オリンピックや国際的な大会で日本人が活躍したと聞き、自分のことのように嬉しく感じた経験はありませんか? あなた自身はそう思っていなくても、「どうしてみんな、そんなに喜んでいるんだろう」と不思議に感じたことはありませんか?
それは、心理学の「黒い羊効果」で説明がつきます。「身内」とみなす人を特別にほめたたえたり、反対に身内だからこそけなしたりしたくなる現象です。
黒い羊効果がネガティブに働くと、職場などの人間関係で、誰かひとりが「排除」されてしまうことにもなりかねません。「排除する側」にも「排除される側」にもならないよう、この記事を読み、黒い羊効果への理解を深めてみてください。
黒い羊効果とは
心理学の「黒い羊効果(black sheep effect)」とは、好ましい身内は好ましくない他人より高く評価され、好ましくない身内は好ましくない他人より低く評価される現象です。黒い羊は、英語で「家族の恥さらし」を意味します。
「羊」と聞くと、多くの人は白い羊をイメージするはず。白い羊のなかに、1匹だけ黒い羊がいたら、かなり目立ちますよね。
このイメージが強いからか、日本において黒い羊効果は、「集団において一人を異質な存在として排除すること」として理解されることも多いようです。
「黒い羊効果」とは、もともと、心理学の用語です。東京女子体育大学で教育心理学などを教える大石千歳氏らの論文「内外集団の比較の文脈が黒い羊効果に及ぼす影響ー社会的アイデンティティ理論の観点からー」(2001年)において、「黒い羊効果」は以下のように説明されています。
内集団の好ましい成員が、同じ程度に好ましい外集団成員よりも高く評価され、内集団の好ましくない成員が、同じ程度に好ましくない外集団成員よりも低く評価されるという現象
(引用元:大石千歳, 吉田富二雄 (2001), 「内外集団の比較の文脈が黒い羊効果に及ぼす影響ー社会的アイデンティティ理論の観点からー」, 心理学研究 71(6), pp. 445-453.)
上記の説明は、社会心理学者のホセ・マルケス教授(ポルト大学)らの論文「黒い羊効果:集団アイデンティティ形成機能としての、内集団成員の評価という非常手段」(1988年)にもとづくもの。マルケス教授らは、ベルギーの学生184人に対し、「親切である」「悲観的である」などの特徴で表された人物像を提示し、7段階で評価するよう求めました。提示された人物像は、以下の6パターンです。
- ベルギーの学生
- 北アフリカの学生
- 好ましくないベルギーの学生
- 好ましくない北アフリカの学生
- 好ましいベルギーの学生
- 好ましい北アフリカの学生
集計の結果、「好ましいベルギーの学生」は「好ましい北アフリカの学生」より高く評価され、「好ましくないベルギーの学生」は「好ましくない北アフリカの学生」より低く評価されていました。自分と同じグループに所属していると考えている人を、好ましい特徴を持つ場合はより高く評価し、好ましくない特徴を持つ場合はより低く評価していたのです。
「黒い羊効果」が生まれる理由
「黒い羊効果」は、なぜ発生するのでしょうか?
普通に考えれば、自分と同じ集団のメンバーなら、欠点や問題があったとしても、「仲間なんだから」と大目に見てくれそうですよね。いわゆる「内集団ひいき」です。しかし、「黒い羊効果」によって、能力が低いとみなされたメンバーは、能力の低い赤の他人よりも厳しく評価されてしまうのです。
「黒い羊効果」が発生する理由は、私たちのアイデンティティと関係しています。たとえば、人の名前や顔を覚えるとき、「〇〇商事の××さん」や、「△△大学の□□さん」のように、所属しているグループと関連づけようとしますよね。私たち人間は、自分や他人を認識するとき、「どの集団に属しているか」を意識するものです。
そして、私たちのアイデンティティは、所属するグループとひもづいています。たとえば、日本人のスポーツ選手や音楽家がオリンピックや国際コンクールで優勝したら、全く知らない人でも、自分のことのように嬉しく感じることがあるはず。
この現象は、自分のアイデンティティが「日本」あるいは「日本人」という集団に関係しているために起こります。つまり、「日本人」という集団の価値が高まったように感じ、その集団に属する自身の価値も高まったような気になるのです。
自分のアイデンティティを所属集団とひもづけることは、もっと小さなグループでも起こります。たとえば、会社で「仕事をこなすのが速い」と評判のチームに所属しているとします。そこに、仕事に不慣れな新入社員が配属されたとしたら?
