仕事は結局ひとりじゃできない。このAI時代に最も合理的なのは「協働」という働き方だ。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第3回01

社会が変化していくにしたがって、今後は仕事においても求められるスキルの中身が少しずつ変わっていきます。ただ、社会学者の鈴木謙介先生は、そんな先の見えない状況のなかでも仕事でしっかりと成果を出し、イノベーションさえ生み出せる合理的な「働き方」の戦略があるといいます。

どんな人でも「やりがい」を感じて取り組むことができ、同時に人生の目標も追求できるAI時代の新しい働き方について聞きました。

構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/辻本圭介 写真/小林学

先の見えない時代の働き方として、もっとも合理的な「協働」という戦略

――これからの先の見えない時代を生き抜くためには、どんな状況になっても大丈夫な「汎用性」のあるスキルや、どんな場所でも通用する「ポータブル」なスキルが必要だとよくいわれます。

鈴木先生:
いわゆる、「つぶしの効く」スキルというものですね。他者やAIなどに代替されないスキルの代表として、「人と触れ合う力」や「人間力」などが必要だといわれます。

ただ、わたしはそうしたスキルはあまり付加価値を高めてくれないと考えています。なぜなら、どこにでも当てはまるということは、それだけでは差別化ができないということだからです。

たとえば、「人間力」だけで金融商品の営業はできませんよね? 本来は、そうした力のうえに商品知識やプレゼンスキルやFP資格などが積み重なって、はじめて意味を持つわけです。厳しいいい方をすれば、どこでも必要とされるものは、どこでも必要とされる程度の価値しか持ち得ないのです。

――そう考えると、結局は自分が「楽しい」「得意だ」と感じるなにかしらの分野に特化する必要があります。でも、なにかに軸を振りすぎてしまうと、それはそれで「必要とされないかもしれない」と不安になってしまう。

鈴木先生:
自分が「楽しい」「得意だ」と感じることが、必要とされないのではないかというジレンマに陥ってしまいますよね。そこで、そんな状況に対応するために、わたしがいまお伝えしたいのが「協働」という価値です。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第3回02

――「協働」というと、コラボレーションという意味ですか?

鈴木先生:
はい。一人ひとりが単独で得意なことに特化していても、仕事はもちろん生活のなかでさえも、そのスキルが単独で役に立つことはあまりありませんよね。

たとえば、あなたがなんらかのデータを分析するスキルを持っていたとしましょう。でも、それをビジネスのソリューションにしたり、営業活動をしたり、投資家からお金を募ったり、ファイナンスしたりすることは、なかなかひとりではできません。

ではどうすればいいか? それぞれが有するひとつかふたつのスキルを持ち寄って、お互いのできないことを埋め合わせながら、全体として有機的なつながりをつくって仕事を進めていけばいいのです。

――さまざまなスキルや経験やアイデアを持った多様な人が集まって、チームとしてひとつの仕事をしていくわけですね。

鈴木先生:
「すべてのことをひとりではできない」「なにがうまく時代に合うかわからない」という状況に対応していくには、お互いにいわばリスクヘッジしながら生き残っていくのが、もっとも合理的な戦略です。そして、これは「イノベーション」を起こしていくことにも必要なアプローチだと思います。

実際に、いま起業のメッカであるシリコンバレーにおいても、多様性やコラボレーションという考え方を重視するようになってきています

――シリコンバレーというと、AppleやGoogleやFacebookの創業者、つまりジョブズやザッカーバーグをはじめとする天才起業家たちのイメージがあります。

鈴木先生:
そうでしょうね。かつては、そんな限られたスタープレイヤーが「世界を変える」という触れ込みのもと、最先端の技術を引っさげ投資を集めてイノベーションを起こしていくモデルが機能していました。また、それがアメリカンドリームの中心でもあったのです。

しかし、近年のエリザベス・ホームズの事件(※1)に見られるように、技術的なバックグラウンドがないにもかかわらず投資を募る詐欺行為や、「実力主義」の名のもとにUber社で公然と行われていた、上司による部下へのセクハラ、パワハラの横行といったさまざまな不祥事が発生し、かつての成功モデルへの憧れが薄らいでいます。

要するに、イノベーションを生み出して成功するためには、「勝者総取りでなにしてもいいのか」と、社会からの厳しい目が向けられているのです。

※1:ジョブズの再来ともてはやされた、医療ベンチャー企業セラノス創業者のエリザベス・ホームズが、多額の投資を集めるために、他社の技術や機器を用いて検査を行うなど多くの詐欺行為を行った事件

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第3回03

社会に安定して価値を提供し続ける、イノベーションが求められている

――そのように考えると、日本だってユニークなアイデアや商品を開発して成功している企業は、いまたくさんありますよね。

鈴木先生:
イノベーションというと、なにか大企業ばかりが注目されがちですが、基本的にいろいろなスキルを持ち寄ってアイデアを結びつけて、いままでにない新しい価値を生み出すことがコラボレーションの意義です。

必ずしも、大企業が「世界を変える」発明をするといったイメージにとらわれる必要はありません。むしろ中小企業や地方の企業でも、たとえば地場の魚や野菜をブランディングして売り出していくような「六次産業化」で成功している例はたくさんありますよね。

わたしはよく学生たちに「会社の目的ってなんだと思う?」と聞くのですが、多くの学生は「売上や利益を上げること」と答えます。でも、必ずしもそうとはいえません。

――なぜ、会社はお金を儲けようとするのでしょうか?

