「ちょっとしたことに思い悩んでしまう」
「失敗をいつまでも引きずってしまう」
ネガティブな自分がイヤになることってありませんか?
じつは、「日本一熱い男」松岡修造さんも、以前はネガティブな自分に対する悩みを抱えていたそうです。そもそも、どうして私たちはネガティブな気持ちから抜け出せないのか。そして、松岡さんは、ネガティブな気持ちをどうやって乗り越えたのか。本稿で詳しく見ていきましょう。
じつはネガティブだった松岡修造
元テニスプレイヤーの松岡修造さんは、テレビ朝日の「報道ステーション」やフジテレビのグルメ番組「くいしん坊!万才」などへの出演をはじめ、スポーツ解説者の枠を超えた大活躍を見せています。現役時代にも、ウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど輝かしい成績を収めたことは、多くの方がご存じのはずです。
しかし松岡さん、本来はくよくよと悩みがちな性格なのだそう。特に新人時代はネガティブな気持ちに足を引っ張られ、試合で力を発揮できない時期もあったのだとか。実際、対談では以下のように語っています。
根本的に僕は物事の捉え方が消極的なんです。たぶん世間の人は逆だと思っているでしょうけど(笑)。だから、何でこんなに頑張っているのに、こうなっちゃうんだ……と思うことがすごく多かった。
(引用元:致知出版社|ネガティブをポジティブに変えた松岡修造メソッド)
いつも前向きで力強いイメージのある松岡さんですが、「自分はなんてダメなんだ……」と思い悩んでいた時期があったとは驚きです。もちろん皆さんにも、自分について悩んだ経験は少なからずあるはず。
では、私たちがとらわれがちなマイナス思考は、いったい何が原因で生じるのでしょうか?
マイナス思考の原因は「認知の歪み」だった
精神保健福祉士の川島達史さんによると、マイナス思考は「認知の歪(ゆが)み」によって引き起こされるのだそう。認知の歪みの身近な例としては以下のようなものがあります。
- 白黒思考
例:少しだけミスをした→「全部台無しだ!」 - 結論の飛躍
例:たまたま同僚が挨拶をしてくれなかった→「きっと嫌われているんだ!」 - 選択的知覚
例:テストで90点取った→「10点も落としてしまった!」
テニスの試合で言えば、1本のサーブミスを引きずり「今日は調子が悪い日なのかも……」と思ったり、シューズのひもが切れて「今日はついてないかも……」と思い込んだりすることなどが、認知の歪みです。若き日の松岡さんを苦しめていたのも、こうした認知の歪みだったのかもしれません。
もちろん、ある程度自己批判的な視点を持つことは大切です。しかし、過度に悲観的になったり、事実をネガティブな方向に歪めるクセがついたりしてしまうと、緊張でパフォーマンスが低下する、悩みすぎて何も手につかなくなるなど、さまざまな不利益を招きかねません。
認知の歪みは「意識」を変えていくことで治せる
認知の歪みは考え方の問題であるため、薬で治すことはできません。改善するには、自分が持っている歪みを認識し、意識を変えていく必要があります。「でも人間、そんなに簡単に変われないよ」と思われるかもしれませんが、松岡さんはこう述べています。
性格は、その人がそもそも持っているものだから、それは変えられません。でも、心は自分で変えられます。だから僕はいつも、性格を変えようとは考えずに、心を変えようと考えています。(中略)そうすれば、自分のイヤなところもきっと直せます。
(引用元:松岡修造 (2016),『大丈夫!キミならできる! 松岡修造の熱血応援メッセージ』, 河出書房新社. ※太字は筆者が施した)
たかが “気の持ちよう”? しかし、その効果は侮れません。脳科学者の中野信子さんが紹介する実験では、セルフイメージが脳のパフォーマンスに影響を与えることが示されました。
この実験では、自分に当てはまる否定的な固定観念を思い出させるだけで、テストの点数は悪くなり、肯定的な観念はテストの成績をアップさせた。ここで言う否定的、肯定的な固定観念と言うのは、性別、年齢、人種、社会経済的状態のことで、たとえば、「女性は物理が苦手だ」、「日本人は数学が得意だ」などといった情報のこと。こうした情報が、如実にテストの点数に影響したというのだ。
