「AIで仕事がなくなる」は大げさ。“自分は変われる” というマインドがあれば生き抜いていける。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第1回01

AIをはじめとするテクノロジーが飛躍的な変化を遂げ、わたしたちが生きる近い将来には、「AIで多くの仕事がなくなる」とまでいわれます。でも、社会学者の鈴木謙介先生は、そうしたことで多くの人がイメージする「失業者が増える」などの現象は起こり得ないと考えています

そこで、2019年5月に『未来を生きるスキル』(角川新書)を上梓した同氏に、AIをことさら不安視する必要がない理由と、来るべきこれからの時代に自分の価値をより高めるスキルの見つけ方を聞きました。

構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/辻本圭介 写真/小林学

「AIで仕事がなくなる」は大げさな意見。社会は、変化に対して必ずリアクションをする

――いま、AIをはじめとするテクノロジーが飛躍的に進化することで、「自分の仕事がなくなってしまうのではないか?」と将来を不安に思う人が増えています。

鈴木先生:
「AIで仕事がなくなる」といわれるとき、多くの人は「失業するかもしれない」あるいは「失業者が増える」ということをイメージするのではないでしょうか。でも、およそ3つの理由から、その考えはまちがっていると思います。

まず理由のひとつめは、新しい技術の登場によってそれまでの仕事がなくなることは、18世紀のイギリスで起きた産業革命以来繰り返されている基本的な現象だということです。

たしかに、一時的にはそれまで就いていた仕事はなくなるかもしれません。しかし、代わりに新しい仕事も生まれるため、結果的に「失業者は増えない」とするのが研究者たちの共有する基本的な考えなのです。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第1回02

――技術によって失われた仕事をカバーするように、新しい仕事が生まれるわけですね。

鈴木先生:
たとえば産業革命のころには、紡織の仕事が機械化されたことで織物職人の仕事がなくなり、仕事を失った人たちにより紡織機の打ち壊しが起こりました。でも、結果としては、生産性が上がったことでその後紡織産業は大きく成長し、職人の代わりに工場で機械を管理する仕事が増えたのです。つまり、新しい技術はより多くの仕事を生み出したわけです。

――なるほど。でも、一時的には仕事がなくなるということになりませんか?

鈴木先生:
これが理由のふたつめになりますが、AIの場合は必ずしもそこまでいかないだろうとわたしは見ています。なぜなら、先の機織り機のように、ある人間の労働を全面的に置き換えるような能力をまだAIは備えていないからです。

――AIで置き換えられない部分がある。

鈴木先生:
基本的に、仕事というものは小さなタスクの積み重ねでできています。

たとえば、わたしはいまこうして取材を受けていますが、その前にはアポイントを取って段取りをしたり、記事の構成を決めたりするタスクがありますよね。また、取材が終わると音声を文字に起こし、原稿を執筆する作業があります。その後も編集的なチェックや、写真と合わせて入稿する作業など、じつに多くのタスクで成り立っているわけです。

すると、AIは文字起こしであればすぐにやれそうですが、人間の代わりにうまく約束を取り付けたり、取材のなかでコミュニケーションを取ったりすることはまだできません。つまり、AIが置き換える仕事というのは、まだタスクの一部分に過ぎないのです。

――技術的には、AIやロボットはまだそこまでは進んでいないわけですね。

鈴木先生:
そういえると思います。経済産業研究所の岩本晃一氏によると、人間が担っているタスクの70%以上が自動化されるリスクのある労働者は、全体の9%だといいます。「人間の仕事の半分が機械に置き換わる」というのは、ひとつでもタスクが自動化されるおそれのある仕事はすべて機械にとってかわられるという、とても荒い議論だったのです。

そもそも技術の話に注目しすぎると、人間はそれに対してただ黙って対応するしかないと考えがちです。でも、そんなことは起こり得ません。

失業率が上がることは、政府にしてみれば政権の安定を揺るがす重大な問題ですよね? すると、たとえ技術の進展をいくらか止めることになっても、失業率を上げない方向での政策を打つでしょう。また、わたしたち自身も、「AIに置き換えられないように」と考え、労働の「付加価値」を高められるように自己研鑽をすることもあるはずです。

これが3つめの理由ですが、社会はある動きに対して必ずリアクションするということです。つまり、「AIで仕事がなくなる」というのは、社会の相互関係を無視し、ごく一部だけを大げさに捉えている面があるのです。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第1回03

「人間にしかできない」分野に特化して、「学び」を積み重ねていく

――社会のなかには、ある変化に対して必ずリアクションする「相互関係」があるということですね。では、AIに置き換えられない能力を身につけることができる人と、できない人との差は生まれませんか?

