これからの時代では、ただひとつのスキルに特化してそれを磨いていれば安心できたり、ある資格を取れば「一生大丈夫」などと考えたりすることが難しくなっていきます。そういったことを踏まえ、社会学者の鈴木謙介先生は、自分がやっていて「楽しい」と感じることをしながら、同時に「変化していく姿勢」を持つことが大切だといいます。
鈴木先生自身が長年続ける「学び」の具体的な方法とともに、先の見えない時代に対応できるスキルの磨き方を聞きました。
構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/辻本圭介 写真/小林学
変化することにポジティブな気持ちを持ち、「学び」の姿勢を維持し続けていく
――AIなどのテクノロジーが飛躍的に進化することで、これまで自分が仕事を通じて積み重ねてきたスキルが、「いつか通用しなくなるかもしれない」と不安に感じている人も多いと思います。わたしたちはそうした環境の変化に対して、具体的にどのような準備ができるのでしょうか?
鈴木先生:
今後は環境の変化に合わせて、「人間にしかできないスキル」を磨くことが大切になります(『「AIで仕事がなくなる」は大げさ。“自分は変われる” というマインドがあれば生き抜いていける。』参照)。そのためには、なによりも「学び続ける姿勢」や「学び直しに向かう姿勢」が求められるようになると思います。
これまでの日本社会や組織では、ある時期に覚えた知識やスキルがずっと通用したり、所属する組織のルールや社風に最適化したりすることが、出世コースのひとつのモデルとなり得ました。しかし、こうしたモデルは今後通用しなくなり、なにかしらの「学び直し」を続ける必要が出てきます。実際に、いま多くの組織では従業員に「学び直し」や「資格取得」を推奨するようになっているし、教育機関でも「リメディアル教育」(※)が行われています。
――なるほど。すると、もう生涯ずっと勉強しなければいけないのですね。
鈴木先生:
でも、そのことに悲観しないほうがいいですよ(笑)。「会社からいわれたから資格を取らなきゃ」と取り組んでも楽しくないので、自分がやっていて「楽しいこと」や「覚えやすいもの」、「これなら続けられる」と思える分野のスキルを磨けばいいのです。
つまり、「なにを学ぶか」ではなく、自分が楽しいと思えることに対して、「学びの姿勢を維持し続ける」ことがポイントです。そのためには、学び直す対象を柔軟に選べるようなマインドを持っておくことも必要です。
――会社からただいわれたことや、自分がこれまでやってきた実績や方法にこだわってはいけないわけですね。
鈴木先生:
こだわりの「中身」が問われるのだと思います。「自分はこれで生きていくのだ!」「いまさらやってきたことを変えられない」というこだわりではなく、こだわっているがゆえに最新の技術やノウハウを身につけたり、変化することにポジティブであったりすることはできるはず。
もちろん年齢を経ると、全面的に新しいことをはじめるよりは、これまでやってきたことの延長線上に新しい学びを加えていくほうが効率的になります。あくまで、自分の「変えない部分」と「変えていく部分」を区分けして、新しいものにキャッチアップしていけばいいのです。
――現状の「変わらない自分」のままで、先の見えない将来のことを考えるから不安になるわけですね。
鈴木先生:
そうですね。イソップの寓話『北風と太陽』が示しているように、自分を変えることをネガティブに考えていると、人は意固地になってコートを脱ごうと(変わろうと)しなくなります。でも、将来を太陽が照らされているような環境だと考えると、「コートを脱いでも(変わっても)いい」となる。
つまり、ものごとを「なんだか怖い」「これは嫌」と思っていると自分を変えない方向にいくのですが、「別に大丈夫」と思っていると、ポジティブなマインドセットを持てるようになるのだと思いますね。
※リメディアル教育:おもに、大学教育を受ける前提となる基礎学力が低い大学生に対して、入学前後に行う補修教育
毎日行う「情報収集」でも、自分だけの価値を生み出す「自己投資」になる
――ところで、鈴木先生にはなにか「学び続けている」ことなどはありますか?
鈴木先生:
わたしがずっと続けている学びとなると、RSSリーダーを使った情報収集ですね。かれこれ20年は続けています。インターネットで、ニュースやコラム、ブログ、シンクタンクのレポートなどを1週間で数千件はチェックしています。量が多いので基本的には斜め読みですが、気になる情報はもちろん内容を読みます。政治経済、文化、トレンド……と幅広くチェックしていますが、たとえば飲食業の方なら、飲食のトレンドを追うだけでもかなりの情報が得られると思いますよ。
――情報を収集してチェックした後は、「学び」としてなにをしているのですか?
鈴木先生:
具体的にご紹介しましょう。プロセスとしては以下の3段階になります。
【1】大量の情報をチェックする
↓
【2】情報をストックする
↓
【3】情報を整理・編集する
【1】については上記の通りです。
次に、【2】では気になった情報だけをウェブクリッピングして、メモアプリのEvernoteに保存します。いわゆるスクラップで、年間約2000件の情報をストックしています。
そして、【3】では情報を「再利用」できるかたちに整理・編集します。このプロセスが一番の軸ですが、似たテーマをまとめて「タグ」をつけたり、セレクトした記事のリンクを時系列でまとめたりして、自分なりのまとめページみたいなものをつくるわけです。
すると、「6月にはこんな出来事があったな」とトレンドを大きくつかめるし、ある種のセレンディピティーが働いて、「日本とイギリスで同じ月に起きているな」「もしかしたらつながっているのかも?」などと、情報が立体的に見えてくることもあります。そうした整理・編集作業を、週1回行っています。
――いわゆる情報収集のプロセスとはいえ、これを20年以上続けているのはすごいですね!
