一度就職すればその会社に勤め続けることが当たり前だった終身雇用制の時代と違い、いまはビジネスパーソン個人が、自分のキャリア構築プランをしっかりと考えなければならない時代です。
そんななか、ビジネスコンサルタントとして多くの企業の支援を行なう三坂健(みさか・けん)さんは、キャリア構築にあたって「戦略的思考」が大きな武器になると言います。その理由はどんな点にあるのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
自分のキャリアを戦略的に考えることが求められる時代
いまの時代、ビジネスパーソン個人にとって、「戦略的思考」をもつことの重要性がより高まっていると私は感じています。
私が言う戦略的思考とは、なんらかの「目的・目標に到達するシナリオを立てる思考」のことです。目の前にあるリソースにとらわれず、到達したい目的・目標から広い視野をもって、逆算的に目的・目標への到達の可能性が高いシナリオを描く思考を指します(『「努力しないで勝てる人」は戦略的思考に長けている。“よい戦略” に必要なたった3つの要素』参照)。
では、なぜビジネスパーソン個人にとって、その重要性が高まっていると言えるのでしょうか? それは、いまはすでにビジネスパーソンを企業が守ってくれる時代ではなくなっているからです。「いい会社に就職すれば一生安泰」という年功序列・終身雇用制は過去のものとなり、いわゆるジョブ型の雇用システムも広まりつつあるいま、場合によっては企業から解雇されることも珍しいことではありません。
そのため、ただ惰性的にひとつの会社に勤めて毎日同じような仕事を続けるのではなく、ビジネスパーソンひとりひとりが、「自分はいったい何を成し遂げたいのか」というところから、自分のキャリアをしっかりと戦略的に考えなければならない時代になってきているのです。
大切なのは、自分の「できないこと」に気づくこと
そして、「何か成し遂げたいものがある」人にとって、戦略的思考はとても大きな武器となります。なぜなら、到達したい目的・目標から、広い視野をもって逆算的に目的・目標への到達の可能性が高いシナリオを考えるために、目的・目標への到達に必要なのにもかかわらず自分に不足しているものや、現時点では「できないこと」もよく見えてくるからです。
たいていの場合、自分の「できること」は見えやすいものです。なぜなら、「できること」については周囲がほめてくれることも多いからです。
一方、「できないこと」には気づきにくくなっています。理由として、以前よりハラスメントが問題視されることが増えたいま、たとえ上司であっても本来指摘すべき部下の「できないこと」を、心理的に委縮してしまうことで指摘しにくくなる、といったことが増えているからです。それこそ、コロナ禍によってリモートワークが広まったことで、上司や先輩とのコミュニケーション自体が減っていますから、部下や後輩がそういう指摘を受けることも減っているでしょう。あるいは、リモートワークのために、尊敬するデキる上司や先輩と自分を比べて、自分の「できないこと」に気づくことも減っています。
そのため、多くの人が自分の「できないこと」を認識しないまま、「できること」の範囲でしか仕事をしませんし、その範囲でしか物事を考えられなくなっていると推測できます。もちろん、それではなかなか成長にはつながりません。
目的・目標到達のために大切なのは、自分の「できないこと」を認識し、それを「できること」に変えていくことです。しかし、上司や先輩との関係のなかで自分の「できないこと」を認識しづらくなっているいまは、自分の「できないこと」に自分自身で気づくしかありません。
そのため、自分の「できないこと」が見えてくる戦略的思考が、キャリア構築において大きな武器になりえるわけです。
「何かを成し遂げたい!」という強い思いこそが起点となる
しかし、戦略的思考以上に大切なものがあります。それは、「何かを成し遂げたい!」という強い思いです。
なぜなら、その強い思いこそが、戦略的思考の起点だからです。成し遂げたいこと、すなわち目的・目標がない人にとって、「目的・目標に到達するためのシナリオを立てる思考」など必要ないことは明らかですよね。
では、どうすればそんな強い思いを抱くことができるでしょうか? 私からは、「欲に素直になる」ことをおすすめします。
欲はすべての人がもつものですが、謙遜や遠慮を美徳とする日本人の場合は、その欲に素直になることはよくないと考えがちです。特に大人になれば「こうあるべき」といった思考に阻まれ、欲に素直になることもどんどん減っていくでしょう。
もちろん、他人に迷惑になるような欲に従って行動することは避けるべきですが、「将来はこんな自分になりたい!」「こんな日常を過ごしたい!」「こういった人のために働きたい!」という強い思いをつくるためなら話は別です。ぜひ、余計な大人の思考やしがらみを取り払って、自分の欲をじっくりと見つめてみてください。そこから、「成し遂げたい!」という自分の強い思いに気づくことができると思います。
【三坂健さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「努力しないで勝てる人」は戦略的思考に長けている。“よい戦略” に必要なたった3つの要素
「戦略的に考えなさい」と言われてもピンとこないなら、“あの思考癖” をやめてみるといい
【プロフィール】
三坂健(みさか・けん)
1977年生まれ、兵庫県出身。ビジネスコンサルタント。株式会社HRインスティテュート代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業後、安田火災海上保険株式会社(現・損害保険ジャパン株式会社)にて法人営業などに携わる。退社後、HRインスティテュートに参画。2020年1月より現職。企業向けの経営コンサルティングを中心に、組織・人材開発、新規事業開発などさまざまな支援を行なっている。また、各自治体の教育委員会、国立高等専門学校における指導・学習支援にも積極的に関わっている。主な著書に『戦略的思考トレーニング 目標実現力が飛躍的にアップする37問』(PHP研究所)、『人材マネジメントの基本』(日本実業出版社)、『「印象」で得する人、損する人』(PHP研究所)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。