「毎日使っている階段の段数を覚えていますか?」
意外と難しいかもしれませんね。通勤中にいつも使っている階段。オフィス内の階段。自宅にある階段。毎日使っているはずなのに、記憶できていないのではないでしょうか?
それはもしかしたら、あなたに「観察力」が欠けているからかもしれません。観察力の欠如は、仕事力の低さにもつながりかねない重大な問題。ビジネスパーソンにとって大切な観察力の高め方について、説明していきましょう。
「観察力」とはなにか
仕事をしていて、「いいところに気がつくなぁ」と思う先輩がいたり、あとから「別の方法があったなぁ」と気づいたりすることはないですか? そんなあなたには、観察力が欠けている可能性があります。
心理学博士で作家のマリア・コニコヴァ氏は、アーサー・コナン・ドイルによる有名な推理小説の主人公、名探偵シャーロック・ホームズの思考術を最新の心理学で解き明かした著書の中で、次のようなことを述べています。「ホームズはその観察力の高さによって、名推理ができた。私たちもホームズの観察力を真似することで、彼と同じ注意力や記憶力、分析力、想像力などを得ることができる」と。
コニコヴァ氏によれば、観察力とは、日常生活にある全ての物事を順序立てて見ることができる能力のこと。
コニコヴァ氏が言うには、観察力が足りない人(いわゆる普通の人)は、バイアス(先入観)によって、自分が見ている世界を無意識に狭めているのだそう。しかも、そのことに気づいておらず、自分の思考の枠の中でしか物事を見ることができません。
一方、観察力がある人は、「バイアスがある」ということを理解しているので、よく気をつけないと見えない部分までをも注意して見ることができるのだそうです。その結果、観察力のある人は、観察力が足りない人に比べて、身の回りのことから多くのことを学べるのだと言います。
コニコヴァ氏いわく、ホームズはその高い観察力と、植物学や武術のほか19世紀に起きた凶悪事件などについて学んで得た豊富な知識とを組み合わせることで、類稀なる推理力を発揮したのだとか。
ちなみに、私たちは物を見さえすれば観察できるわけではありません。この記事の冒頭で、「毎日使っている階段の段数を覚えていますか?」と尋ねましたね。毎日見て、なおかつ使っている階段の段数を覚えていないことからも、このことは明らかです。「見る」と「観察する」の違いについてホームズは、シリーズ最初の短編作品『ボヘミアの醜聞』の中で、この階段の話を用いながら、相棒のワトスンにこう説明したそうです。
きみの場合は、見るだけで観察しないんだ。見るのと観察するのとでは、まるっきりちがう。
(引用元:マリア・コニコヴァ著,日暮雅通訳(2014),『シャーロック・ホームズの思考術』,早川書房.)
ビジネスパーソンにとって重要な「観察力」
観察力は、なにも探偵だけが必要とするものではありません。ビジネスパーソンにとっても、観察力を磨くのはとても大切なこと。ホームズのような観察力があれば、ほかのビジネスパーソンが見落としてしまうような情報を拾い上げて、自分の成果に結びつけることができるはずです。その情報と、すでに持っている経験や知識とを組み合わせて分析すれば、周囲をあっと言わせるような意見を言うこともできるでしょう。
たとえば、営業パーソンにとって、高い観察力を持っていることはとても有利に働きます。ライフサイエンス企業へのソリューション提供を行なうAKTANA International LLCのプリンシパルコンサルタント、高橋洋明氏によれば、結果を出し続ける営業パーソンには鋭い「観察眼」があるのだそう。
彼らは、顧客が今何に困っていてどんな解決策を求めているのかを常に考え続け、的確に探り当てるのだとか。そのために、たとえば次のようにして顧客を徹底的に観察するのだと言います。
例えば彼らは、「顧客が多忙すぎるようで、最近は顔色も悪くなってきている。なぜそんなに忙しいのか?それを解決したら、顧客に喜ばれるのではないか?」といったことにまで気を配っていた。彼らの観察眼は非常に鋭く、顧客の表情や仕事ぶり、業績などに常に敏感で、自ら情報収集に余念がなかった。彼らにとっては、顧客の受付の雰囲気ひとつや、会議室に通されるまでにすれ違う顧客の社員の雰囲気、顧客の表情や体調など、さまざまな風景が貴重な情報源なのである。
(引用元:ダイヤモンド・オンライン|結果を出し続けられない営業マンは「観察眼」が鈍い)
一方、観察眼が鈍い営業パーソンは、顧客から得る情報自体が少ないのだそう。たとえば、顧客訪問時、相手の顔を見ても何も思わなかったり、訪問先に貼り出されているポスターが変わったことに気づかなかったりします。そのため、顧客の様子の変化から何も読み取れず、相手のニーズを的確につかむことができないのです。それでは当然、成果を出すこともできません。先ほどのホームズの言葉を借りれば、「見てはいても、観察まではできていない」ということなのでしょう。
観察力が高いビジネスパーソンほど、成功を引き寄せやすいということがおわかりいただけたことでしょう。だからこそ、私たちは観察力を磨く必要があるのです。
「観察力」を鍛える方法
ではここで、あなたの観察力を試してみましょう。こちらのテストに挑戦してみてください。