鈴木先生:
長いあいだ続けてきたなかで、実感しているメリットが3つあります。
ひとつめは、数千件の記事タイトルを見ているだけでも、なんとなくトレンドがつかめること。キーワードの連なりから、いまの時代の流れがぼんやりと見えてくるわけですね。キーワードに対する感覚も磨かれるので、続けるうちに情報収集の感度が上がっていきます。
ふたつめは、自分用の検索データベースができるので、必要なときに必要な情報を数年分さかのぼって瞬時に引き出せます。
そして3つめは、こうした整理・編集作業を通じて、自分のなかに新しいトレンドに追いつくための「耐性」ができる。長く同じ仕事を続けていると自分のスタイルができるものですが、つねに新しい情報を意識的に処理していると、自分なりに「変化」に対してキャッチアップができるわけです。
得た情報を「再利用」できるかたちにして、いつでも使えるようにスタンバイする
――鈴木先生が「学び続けている」ことをお聞きしましたが、このような情報収集が、「学び直し」にはどのように役立っているのでしょう?
鈴木先生:
まず、情報をスクラップすることは、むかしから重要とされる学びの作業の基本ですよね。なぜなら、情報を収集し整理・編集することで、自分なりの仮説を導き出すための有用な材料になるからです。
たとえば、「わたしはいったいなにを学べばいいのだろう?」というような根本的な迷いに対しても、トレンドや状況をつかむことでいまの動きを認識できれば、より的確な仮説を導き出すことができます。
――新しい情報や知識を積み上げるだけでなく、実際に自分のために「使う」ことを意識した作業なのですね。
鈴木先生:
そのとおりです。ポイントは、得た情報や知識をなにかに使う「再利用」の姿勢を持つことです。だからこそ、日々情報をストックし、いつでも使えるように準備しておくことが「学び直し」という点でも非常に大切なのです。
今後必要とされるスキルや能力は、「これさえ覚えておけば大丈夫」という種類のものではありません。自分が積み上げてきたスキルや経験の上に、さらに新しい知識や情報を加えて、実際に「使う」ことが重要になります。そんなときに自分なりのデータベースがなければ、環境の変化に遭遇するたびに「なにをすればいいのだろう?」と迷うことになってしまいます。
――いま求められているのは、ただ知識や情報を得ることではない。
鈴木先生:
ぜひ、本質の部分を掴んでほしいと思います。特に近年、メディア側がビジネス的な動機から、無料でネット上に情報を載せることが少なくなっており、課金制の有料情報の割合が増えています。
ですが重要なのは、「どのような情報を買うか」ではなく、「得た情報をどのようにして再利用可能なかたちにしておくか」ということなのです。つまり、得た知識を自分なりに咀嚼し、再利用できるデータベースのかたちにして「スタンバイ」しておくことが求められているのです。
なにかを覚えてもいつ役に立つのかわからないわけですから、つねに情報をストックし、必要なときに引き出したり組み合わせたりすることができるのとできないのとでは、大きな差が生まれると思いますね。
――そのように本質を考えていくと、別にインターネット上の情報に限らなくてもいいわけですね。
鈴木先生:
はい。なにかの観察記録や料理の記録でもいいし、もし子どもがいれば、その子どもと勉強の記録を残すのもいいかもしれませんね。
たとえば、子どもと一緒に植物の観察日記をデジタルで残していくと、「去年のひまわりはどうだったかな」「何月に種をまくといいだろう?」などとフィードバックを活かしながら、より上手に育てていくこともできるでしょう。「提出して終わり」の宿題ではなく、身になるノウハウにしていくわけです。
一朝一夕に結果は出ませんが、自分なりに工夫して、学びを「再利用」できるかたちでストックしていくと、「あなたにしかできない」スキルや発想力が身についていくと思います。
【鈴木謙介先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
「AIで仕事がなくなる」は大げさ。“自分は変われる” というマインドがあれば生き抜いていける。
仕事は結局ひとりじゃできない。このAI時代に最も合理的なのは「協働」という働き方だ。
【プロフィール】
鈴木謙介(すずき・けんすけ)
1976年生まれ、福岡県出身。関西学院大学先端社会研究所所長、社会学部准教授、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。サブカルチャー方面への関心も高く、2006年より、TBSラジオ『文化系トークラジオ Life』のメインパーソナリティをつとめる。著書に『未来に生きるスキル』(角川新書)、『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)、『SQ ”かかわり”の知能指数』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ウェブ社会のゆくえ〈多孔化〉した現実のなかで』(NHKブックス)などがある。
【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。大学卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌の編集に携わる。2009年以後、上場企業の広報・IR媒体の企画・専門編集に携わりながら、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。