周囲と信頼関係を構築するにも、効率的に業務を遂行するにも、ビジネスパーソンにとってコミュニケーション能力が重要であるのは疑いようのない事実です。しかし、コミュニケーション能力とひとことで言ってもその中身は多岐にわたり、「話し方」もそのひとつと言えるでしょう。ここでは、元NHKキャスターで、現在は国立大学准教授として、またエグゼクティブを対象としたスピーチコンサルタントとして活躍する矢野香さんに、「リーダーの話し方」のポイントを解説してもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/塚原孝顕
【プロフィール】
矢野香(やの・かおり)
国立大学法人長崎大学准教授。スピーチコンサルタント。専門は、心理学・コミュニケーション論。NHKでのキャスター歴17年。主にニュース報道番組を担当。NHK在局中からスピーチ研究に取り組み、博士号取得。大学教員として研究を続けながら、「信頼を勝ち取る正統派スピーチ」を伝授。クライアントには、大手上場企業役員、経営者、政治家などエグゼクティブクラスのリーダーが名を連ねる。記者会見や株主総会、政治家の演説、有識者・著者の講演やメディア出演など、「ここぞ」という失敗できない場面を成功に導く実践的な指導に定評がある。著書に『世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること 』(PHP研究所)、『最強リーダーの「話す力」』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『その話し方では軽すぎます!』(すばる舎)などベストセラー多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
一般的な話し方とは異なるスキル、リーダーとしての「話す力」
リーダーとしての「話す力」は、一般的な話し方とは異なるスキルです。役職に階層があるように、社会で求められる話す力にも、以下のような3つの階層があると提唱しています。
第1階層は、ほぼすべての人たちに必要とされる力だと捉えてください。その目的は、好感を得ることにあります。社会的動物である人間は集団生活を営むためにも他人とよりよい人間関係を築くことが求められます。たとえば笑顔で話す、相手の目を見て話すといったスキルが、これに該当します。
第2階層は、ビジネス場面において基本となるスキルです。社内外問わず他人と協力しながら仕事を進めるビジネスパーソンは、論理的にわかりやすく話す、正確な「報連相」をするといった力が求められます。
そして、リーダーにはこれらに加えてさらに上の第3階層の力が求められます。リーダーが話す目的は、他人に「影響を与える」ことにあります。たとえば、部下のモチベーションを高める、会社の上層部を説得する場面などです。他人に影響を与える話し方ができなければ、リーダーとして大きな成果を挙げるのが難しくなるのです。
まず目指すべきは、第1階層、第2階層の話し方です。しかし、将来的にリーダーとして活躍することを目指すのであれば、ただわかりやすく伝えるだけにとどまらない、第3階層の話し方というものがあるのを認識しておきましょう。
戦略的に演出した自分を示す、第3階層の「話し方」
第3階層の「話し方」とは表現しましたが、この階層で重要なのは、視線の動かし方や間(ま)のとり方、声の大小や高低といった、話し方における細かなポイントではありません。考えるべきは、「話し方」より「在り方」です。
「なにを言ったかではなく、誰が言ったかが重要」という言葉を見聞きしたことがある人も多いでしょう。第3階層で最重要となるのは、まさに「誰が言ったか」なのです。話の内容自体は変わらなくとも、「〇〇さんでなく△△さんに言われると、妙に心に響くんだよなあ」と思ったような経験がありませんか?
だからこそ、ポイントは、その「誰が」をつくることにあります。具体的には、「素の自分とは異なる、リーダーとしての自分」をつくるのです。私はこれを「セルフ・パペット(自分の操り人形)」と呼んでいます。
リーダーになると、自分の本心でないことを伝える役割も求められます。たとえば、倒産の危機が迫っている会社の経営者が、心配する社員にメッセージを発するとします。そのとき、たとえ事実や本心であっても「我が社はすでに危険な状態で、私自身も夜も眠れないほど心配だ。胃が痛い日々を送っている……」と語るわけにはいきません。
単純に「自己開示」をすればいいわけではないのです。自己開示をして周囲との心理的距離を縮めることが求められるのは、第2階層までの話です。だからといって、先のケースで「まったく問題ない」と話すのは嘘になります。第3階層となると、「戦略的に演出した自分を示すことで、相手に影響を与える」という「自己呈示」をしなければなりません。
このケースなら、「みなさんが心配しているように、会社が危険な状態にあるのはたしかだ」「でも、再建のために最善を尽くしているところだ」と事実を認めて、情報を開示し信頼性を伝える。そのうえで「私が責任をもって窮地を脱するから安心してほしい」と力強いリーダーシップを伝える。このように、立場や役割に基づいて周囲から期待されている自分を演じるわけです。
このときにセルフ・パペットが力を発揮してくれます。セルフ・パペットという「在り方」を事前に設定しておけば、「リーダーとしての自分なら、こういう場面ではこういうことをこういうふうに言うべきだろう」と「話し方」が明確になるのです。
セルフ・パペットをつくる近道は「ものまね」
では、肝心のセルフ・パペットのつくり方をご紹介しましょう。シンプルな方法は、「ものまね」です。尊敬する上司でもいいですし、有名な経営者でもかまいません。「こんなリーダーになりたい」と思う人をロールモデルとして、その人の言動を真似るのです。
じつは、話し方に定評があるような有名経営者であっても、話し方そのものは「上手」ではないことは珍しくありません。しかし、彼ら彼女らは、たとえば「声が甲高い」「話し方が舌っ足らず」「いつもこの言葉を口にする」というように、聞き手に強い印象を与える特徴をもっています。こうした話し癖をあえて残す、あるいはつくることで、「誰が」を演出しているのです。
ただ、目指したいロールモデルが身近にいない、見つからないという人もいるでしょう。そういう人には、社会心理学の研究で提唱されている、人が相手に好印象を与える要因がヒントになります。その要因とは、「親しみやすさ」「活動性」「社会的望ましさ」の3つです。それぞれのカテゴリーに含まれる因子は、次のようなものです。
この3つのカテゴリーのなかで、「リーダーである自分の印象として一番強く表現したいものはなにか?」と考えてみてください。
「話しかけやすい」印象のリーダーとして「親しみやすさ」を表現するのか、「堂々とした」印象のリーダーとして「活動性」を表現するのか、それとも「信頼できる」印象のリーダーとして「社会的望ましさ」を表現するのか――。それが明確になれば、どのような言動がふさわしいかも見えてきて、セルフ・パペットをつくることができるでしょう。
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