本の社会では注意が必要です。というのも、自分にダメ出しをしてやる気を失ってしまっているような人に対しても「おまえ、そのままでいいと思っているのか!」といった言葉で叱咤激励するというふうに、ネガティブなエネルギーで成長サイクルを回させようとすることが多いからです。
もちろん、そういった言葉も、やる気に満ちていて心身が充実している人には有効でしょう。ですから、それぞれの心の状態によって、ポジティブなエネルギーを得るために必要な関わりは変わってきます。やる気を失ってしまっている人にはその心に寄り添うことが大切ですし、通常の状態にある人には「ありがとう」という言葉といった「感謝」がポジティブなエネルギーを生むことにつながります。
心が疲弊してしまっている人でも、ポジティブなエネルギーに満ちてくると、脳を進化させる「脳の成長サイクル」が動き始めるのです。そして、たくさん脳の成長サイクルを回せば回すほど、いつの間にか、誰よりも成長している状態になれるのです。
自分の心を俯瞰し、「安全基地」からポジティブなエネルギーを送る
ただ、ここまでお伝えしてきたのは、周囲の人の関わりです。では、勉強したいと思ってはいるのにやる気を失っているような人が「個人」でできることを考えてみましょう。
自分のことを俯瞰してみると、心のなかに、「勉強を頑張ろう!」という自分と「もう頑張れない……」という自分のふたりの人格がいることに気がつかれると思います。そして、やる気を失っている場合は、「もう頑張れない……」という自分のほうが大きくなっている状態と言えるでしょう。
ならば、「もう頑張れない……」という自分に対して寄り添える「心のよりどころ」があればいいのです。この「心のよりどころ」は、脳科学の視点からは「心の安全基地」と呼ばれます。わかりやすい例は以下のようなものです。
小さな子どもは、よちよち歩きで小さな冒険をします。そして、驚くことなどがあると、泣いてお母さんのもとに戻ります。お母さんに癒やされて元気になると、再び小さな冒険に出かけます。こうして、子どもは心を成長させていきます。このとき、子どもが「冒険者」、お母さんが「心の安全基地」となります。
大人にも、「心の安全基地」が必要なことがわかってきました。大人どうしの場合、冒険者と安全基地が固定されておらず、その時々に応じて入れ替わりますが、基本は同じです。このような安全基地が心にポジティブなエネルギーを注いでくれて、次の冒険への活力を起こすのです。
「もう頑張れない……」という心の状態のときは、このような「心の安全基地」からのポジティブなエネルギーが必要です。もちろん、自分の安全基地になってくれる人が近くにいる場合は、その人との関係で心が癒やされるはずです。
そうではなく、「いまはひとりで頑張らないと!」という方には、次のようなことをおすすめします。先にお伝えした例のように、「頑張ろう!」という自分が「もう頑張れない……」という自分に寄り添い、「安全基地」としてポジティブなエネルギーを送ってあげる。たとえば、「頑張ることも大事だけど、休むことも大事だよね」「きっといまはちょっと休む時期なのかもしれないね」といった具合です。この「寄り添う」過程を経て、やる気を失う元凶でもある自分に対するダメ出しも減っていき、再び脳の成長サイクルを回すべく立ち上がることができるようになるのです。
どん底からはい上がってきた人の体験談が力を与えてくれる
「寄り添う」過程を経て、枯渇したエネルギーが少しずつ充填されてくると、ほんの少しかもしれませんが、気持ちが前向きになってきます。そのようなときに、おすすめしたいのが、どん底からはい上がってきた人の感動ストーリーに触れることです。
たとえば、最近では、水泳の池江璃花子選手がまさにそういう人でしょう。あるドキュメンタリー番組によれば、白血病が判明した当初は「なんで自分がこんな目に遭わなければならないんだろう……」と思われたそうです。以前の池江さんは、「速く泳ぐこと、記録をつくることが大事」と思っていたとのことなのですが、「白血病も私の人生なんだ」と前向きに病に向き合えるようになったそう。「楽しむこと」や「前に進もうとする努力が大事」と思えるようになり、いまを全力で「楽しむ」という姿が、そのドキュメンタリーには記されていました。
書物やドキュメンタリー番組のような多くのメディアから、ご自分の心を震わせる体験談やお話に触れて、一緒に疑似体験することで、心のなかのポジティブなエネルギーをさらに起こしていけるはずです。そのときは、「すべき」「完璧」「ねばならない」から自分を解放してあげてください。心が安らぎ、癒やされると、自然体でありつつ、ポジティブなエネルギーが高まってくる。そして、再び、「挑戦しよう!」という気持ちになれるはずです。
最後にお伝えしたいのは、第2回の記事でお伝えした「普遍的感謝」も含めて、このようなプロセスは脳科学で解明が進んできていて、決してスピリチュアルな世界のことではないということです(『人といい関係を築けなければ、幸せも成功も得られない。心をひとつにできる最高の人間関係の築き方』参照)。ぜひ、ご自分をねぎらってあげてください。
【岩崎一郎さん ほかのインタビュー記事はこちら】
幸せな人は脳全体が活性化している。仕事がはかどる最高の脳状態は「あの行動」で手に入れよ
人といい関係を築けなければ、幸せも成功も得られない。心をひとつにできる最高の人間関係の築き方
【プロフィール】
岩崎一郎(いわさき・いちろう)
1961年1月生まれ、神奈川県出身。脳科学者。医学博士。京都大学卒業、京都大学大学院修士課程修了後、米国ウィスコンシン大学大学院で医学博士号(Ph.D.)取得。旧通産省の主任研究官、米国ノースウェスタン大学医学部脳神経科学研究所の准教授を歴任。直接的に世の中のため、人のためになるような研究活動をしたいと志すようになり、日本に帰国後は脳科学を活用して一般的な知性の人たちが天才知性を超えるパフォーマンスを発揮できる組織づくりの企業研修を提供する会社である国際コミュニケーション・トレーニング株式会社を創業。現在までに200社以上で企業研修を実施。経営を脳科学で裏づけることの第一人者。主な著書に『なぜ稲盛和夫の経営哲学は、人を動かすのか?』、『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』、『はたらく女性のコンディショニング事典』、『はたらく人のコンディショニング事典』、『誰とでも仲良くなれる人の聞き方・話し方』(いずれもクロスメディア・パブリッシング)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。