鈴木先生:
それは、会社を維持するためです。つまり、企業の基本的なミッションは、社会に対してなにか価値を提供して対価を得ることであり、その価値を存続させ続けることだということです。

すると、いわゆる「世界を変える」発明で大きな成功を狙うよりも、安定したかたちで長く続いていくようなイノベーションを起こしていくことが、むしろ求められることなのです。そして実際に、そうしたことをコツコツとやっている中小企業や地方の企業はたくさんあるのです。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第3回04

特別な存在を目指すのではなく、冷めるのでもなく、「ふつうの熱い社員」になれ

――これからの働き方や、自分が仕事を通じて提供できる価値を考えるとき、必ずしも「熱いイノベーター」のような人たちを目指したり、ベンチマークしたりする必要はないのですね。

鈴木先生:
そうです。それから、組織人としてできる限り目立たないように、「仕事は仕事」と冷めてしまう必要もないでしょう。

どんな仕事にも自分にできる役割というものがあり、「好きなこと」「得意なこと」で貢献できるスキルを持っていれば、コラボレーションのなかに入れます。わたしはそうした人を、「ふつうの熱い社員」と呼んでいます。

彼らを支えるモチベーションは、お金だけではありません。それよりも、仕事のやりがいや、個人的な人生の目標、家族との幸せな時間を確保することなどがベースにあってはじめて、ふつうに熱く働くことができるのだと思います。

――最近は組織内でも、社内ベンチャーや社内横断プロジェクトなどが活発に行われるようになっていますよね。

鈴木先生:
やりたいと声をあげれば、挑戦できる環境は整ってきています。でも、これも別にいまにはじまったことではなく、1980年代の日本でも、「カイゼン」(※2)や「QCサークル」(※3)といったことが行われていました。みんなが業務外でも自主的に集まって、「面白いことやろう」と力を合わせて新しいことに挑戦していたのです。

わたしはこうした活動を「悪だくみ」と呼んでいますが、つねに自分たちがやりたいと思う「悪だくみ」をしておけば、いざチャンスが来たときも準備ができているのですぐスタートできます。そんな活動は、自分の人生の価値に矛盾しない範囲で、どんどんやっていいのだと思います。

――特別な存在を目指す必要はなく、かといって冷める必要もなく、みんなが「ふつうの熱い社員」になればいいということですね。

鈴木先生:
それこそ家族を幸せにするために、自分の趣味を極めるために、「熱く」働いていい。コラボレーティブに働くということと、人生に求める価値に軸足を置いて働くというふたつの意味を、わたしは「ふつうの熱い社員」という言葉に込めています。

自分が「貢献できる」ことや、自分が「楽しいと感じる」分野において関わっていく。これからは、そんな働き方があなたの価値となると同時に、あなたの人生の幸せをも決めていく時代になっていくでしょう

※2:おもに製造業の生産現場で、作業効率などの見直し活動を社員が自発的に行うこと。トヨタ自動車の生産方式が有名で、海外にも「kaizen」として広く知られる。

※3:QCはQuality Control(品質管理)の略。カイゼンを支える手法で、おもに現場の従業員が、品質管理や作業効率改善などのためにアイデアを出し合ったり議論したりする活動のこと

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第3回05

【鈴木謙介先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
「AIで仕事がなくなる」は大げさ。“自分は変われる” というマインドがあれば生き抜いていける。
週 “数千件” の情報収集を20年「学び続けることは最高の自己投資になる」

未来を生きるスキル (角川新書)

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  • 作者:鈴木 謙介
  • KADOKAWA
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【プロフィール】
鈴木謙介(すずき・けんすけ)
1976年生まれ、福岡県出身。関西学院大学先端社会研究所所長、社会学部准教授、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。サブカルチャー方面への関心も高く、2006年より、TBSラジオ『文化系トークラジオ Life』のメインパーソナリティをつとめる。著書に『未来に生きるスキル』(角川新書)、『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)、『SQ ”かかわり”の知能指数』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ウェブ社会のゆくえ〈多孔化〉した現実のなかで』(NHKブックス)などがある。

【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。大学卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌の編集に携わる。2009年以後、上場企業の広報・IR媒体の企画・専門編集に携わりながら、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。

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