仕事においては、「この人の言うことはいちいちカチンとくるから、話を聞くのが嫌だな」と感じる相手もいれば、逆に「この人の言うことはなぜか素直に聞きたくなる」と思う相手もいるものです。後者のような印象を周囲からもってもらうには、どうすればいいでしょうか。
「話し方や伝え方に困っている人たちの役に立つ」という思いをもとに数々の大企業を支援している高橋浩一(たかはし・こういち)さんが、「4つの枕詞」を使い分けることを提案してくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
自分の言葉が相手に響かない理由は、「脳」の構造にある
コミュニケーションにおいては、「入り口」が重要です。なぜなら、どんな言葉で切り出すかによって、最終的に同じことを伝えても相手の反応が大きく違ってくるからです。
このことには、脳の構造が関係しています。私たちの脳は、原始的な段階でつくられた「古い脳」と、進化の過程でつくられた「新しい脳」というふたつの脳からなっています。古い脳がつかさどるのは、「心地いい」「不快」「怖い」といった原始的な感情などの「本能」です。一方の新しい脳は、知識や言葉、創造、倫理などをつかさどっていて「理性」をコントロールしています。
自分の言葉が相手に響かないのは、相手のふたつの脳のうち、古い脳がつかさどる本能に警戒されてガードされているケースです。
たとえば、ある仕事で手が回らなくなっているときに「この作業もお願いしたい」と上司に言われたとします。上司の指示だから従うとしても、気持ちよく聞き入れることはできないはずです。このとき、「この忙しいときに……」という「不快」な感情をもち、自分を守るために古い脳が警戒してガードしているというわけです。
そこで、コミュニケーションの入り口で古い脳のガードを突破し、新しい脳の理性に訴えかけ、「そういうことだったら、お願いを聞き入れよう」と相手に思わせる方法が有効となるのです。
感謝や承認など「ポジティブな言葉」を会話の入り口で使う
そして、そのコミュニケーションの入り口で使うべき言葉が、以下のような、私が「4つの枕詞」と呼んでいるものです。枕詞とは、本来は主に和歌に使われる技法のひとつですが、ここでは「会話の入り口に添える言葉」とします。
【4つの枕詞】
- 太陽メッセージ:ポジティブな言葉で切り出す
- 相談モード:相手の力を借りる
- 限定:「〜だけ」で重みをもたせる
- NOキャンセリング:想定される断り文句を打ち消す
「1. 太陽メッセージ」とは、「感謝」や「承認」といった、相手が受け入れやすいポジティブな言葉で切り出す枕詞です。「遅刻が多いから直してほしい」と部下に伝えたいのなら、「『◯◯君は仕事が早くて助かってるよ』、次は遅刻ゼロを達成してほしいな」と伝えるといった具合です。
また、相手の力を借りる「2. 相談モード」は、特に目上の人に対して力を発揮します。上司に対していきなり「業務改善の提案です」と切り出してしまうと、上司からすると「私のマネジメントに問題があると言いたいのか」などと思われてしまいかねません。そうではなく、「『ちょっとお知恵をお借りしたいのですが』、チームの業務改善について……」と相談のかたちをとるのです。
次の「3. 限定」は、文字どおり「〜だけ」という限定によって重みをもたせる枕詞です。先に挙げた例のように、忙しいときに「この作業もお願いしたい」と言われると嫌な気持ちになるものですが、「『きみだから』、この作業もお願いしたい」と言われたらどうでしょう? 「周囲より自分が評価されている」と新しい脳の理性が判断し、「よし、だったらやってやるか!」という気持ちにもなってきますよね。
最後の「4. NOキャンセリング」は、「こんな言葉で断られそう」と想定される文句を打ち消すような真逆の表現をぶつける枕詞です。先の例と同じように忙しそうな相手にお願いをするのなら、「いま忙しいから」という断り文句が想定されます。そこで、「お忙しいのは承知のうえでのお願いなのですが」といった言葉を枕詞にすることで、相手は忙しさを理由に断りにくくなります。
これら4つのうちで特に有効なものは、「1. 太陽メッセージ」でしょう。程度の差こそあれ、誰かから感謝などのポジティブな言葉を投げかけられて嬉しくない人はそうはいません。
最も重要なものは、「伝わってほしい」という純粋な思い
ただ、これらの枕詞を知ったとしても、「枕詞を使い分けるにもやはり高いコミュニケーション能力が必要そうだ……」などと、自分のコミュニケーション能力の低さに強いコンプレックスを感じている人もいるかもしれません。
でも、心配しすぎる必要はありません。もちろん、「4つの枕詞」は、相手にお願いをするようなコミュニケーションにおいてとても有効です。でも、これらが絶対の正解というわけではありません。
世のなかのあらゆることには、レベルというものが存在します。コミュニケーションが得意な人もいれば苦手な人もいるように、たとえば料理だって得意な人もいれば苦手な人もいます。でも、料理が得意な人の料理が絶対の正解であり、苦手な人の料理が不正解ということなどないでしょう。
大切となるのは、相手に対する思いです。「おいしく食べてほしい」という思いが相手に伝わり、その思いからつくった料理が相手の好みにフィットしたなら、その相手からすればどんな高級レストランの料理よりもおいしい料理に感じられるでしょう。
コミュニケーションだって同じです。「相手にちゃんと伝わってほしい」という純粋な思いをもち、相手にフィットしそうな言葉を選んで伝える――。それこそが最も重要なことなのだと思います。
【高橋浩一さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「話がうまいわけではないのに、なぜか説得力のある人」がしていること。必要なのは○○だった
人は “こう” 言われると動きたくなる。3つのタイプ別、ただお願いするより「確実に相手に響く」言葉
【プロフィール】
高橋浩一(たかはし・こういち)
東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制をつくる。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで3万人以上の営業強化支援に携わる。コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年、『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略』(ともに日経BP)を出版、シリーズ累計7万部突破。2021年、『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす ~共感とロジックで合意を生み出すコミュニケーションの技術~』(クロスメディア・パブリッシング)、2022年、『質問しだいで仕事がうまくいくって本当ですか? 無敗営業マンの「瞬間」問題解決法』(KADOKAWA)、2023年2月、『「口ベタ」でもなぜか伝わる 東大の話し方』(ダイヤモンド社)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。