鈴木先生:
つまり、失業者が増えるのではなく、AIで置き換え可能な仕事だけをしている人と、そうでない人との間に格差が生まれるのではないかということですね。たしかに、これは多くの専門家が危惧することであり、どんな対策ができるのかが問われています。

そこでまず考えられるのは、「人間にしかできない」スキルを高めるという方向性です。AIは基本的に膨大な情報から一定のパターンを見つけ出し、自動化するのが強みです。一方で、一人ひとりちがう個性や特質に合わせて、臨機応変に対応していくようなことには馴染みにくいとされます。その意味では、「人間にしかできない」スキルを正しく捉えさえすれば、この部分を磨くことはひとつの方法となるでしょう。

――たしかにそうなのですが、技術の進展のスピードに、人間の習得スピードは勝てない気がします。いまから勉強などをはじめて、はたして間に合うのでしょうか。

鈴木先生:
技術と人間の習得プロセスとでは進展のスピードがまったくちがうので、「追いつかないのでは?」という不安は残りますよね。でも、考えてみれば、人間同士の習得スピードにはそれほど差はありません。また、技術に追い越される部分はあっても、それは人類が一緒に追い抜かれる部分です。

つまり、働くという面にフォーカスすると、結局は「人間にしかできない」なにかしらの分野に特化し、学びを続けなければならないことになります。

――あくまで技術を脅威として捉えるのではなく、むしろ自分の学びや成長を高めることに集中していくということですね。

鈴木先生:
先にいったように、わたし自身はAIが無制限に進化して仕事がどんどんなくなっていく方向に、社会が一方的に進むことはないと考えています。

もちろん、国によってちがいはあり、東アジアや東南アジアの新興国では、格差が広がってでも技術の進歩に追いつくことが国策になっています。ただ、こうした国々もいずれは少子高齢化が進み、国の生産力が落ちていきます。なぜなら、社会の下層にいる人たちが子どもをつくりづらくなり、かつ生活を社会保障に頼らざるを得なくなるからです。

つまり、経済成長のためにどれだけ技術を進展させても、社会保障費が成長分を取り崩す構造になる。大きな格差を許容してしまうと、結果的に社会の上層にいる人たちの生産力だけでは国を支えることができなくなるのです。そうした人たちが、自分を高く買ってくれる場所へ移動するリスクもありますよね。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第1回04

「人間にしかできない」スキルを見つけるポイントは、「変化する」気持ちを持つこと

――では、いま考えるべきは、「人間にしかできない」スキルはなにかということになりますか?

鈴木先生:
そうですね。ただ注意しなければならないのは、人間にしかできないけれど付加価値の低い仕事と、人間にしかできない、高度で専門的な仕事を区別する必要があるということです。そして、この「高度で専門的な仕事」には、現在考えられているよりもずっと幅があるのです。

たとえば人には得手不得手や適材適所があり、暗記や書類作成が得意な人もいれば、交渉事やプレゼンが得意な人もいます。そのすべてができなければ、AIに仕事を代替されるわけではない。むしろ自分がもっとも得意な、あるいはやっていて「楽しい」と思えるようなスキルを探して、磨いていくという視点を持つと良いと思います。

――仕事は「小さなスキルの積み重ね」だと考えると、ある程度幅を持たせたかたちで、自分の得意なスキルを見つけられそうです。

鈴木先生:
いま広義の第三次産業に属する人で、ひとつのタスクしかやっていないという人は、ほとんどいないのではないでしょうか。

先の例でいえば、仮に組織に守られていないフリーランスとして「テープ起こしだけ」をしていたとしても、その人は日本語能力やPCに対応できるスキルは持っているわけで、けっして「テープ起こししかできない」のではありません。

つまるところ、来るべき時代にどんな気持ちで臨めばいいかといえば、もっとも重要なのは「変化する」気持ちを持つことなのです。

――わたしたち一人ひとりには、本当はもっといろいろなことができる可能性がある。

鈴木先生:
そのとおりです。ただひとつのスキルに特化し、それを磨きさえすれば生きていける時代はたしかに終わったのかもしれません。でも、多くの人はある程度の柔軟性をもって働いているし、スキルにもそれなりの幅があるはず。ただ、それを意識して磨いてこなかったのは、「求められなかったから」です

だからこそ、そうしたことが求められる時代には、「わたしにはこれもできる」「あれもできる」というように、変化することにポジティブなマインドを持つ必要があるのだと思います。

未来を生きるスキルの磨き方——鈴木謙介先生インタビュー第1回05

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未来を生きるスキル (角川新書)

未来を生きるスキル (角川新書)

  • 作者:鈴木 謙介
  • KADOKAWA
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【プロフィール】
鈴木謙介(すずき・けんすけ)
1976年生まれ、福岡県出身。関西学院大学先端社会研究所所長、社会学部准教授、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター客員研究員。専攻は理論社会学。情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を中心とした理論的研究を架橋させながら、独自の社会理論を展開している。サブカルチャー方面への関心も高く、2006年より、TBSラジオ『文化系トークラジオ Life』のメインパーソナリティをつとめる。著書に『未来に生きるスキル』(角川新書)、『カーニヴァル化する社会』(講談社現代新書)、『SQ ”かかわり”の知能指数』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『ウェブ社会のゆくえ〈多孔化〉した現実のなかで』(NHKブックス)などがある。

【ライタープロフィール】
辻本圭介(つじもと・けいすけ)
1975年生まれ、京都市出身。大学卒業後、主に文学をテーマにライター活動を開始。2003年に編集者に転じ、芸能・カルチャーを中心とした雜誌の編集に携わる。2009年以後、上場企業の広報・IR媒体の企画・専門編集に携わりながら、月刊『iPhone Magazine』編集長を経験するなど幅広く活動。現在は、ブックライターとしてもヒット作を手がけている。

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