
「記憶力を高めるには繰り返し学習が大切」というのは、多くの人が疑うことなく信じている常識かもしれません。しかし、あなたは試験や仕事の大事な場面で「覚えたはずなのに、思い出せない……」と苦い経験をしたことがありませんか?
じつは、脳の特性を活かした “ある行動” を取り入れるだけで、記憶の定着をいまよりも強固にすることができるのです。この意外な方法を知れば、学習効率は劇的にアップし、試験や仕事でも確実に結果を出せるようになります。科学的根拠に基づいた、新しい記憶術をご紹介します。
記憶のカギは「繰り返し」じゃない?
繰り返し学習の落とし穴
私たちは小学校の頃から、何度も漢字を書き写し、英単語を何度も読んで覚えてきました。社会人になってからも、暗記したい内容を手帳に書き写したり、資料を繰り返し読んだりするなど、「繰り返し学習」はある意味 “当たり前” の学習方法として根づいています。
しかし、その一方で「試験本番や大事なプレゼンで思い出せなかった」「覚えたはずのことを、いざというときに頭から引き出せなかった」という体験を持つ人は少なくありません。なぜ、繰り返し学習をしているのに、いざという場面で思い出せないのでしょうか。
脳のメカニズムを理解してみると……
脳は受動的に情報を受け取るだけでは、それを「大切な情報だ」と判断しにくい特性を持っています。言い換えれば、ただ教科書を眺めたり、ノートに書き写したりするだけでは、その情報が脳内で短期的にしか扱われず、長期記憶に移りづらいということです。
特に、単に読むだけ・聞くだけ・写すだけの学習では、脳が「この情報は何度も見るけれど、本当に必要なのか?」と迷ってしまいがち。結果として、「一時的には覚えた気がするが、時間が経つとスッと抜けてしまう」という事態に陥ります。
記憶を強化する「〇〇」の正体
では、どうすれば記憶を確実に長期保存させ、必要なときに素早く引き出せるようになるのでしょうか。その答えが「思い出す行動」です。実際には「テスト効果」「想起練習(リトリーバル・プラクティス)」などとも呼ばれ、近年の学習科学の分野で繰り返し有効性が確認されています。
情報を頭に “入れる” だけではなく、自分の力で “引き出す” 練習をすると、脳は「繰り返し思い出さなければならない=重要度が高い」と判断してくれます。このプロセスこそが、長期記憶の定着には欠かせないのです。

“思い出し” が記憶を強化するのはなぜか
テスト効果(Retrieval Practice Effect)とは?
思い出す行動が記憶を強化するメカニズムは、心理学で「テスト効果」と呼ばれています。これは、「テストを受ける(自分で回答を思い出そうとする)ことで、学習内容の定着率が高まる」というもの。
たとえば、ある研究(Karpicke & Roediger, 2008)では、単に文章を繰り返し読んだグループと、読んだ後に小テストを受けたグループで、その後の記憶保持率を比較しました。
その結果、読んだだけのグループよりも、テストを受けたグループのほうが成績が高かったのです。これは「自分で思い出す行為」を行なうほど、脳内で情報が “使われる” 体験をすることになり、記憶が固定化されやすくなるからだと考えられています。
“思い出し” が脳に与える3つの効果
思い出す練習を重ねるほど、脳の中の記憶の通り道が太くなります。細い山道が、たくさんの人が通ることで広い道路になっていくようなもの。そうすると、必要な情報を素早く、正確に思い出せるようになります。
何度も思い出そうとすることで、脳はその情報を「よく使うから重要」と判断します。たとえば、ある英単語を何度も使おうとすれば、脳は「この単語は大切だ」と認識。そうすると、その情報は自然と記憶に残りやすくなります。
何かを思い出そうとすると、それに関連するほかの記憶も一緒によみがえってきます。たとえば、英単語を思い出そうとすると、その単語を使った会話や、似た意味の単語なども一緒に思い出されます。このような “つながり” が増えるほど、ひとつの記憶から関連する情報をスムーズに思い出せるようになります。
身近な例として英単語学習を挙げましょう。単語ノートにひたすら書き写したり、同じ単語リストを何度も眺めたりする学習が一般的だと思います。しかし、試験本番になると「あれ、思い出せない……」といった経験はありませんか?
単語帳や学習アプリを使いながら、答えをいったん隠した状態で「これ何だっけ?」と意識して思い出す練習を取り入れたらどうでしょう。最初は時間がかかるかもしれませんが、繰り返すうちに「この単語見たことあるぞ」という感覚が脳に染みつき、次第にすばやく正確に思い出せるようになっていくはずです。
“思い出し” は毎日できる!