おそらく、新入社員の指導・サポートのため、仕事の速度は一時的に下がるでしょう。それは当然のことです。
しかし、「仕事をこなすのが速い集団だ」という評判に傷がつき、その集団に属する自分の価値も下がったように感じる人が出てくるかもしれません。そこで、集団の価値、ひいては自分の価値を維持するため、「仕事をこなすのが速い」という特徴をまだ持っていない新入社員を、自分と同じ集団のメンバーとみなすことに抵抗が生じ、非常に低い評価を下したくなるのです。
新入社員を「黒い羊」とみなし、不当に低く評価する人は、最初は一人だけかもしれません。しかし、その言動に影響され、「そういうものなのかな」と考え、「黒い羊」を心理的に排除しようとする人が増えたとしたら? いつしか、「黒い羊」に好意的な人は少数派となり、多数派への同調圧力が生じて、「黒い羊を仲間外れにしよう」という集団心理に至るかもしれません。
これが、「黒い羊効果」の発生する理由です。
「黒い羊効果」が生まれやすい環境
「黒い羊効果」は、集団の価値を高く保とうという気持ちから発生するため、グループへの帰属意識が強い人たちが集まった場合に起きやすいといえます。たとえば、職業に対する誇りや、出身地への愛着が特に強い集団です。
社会心理学を専門とする唐沢穣教授(名古屋大学)は、学校への帰属意識を測る手段として、以下をはじめとする質問を挙げました。「学校」を「仕事」や「地域」に置き換えることで応用できます。
- あなたは「典型的なこの学校の生徒」ですか?
- どれくらいの頻度で、自己紹介の際に「この学校の生徒です」と言いますか?
- この学校への愛着をどれくらい感じていますか?
- 本当に大切な友人は、学校内と学校内のどちらに多くいますか?
あなたや、あなたの周りの人たちは、どれくらい帰属意識を感じているでしょうか? 帰属意識が非常に強い場合、あなたが今いる集団では、「黒い羊効果」が発生しやすいかもしれません。
「黒い羊効果」から逃れるには
実際に「黒い羊効果」が発生し、自分が「黒い羊」になってしまったら、どうすればよいのでしょうか?