図の9つの点の全てを通過する線を一筆書きで描いてください。ただし線は直線でなければならず、曲がっていいのは3回だけです。つまり、4本のつながった直線で、9つの点をつないでください。
このテストは、『行動意思決定論―バイアスの罠』(マックス・H. ベイザーマン、ドン・A. ムーア著)で紹介されているものです。みなさんは一筆書きできたでしょうか? 答えはこの記事の最後に描いておきます。
ここからは、一筆書きができなかった「観察力の足りない人」に向け、観察力の磨き方をご紹介します。
■1. 「気づきを得よう」とするマインドセット
朝日広告社のプランニングディレクター羽田康祐氏によると、観察力の強さによって、ある状況から「気づくこと」や「気づきを得る量」は大きく変わるそうです。仮に同じ情報を見たとしても、観察力があるかどうかで、受け取ることができる情報の量も内容も変わってしまう。その積み重ねが、人としての知識や思考能力の差になって現れるのです。
羽田氏いわく、観察力を高めるには、身の回りにある全ての物事から貪欲に気づきを得ようとするマインドセットが重要なのだそう。
電車の中吊り広告や街行く人のファッション、仕事での会話の中には、面白い気づきにつながる情報がひそんでいる。
そんな貴重な瞬間が1日に何十回と訪れているが、それに気づくかどうか、それをものにできるかどうかはあなたのマインドセット次第だ。
(引用元:Mission Driven Brand|観察力とは|観察力の重要性と観察眼を鍛える全手順|図解解説)
私たちは日常生活の中で、さまざまな情報にさらされています。観察力のない人の場合は、それらの情報を聞き流したり、見ても気にしなかったりするだけ。一方、どんな些細な情報からでも「気づきを得よう」というマインドセットを持っていれば、人が気づけないようなことにも気づくことができるでしょう。この姿勢が、観察力を高めるための大前提となります。
■2. 「知る→観察→想像→推理→学習」の5ステップを回す
マインドセットができたら、次はコニコヴァ氏が勧める下記の5ステップを繰り返しましょう。
- 自分を知る:
自分に思い込みがないかを確認する。 - 観察する:
解決したい課題について、綿密に調べ、客観的事実(データなど)を集める。 - 想像する:
さまざまな仮説を立てる。 - 推理する:
2で集めた情報を踏まえ、3で立てた仮説をひとつひとつ潰しながら、最後に残るのはどれなのか考える。 - 学習する:
失敗の経験やほかの人の見解から、次につながる改善策を学ぶ。
たとえば、「自社サイトの抜本的なリニューアル案を、チームで話し合う」場面を想定し、この5ステップを実践してみるとしたら、次のような具合になります。
- 自分を知る:
「本当に“抜本的に”リニューアルしないといけないか?」「残すべき良い点もあるのではないか?」など、チーム内で確かめ合う。 - 観察する:
自社サイトが抱える課題(例:表示は遅くないか、サービス紹介への導線が分かりやすいか、など)を、分析ツールでデータを集めたり、競合サイトを調査したりして、調べる。 - 想像する:
リニューアル案(a案、b案、c案……)をいくつも出す。 - 推理する:
「a案では、○○という課題はクリアできるか?」「b案では、××の課題はクリアできるか?」「c案では?」などと検討して、誰もが納得できる最終的な案を導き出す。 - 学習する:
実際にリニューアルしてみて、どのような結果になったかを踏まえ、さらに改善すべきところがないか検討する。
この5ステップを日々の仕事に当てはめて、ぜひ実践してみてください。きっと観察力が磨かれ、これまでには考えつかなかった様々な可能性を探ることができるようになるはずです。
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ホームズは推理の際、精神的に少し距離を置いて、推理を始めます。先ほどの一筆書きの問題も、9個の点から少し離れてみると答えがわかったかもしれません。
これは行動経済学で「意識の外にあるものを見ることは難しい」ということを示す問題であり、聡明な人ほど解くのに失敗するそうです。
「自分はなぜそれに気づかなかったんだろう?」「これが解ける人はすごいなあ」と思った人は、ぜひ観察力を高めましょう。
(参考)
マリア・コニコヴァ著, 日暮雅通訳(2014),『シャーロック・ホームズの思考術』, 早川書房.
Wikipedia|Maria Konnikova
Wikipedia|シャーロック・ホームズ
Wikipedia|ボヘミアの醜聞
Wikipedia|アーサー・コナン・ドイル
ダイヤモンド・オンライン|結果を出し続けられない営業マンは「観察眼」が鈍い
マックス・H. ベイザーマン著, ドン・A. ムーア著, 長瀬勝彦訳(2011),『行動意思決定論―バイアスの罠』, 白桃書房.
Mission Driven Brand|観察力とは|観察力の重要性と観察眼を鍛える全手順|図解解説
【ライタープロフィール】
渡部泰弘
大阪桐蔭高校出身。テンプル大学で経済学を専攻。外出時は常にPodcastとradikoを愛用するヘビーリスナー。