「戦略的思考」について、その字面からなんとなく内容をイメージできるものの、具体的にどういうものかと問われると、はっきりとは説明しにくい。そんな人は多いかもしれません。
この戦略的思考こそ「目的・目標到達の可能性を大きく上げてくれる思考」だと言うのは、ビジネスコンサルタントとして多くの企業の支援を行なう三坂健(みさか・けん)さん。一方で、「多くの人が『問題解決的思考』に偏りがち」だとも指摘します。
戦略的思考と問題解決的思考の違いとあわせて、戦略的思考にあるメリット、戦略的思考をもつためのコツを詳しく教えてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
多くの人がもちがちな「問題解決的思考」とは?
私が言う「戦略的思考」とは、なんらかの「目的・目標に到達するシナリオを立てる思考」のこと。ビジネスで言えば、限られた予算や人材といった目の前にあるリソースにとらわれず、到達したい目的・目標から、広い視野をもって逆算的に、目的・目標への到達の可能性が高いシナリオを描く思考を指します(『「努力しないで勝てる人」は戦略的思考に長けている。“よい戦略” に必要なたった3つの要素』参照)。
ところが、残念ながら多くのビジネスパーソンは、戦略的思考ではなく「問題解決的思考」に偏りがちです。問題解決的思考とは、「すでに発生している問題から考える思考」です。
すでに発生している問題に向き合うときには、どちらかというと短期的な解決が求められます。すでに問題が目の前にあり、解決しなければ問題はそのまま放置されることになるのですから、当然のことですよね。
短期的に問題を解決しようと思えば、戦略的思考の場合とは対照的に、いま、いる人、いま、あるスキル、いま、ある予算といった目の前にあるリソースの範囲でしか考えられなくなります。要するに、思考の幅がとても狭くなるのです。
もちろん、それでも問題は解決できるかもしれません。でもそれは、発生した問題をただ解決しただけに過ぎず、大きな成果を得ることにはなかなかつながりません。
目の前の問題に対処するのではなく、「問題に気づく、問題をつくる」
一方の戦略的思考は、「問題に気づく、問題をつくる」ところからスタートします。これは、言い換えると、「あるべき姿、ありたい姿から考える」こと。ここに、問題解決的思考との決定的な違いがあります。
あるべき姿、ありたい姿から考えると、いまはまだ顕在化していない問題にも気づくことができます。その問題は、いますぐ短期的に解決しないといけないものではありません。ですから、解決のための思考の幅が広がり、中長期的な打ち手も考えられるようになる。あるいは、いまは見えていないリソースの存在に気づくことができ、それらを活用できるでしょう。
ひとつ例を挙げましょう。キッチンやトイレなど水まわりのパイプが詰まるという問題が発生したとします。そのまま放置しているわけにはいきませんから、その場でなんとか対処しようとするのが問題解決的思考です。それで自宅にある道具を使ってなんとかパイプ詰まりを解消できても、それはパイプ詰まりというひとつの問題を解決した以上のものはありません。
一方の戦略的思考の場合は、「あるべき姿、ありたい姿から考える」ことですから、たとえば、そもそもパイプ詰まりを起こさないパイプをつくろうといった発想をもつことです。現時点では、いますぐに対処すべき問題は起きていません。そのため、パイプ詰まりを起こさないためにはどうすればいいのかと中長期的にじっくり考えることができ、思考の幅が広がっていくのです。
ビジネスとして考えると、もちろんパイプ詰まりという発生した問題に対処することもひとつの手ですし、ニーズもあるでしょう。でも、革新的で大きな成果につながる可能性がどちらにあるかといったら、これまでにないパイプ詰まりを起こさないパイプをつくるビジネスのほうであるはずです。
戦略的思考のコツは、「売上や利益を前提に考えない」
そして、戦略的思考をもつためのひとつのコツは、先にも触れた「中長期的な打ち手を考える」ことです。そしてこれは、語弊を恐れずに言うと「売上や利益を前提に考えない」ことでもあります。
売上の計上スパンは、だいたいどの企業も単年です。そのため、「売上を上げなければならない」という意識をもつと、どうしても短期的な問題解決的思考に偏ってしまうのです。
仮に目標の売上を達成できたとしても、翌年にはまた同じように、単年の売上目標が目の前に現れます。そうして、短期的な問題解決的思考から抜け出せなくなり、ひいては世のなかを驚かせるようなイノベーションを起こすこともできないでしょう。
本当のところは私には知り得ないところですが、言わずと知れたスティーブ・ジョブズが、はたして短期的な売上などを気にしていたかというと、おそらくそうではないでしょう。彼はもっとずっと先を見て、「こんな未来をつくりたい」「こんなプロダクトで多くの人を幸せにしたい」という壮大なストーリーを描いていたに違いありません。だからこそ、まさに世のなかをあっと驚かせるようないくつものイノベーションを起こすことができたと推測します。
ジョブズのようなスケールではなくとも、そういう中長期的な視点から考える戦略的思考は一般のビジネスパーソンにとっても大いに武器になるものです。3年後、5年後、10年後にどうありたいのか——。ぜひそんな発想をもってほしいと思います。
【三坂健さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「努力しないで勝てる人」は戦略的思考に長けている。“よい戦略” に必要なたった3つの要素
「理想のキャリアを築ける人」がしていて、「ずっと成長できない人」がしていない思考法とは
【プロフィール】
三坂健(みさか・けん)
1977年生まれ、兵庫県出身。ビジネスコンサルタント。株式会社HRインスティテュート代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業後、安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業などに携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。2020年1月より現職。企業向けの経営コンサルティングを中心に、組織・人材開発、新規事業開発などさまざまな支援を行なっている。また、各自治体の教育委員会、国立高等専門学校における指導・学習支援にも積極的に関わっている。主な著書に『戦略的思考トレーニング 目標実現力が飛躍的にアップする37問』(PHP研究所)、『人材マネジメントの基本』(日本実業出版社)、『「印象」で得する人、損する人』(PHP研究所)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。