赤シート学習法
もっとも手軽に「思い出す行動」を取り入れる方法として、昔からおなじみの「赤シート」があります。重要なキーワードや答えを赤字で記入しておき、シートで隠しながら自力で思い出す。すでに多くの方が学生時代に経験しているかもしれませんが、この方法こそまさに「テスト効果」を活かした学習法です。
- ポイント
- 単に赤字を隠して「答えを確認する」だけでなく、少し考える時間を意図的にとることが大切。焦らず、数秒〜数十秒考えてみましょう。
- わからなかったら、すぐに答えを見てもOK。その後、何日か経ってからまた同じ問題を解くようにすれば、思い出す行為がさらに強化されます。
「間違えた問題だけ見直せばいい」というのは、一見効率的に思えます。実際、多くの人がそうしているのではないでしょうか。
しかし、それは思い出す練習の効果を半減させかねません。なぜなら、間違えた問題だけを続けて復習すると、問題と問題の間隔が短くなりすぎてしまうからです。正解した問題も含めて復習することで、間違えた問題と出会う間隔が自然と広がり、より効果的な「思い出す」プロセスが実現できます。
復習時間は限られています。だからこそ、「効率的に」と考えて正解を飛ばしてしまいがちですが、それは逆効果かもしれません。正解・不正解にかかわらず、全体を通して復習することをおすすめします。

アプリを使った効率的な復習
最近はスマートフォンやタブレットで学習を進める人が増えています。英語学習アプリや問題集アプリなど、「カード形式」でクイズを出題してくれるものも多数存在します。
- メリット
- 自動スケジューリング
アプリによっては、忘却曲線に基づいた復習タイミングを自動で提示してくれる機能もあります。最適なタイミングで問題を再提示してくれるので、何をいつ復習すればいいか迷う手間が省けます。 - スキマ時間に取り組める
通勤・通学中、昼休憩など、スマホさえあればいつでもサッと学習を開始できるのは大きな利点。日常生活のなかで「思い出す行動」を手軽に挟めます。 - 間違いだけでなく正解も表示
多くのアプリでは、過去に正解した問題でも定期的に出題してくれる機能があります。これにより、全範囲を網羅的に復習でき、理解の抜け漏れを防止できます。
- 自動スケジューリング
思い出す行動を効果的に使うコツ
- 全体を通して復習しよう 間違えた問題だけを復習するのはNG。正解した問題も含めて全体を見直すことで、記憶が定着しやすくなります。じつは、正解した問題を間に挟むことで、思い出すタイミングが自然とベストな間隔になるんです。
- 少しずつ続けるのがコツ 「1日30分」など、小さな目標から始めましょう。一気にたくさんやるより、コツコツ続けるほうが効果的です。貯金と同じで、少額でも続けることが大切なんです。
- 間違えても気にしない 「せっかく勉強したのに……」と落ち込まないでください。じつは、間違えることも学習の一部。むしろ「次はここを間違えないぞ!」という気持ちが、記憶を強くしてくれます。
- 暗記だけじゃない、理解も深まる この方法は単語や年号の暗記だけでなく、理論やフレームワークの学習にも使えます。要点を思い出そうとする過程で、理解も自然と深まっていきます。
新しい記憶術を始めよう
従来の「繰り返し読む・書く・聞く」といった学習法だけでは、私たちの脳は「この情報は本当に必要なの?」と判断しかねる場合が多いもの。しかし、そこに「思い出す行動」を加えるだけで、脳は情報を“何度も使われる重要データ”として扱ってくれるようになります。
赤シートで隠してテストする、学習アプリでクイズ形式に取り組む――手段はどれでも構いません。大切なのは、「自分で引き出す」プロセスを習慣的に積み重ねることです。
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「覚えたはずなのに思い出せない」「試験本番で緊張すると頭が真っ白に」――そんな悩みから、この記憶術は私たちを解放してくれます。今日から、脳の特性を活かした新しい学習法を始めましょう。
大谷佳乃
「なぜ?」という疑問を大切に、日常に潜む人とモノとの関係性を独自の視点で読み解くライター。現在は、私たちが何かを選ぶときに働く「見えない力」に注目し、そのメカニズムを探求中。休日は、古書店で先人たちの知恵に触れるのが、自分にとっての「特別な時間」。