『「人たらし」のブラック心理術』(大和書房、2005年)などの著書で知られる心理学者の内藤誼人氏によると、残念ながら、「黒い羊」になってしまった場合、そのポジションから抜け出すのは困難なのだそう。内藤氏が提示する解決法は2つです。
1つ目は、「これ以上立場が悪くなることはない」と割り切って、仕事にまい進する方法。「黒い羊」となるのは、「集団の価値を落とす」とみなされてしまった存在です。そのため、仕事で成果を挙げて周囲から認められれば、「黒い羊」から抜け出せるでしょう。
2つ目は、転職する方法。次の職場で「黒い羊」にならないよう、知人のいる職場を選ぶべきとのこと。知人がいれば、「完全なよそ者」にはならないため、「黒い羊」として扱われにくいのです。
とはいえ、転職は最後の手段にしたいですね。「黒い羊」から脱却するより、そもそも「黒い羊効果」を発生させないようにするほうが簡単そうです。
「黒い羊効果」を生まないために
「黒い羊効果」が生まれないようにするには、どうすればよいのでしょうか。
2018年、パーソルキャリア株式会社の求人情報サイト「doda」が、20~40代のビジネスパーソン550人を対象に行なったインターネット調査によって、「転職経験者が職場に溶け込むために実施したこと」の共通点が5つわかったそうです。自身が「黒い羊」にならないため、実行してみてはいかがでしょう。
1. コミュニケーションを大切にする
「黒い羊」にならないためには、ほかの「羊」たちから仲間とみなしてもらう必要があります。信頼関係を築くには、まず相手のことを知り、相手に自分のことを知ってもらわなくてはなりません。
互いに理解し合うには、最低限のコミュニケーションを確保しましょう。同僚や上司の顔・名前をきちんと覚えたり、挨拶をしたりといったことは基本です。そして、機会があれば積極的に会話しましょう。
2. わからないことは積極的に質問する
初めての職場では、わからないことが多いのは当たり前。コミュニケーションの機会だととらえ、周りの人に積極的に質問しましょう。もちろん、同じことを何度も聞かないよう、教わったことについてはメモを取っておいてください。
3. 職場のルールを覚える
全ての職場には、明文化されている決まりも暗黙の了解も含め、その職場なりのルールがあります。まずは職場のルールを覚え、それに合わせて行動しましょう。
ルールに納得できなかったとしても、いきなり反発すると、以前からその職場にいるほかの「羊」から仲間とみなしてもらうのは難しいでしょう。まずは、職場になじみ、仲間として認めてもらったあとで、改善を提案するのが得策です。
4. 人間関係を把握する
ほかの「羊」に仲間として受け入れられるには、職場の人間関係を理解する必要があります。同僚や上司はどのような人々で、どのようにコミュニケーションを取っているのか、まずは観察しましょう。業務の中心人物は誰なのか、困ったときは誰に相談すればいいのかを把握すれば、仕事がスムーズに進みます。
5. 無理をしない
早く成果を挙げて認められたい、と思うかもしれませんが、不慣れな職場で無理は禁物。その職場でのペースがつかめないうちに業務を抱え込みすぎると、忙しくてイライラしてしまったり、急いだためにミスを生んでしまったりして、成果を挙げるどころではありません。まずは、与えられた仕事をひとつひとつ丁寧にこなし、周囲からの信頼を勝ち取りましょう。
上記の5つは、当たり前のように思えるかもしれませんが、職場の一員として溶け込むには必要なことです。「黒い羊効果」が心配な人は、意識して実践してみてください。
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「黒い羊効果」は人を苦しめるよくない心理傾向です。誰もが「黒い羊」を作り出す可能性があるということを意識し、「黒い羊効果」によって孤立してしまう人を少なくできるとよいですね。
(参考)
Cambridge Dictionary|black sheep
大石千歳, 吉田富二雄 (1998), 「黒い羊効果(black sheep effect)一社会的アイデンティティヘの脅威となる内集団成員への差別現象ー」, 筑波大学心理学研究 20, pp. 163-171.
大石千歳, 吉田富二雄 (2001), 「内外集団の比較の文脈が黒い羊効果に及ぼす影響ー社会的アイデンティティ理論の観点からー」, 心理学研究 71(6), pp. 445-453.
Karasawa, Minoru (1991), "Toward an assessment of social identity: The structure of group identification and its effects on in-group evaluations," British Journal of Social Psychology, Vol. 30, No. 4, pp. 293-307.
Marques, José, Vincent Yzerbyt, and Jacques-Philippe Leyens (1988), "The 'Black Sheep Effect': Extremity of Judgments towards Ingroup Members as a Function of Group Identification," European Journal of Social Psychology, Vol. 18, pp. 1-16.
doda|転職1カ月、「職場に溶け込む」ためにしたい5つのこと
コトバンク|同調圧力
コトバンク|集団心理
【ライタープロフィール】
村瀬裕一
早稲田大学大学院先進理工学研究科所属。松本深志高校出身。日々、細胞の微小管について研究をしている。趣味はゲーム・カメラ・旅行など。