(引用元:BEST TIMES|「脳はどこまでコントロールできるか?」自己暗示はどこまで効果があるか ※太字は筆者が施した)
ほかに、コロラド大学が行なった実験でも、「よく眠れた」と言い聞かせた被験者の情報処理速度は、実際の睡眠時間にかかわらず向上することがわかっています。「脳は意外とだまされやすい」という事実は数多くの研究によって実証されているのです。
「できると思えばできる」というのは決して単なる精神論ではないようです。それでは、松岡さんが実践している考え方に基づき、ネガティブ思考を変える方法を3つご紹介しましょう。
【松岡修造流・自己暗示術1】消極的な言葉は使わない
僕はテニスの合宿を指導する中で、たまに「完全積極」をテーマにした合宿をやります。「完全積極の合宿」とは「できない」「ダメだ」とか消極的な言葉を絶対に言わせない合宿です。(中略)言わせないとどうなるのか?「できない」って言っていたことが、できるようになるんです。
(引用元:松岡修造 (2016),『大丈夫!キミならできる! 松岡修造の熱血応援メッセージ』, 河出書房新社. ※太字は筆者が施した)
「学校ダルいなあ」「仕事イヤだなあ」なんて、私たちは普段何気なく言ってしまいがち。でもひょっとして、学校がダルく、仕事がイヤなものになっているのは、自分で口にしているネガティブワードたちのせいかもしれません。松岡さんが行なう「完全積極の合宿」では、生徒がネガティブワードを言ったら松岡さんが指摘したり、皆で注意し合ったりすることで、ネガティブワードを意識的に封印しているそうです。
私たちは合宿まではできなくても、家族や仲の良い同僚に頼んで指摘してもらったり、自分自身でチェックしたりするなどして、まずは自分がどれほどネガティブな言葉を使っているか把握することから始めてみましょう。そして、ネガティブな言葉を言って(考えて)しまったと気づいたら、なるべくポジティブな側面に目を向け、別の言葉に言い換えてみるのです。例えば、
- 学校ダルいなあ → 放課後の部活が楽しみだなあ
- 仕事イヤだなあ → いくつ成約が取れるか楽しみだなあ
- 嫌なことがあった → 話のネタになるぞ
といった具合。はじめは難しくても、「ポジティブな面を見ようと意識する」だけで意味があります。
便利なツールとしては、検索窓に打ち込んだ言葉をポジティブに変換してくれる「ネガポ辞典」というアプリもあります。便利なツールの力も借りながら、まずはゲーム感覚で普段の言葉を「ポジティブ変換」してみてはいかがでしょうか。
【松岡修造流・自己暗示術2】失敗や不安を喜ぶ
うまくいかないことに出会って不安になったときは、「どうしようもないや」じゃなくて「やったぜ!」と思うこと。
(中略)
うまくいかないからって、「ダメだ。できないかも……」と悲観しないこと。悲観した時点で、考えることがストップしてしまいます。でも、「わからないから、わかるようにしていこう」と思えば、必ずそこには工夫が出てきます。
(引用元:同上 ※太字は筆者が施した)
失敗するのは当たり前、むしろ経験値を増やしてくれる、すばらしいもの。このようにポジティブに考えれば、自分の未熟さや不完全さを受け容れられるはずです。失敗を肯定的に受け入れる考えは、エジソンの「失敗したんじゃない。うまくいかない方法を見つけただけだ」という格言にも通じるところがありますよね。
失敗を上手に活かす具体的な方法としては「KPT法」があります。KPTとは、Keep(できたこと)、Problem(できなかったこと)、Try(次回試したいこと)の頭文字。K・P・Tの3つを紙に書き出すだけ、というシンプルな方法です。
K・P・Tにはできなかったことだけでなく「できたこと」も含まれている点に注目してください。「できたこと」にも焦点を当てることによって、過度に悲観しすぎず客観的に現状を分析することができます。具体的な例は以下の通り。
Keep(できたこと):新しい企画案を会議でプレゼンした。シミュレーション通りによどみなく進行できた。話し方に気をつけたおかげで、課長から「わかりやすかった」と褒めてもらえた。
Problem(できなかったこと):企画は通らなかった。市場調査や数値的な裏付けが足りなかったせいで、説得力に欠けていた。
Try(次回試したいこと):ただ意見を述べるだけでなく、どうすれば皆が納得してくれるか? ということにいっそう気をつけて、論理や根拠をより明確に示せるように準備しておこう。
失敗したり壁にぶつかったりしたら、多くの学びや気づきを得るチャンス。紙とペンを用意し、KPT法にのっとって書き出していってみましょう。
【松岡修造流・自己暗示術3】日記をつける
僕の昔の日記には、むちゃくちゃなことがたくさん書いてあって、「なんでこんなことできないんだよ」って、消極的な気持ちがいっぱい並んでました。そうやって、正直な気持ち、本音を毎日書いていくうちに、「こんなんじゃダメだぞ、修造!」という気持ちにたどり着くことができました。
(引用元:同上 ※太字は筆者が施した)
気持ちを紙に書く、というのは、心理療法にも取り入れられている効果的な手法です。悩みや不安を外に出し、言葉に置き換えて整理することで、「そんなに悲観しなくてもいいのかも?」と状況を客観視するきっかけになるかもしれません。
でも、日記なんて書き慣れていない……という方のために、前出の精神保健福祉士・川島達史さんが紹介する「コラム法」という書き方をご紹介しましょう。自宅でも手軽にできる、簡単な認知療法ですよ。手順は以下の通りです。
- ネガティブな出来事を書く
例:「仕事でミスをした」 - 瞬間的に感じる考えを思い浮かべる
例:「ミスをする自分はダメだ」「明日もミスをするかも…」 - そのときの気持ちや感情をパーセンテージで表してみる
例:悲しい(50%)、恐い(40%)、不安(60%) - 別の考え方ができないか検証してみる
例:「ミスは誰にでもあることだ」「今日ミスしたからといって、明日もミスするわけではない」 - 4を書いた後の気持ちや感情を改めてパーセンテージで表してみる
例:悲しい(20%)、恐い(10%)、不安(30%)
実際にやってみると、3から5にかけて不思議とマイナスの感情の値(%)が減ることが実感できるかと思います。ネガティブな出来事をネガティブなままに受け止めて落ち込むのではなく、「4. 別の考え方ができないか検証してみる」というプロセスを経ることで別の側面が見え、負の感情を和らげることができるのです。
日記をつける場合にはぜひ、「別の見方を試みる」というひと手間を加えてみてください。
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いつも暑苦しいほどエネルギッシュな松岡修造さんですが、松岡さんの言葉はどこか押しつけがましくなく、優しさにあふれているように感じます。落ち込んだり、もんもんと悩んだりしてしまう癖のある方は、ぜひ真夏の風のようにきらめく松岡さんの言葉を、心に吹き込んでみてはいかがでしょうか。
(参考)
松岡修造オフィシャルサイト
致知出版社|ネガティブをポジティブに変えた松岡修造メソッド
Direct Communication|ネガティブ思考を強める「認知の歪み」10のパターン④
松岡修造 (2016),『大丈夫!キミならできる! 松岡修造の熱血応援メッセージ』, 河出書房新社.
BEST TIMES|「脳はどこまでコントロールできるか?」自己暗示はどこまで効果があるか
カラパイア|「ぐっすり眠れた!」と思い込むだけで集中力、記憶力を向上させることができる(米研究)
Inc.|Why You Should Be Talking to Yourself at Work
Psychology Today|Our Brain's Negative Bias
StudyHacker|正しい "反省" が成長を加速させる! 『KPT法』という反省の技術
Direct Communication|ネガティブ思考を整理・改善する「コラム法」を解説⑤
【ライタープロフィール】
佐藤舜
大学で哲学を専攻し、人文科学系の読書経験が豊富。特に心理学や脳科学分野での執筆を得意としており、200本以上の執筆実績をもつ。幅広いリサーチ経験から記憶術・文章術のノウハウを獲得。「読者の知的好奇心を刺激できるライター」をモットーに、教養を広げるよう努めている。