「仕事ではコミュニケーションが重要」。社会人であるみなさんなら飽きるほど見聞きしてきた言葉でしょう。しかし、それでもコミュニケーションに苦手意識をもっている人も多いのが現実です。特に、相手になにかを依頼したり説得したりする場面ではつい遠慮してしまい、思うような結果にならないといったこともあるはずです。
「話し方や伝え方に困っている人たちの役に立つ」という思いをもとに数々の大企業を支援している高橋浩一(たかはし・こういち)さんが、「話し上手ではなくても説得力がある人の話し方」の秘訣を明かしてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
東大に「説得力がある人」が多いわけ
私の出身大学である東大には、「たとえ話はうまくなくても、説得力がある人」が多かった印象です。そう考えるようになった背景には、私自身の体験があります。
東大の受験問題は、なにが問われているのかという出題者の意図を汲んだうえで論理的に文章を作成する、論述問題が中心です。そのためか、まわりの学生にも筋の通った話し方をする人が多いように感じました。
また、サークル活動も、少なからず話し方に影響していたと思っています。学生時代の私が所属したのはテニスサークルです。スポーツサークルですから、普通に考えて運動神経がいい人が活躍する場なのかと思ったのですが、実情はそうではありませんでした。
本来、テニスでは、プレー中に観客やチームのメンバーが声を出すことは禁止されていますが、学生のサークル活動ということで応援も許されていました。テニスはメンタルスポーツだと言われることもあってか、特に団体戦では他のメンバーから応援される選手ほど好結果を残すのです。
そういった現実があったため、私たちのチームでは、「団体戦の代表にはどんな選手が選ばれるべきか?」「どういう応援やサポートをすれば代表メンバーが活躍できるのか?」といったことをよく話し合いました。
課題の解決方法を合理的に考え、論理的に周囲に伝える。そうするなかで、たとえ話し上手というわけではなくとも、相手を説得する話し方が培われていったのかもしれません。実際、私が所属していたサークルのOBには、社会に出たあとも多くの人を動かすような仕事をしている人がたくさんいます。
指示や協力の依頼がうまくできない人が出している「本能」
しかし一般的には、「一生懸命に話をしているが、指示や協力の依頼といったことがうまくできない」、つまり「相手をうまく説得できない」と感じているビジネスパーソンは多いものです。
そういう人は、「相手を動かしたい、支配したい」という「気配」が出てしまっているのかもしれません。「支配欲」という言葉もあるように、相手を「支配したい」という気持ちは、動物である人間に備わっている攻撃本能のようなものです。
一方、その攻撃本能を差し向けられると、相手もまた動物ですから、やはり本能的にその気配を察します。そして、危険信号を感じ取って警戒心を強め、結果的にこちらの言葉に耳を傾けてくれなくなるわけです。
つまり、「一生懸命に話をしている」といっても、「一生懸命に相手を支配しようとしている」というふうに、「一生懸命を向かわせる方向性」が間違っているのだと思います。
日本人らしい「遠回しな話し方」はNG
そんな事態を改善して相手を説得できるようになるには、もちろん「支配したい」という攻撃本能を抑えることが肝要です。そうするためにも、「相手にやってほしいこと」をはっきりと決めたうえで相手に伝えましょう。立場や個人の性格にもよりますが、特に日本人の場合は、なにかを指示したり依頼したりする場面では、つい遠慮して遠回しな話し方になりがちです。
最近、遅刻が増えている部下に対して、上司が「遅刻をしないでほしい」と伝える場面を想定してみましょう。本当に伝えたいことは「遅刻をしないでほしい」にもかかわらず、「最近、仕事に対して前向きに取り組めてる?」といった遠回しな言葉で切り出したとします。これは、まさに遠慮から出た言葉です。
上司としては、「遅刻するな」と叱責しないことで部下を思いやったつもりなのかもしれません。でも、そんな遠回しな言葉を投げかけられた部下からすれば、「なにを言いたいんだろう?」とやはり本能的に警戒心を強めてしまいます。
ただし、相手にやってほしいことをはっきりと決めて伝えるべきだとはいっても、相手を思いやることは必要です。具体的には、相手がちゃんと納得してくれる、落としどころというものをイメージしておくのです。相手からすれば、たとえ正論を言われた場合にも、頭では納得しても気持ちでは納得できずに行動がともなわないこともあるからです。
先の例で言えば、部下に対して上司は「遅刻をしないでほしい」とはっきりと伝えたうえで、「僕を助けると思って」といったひとことを添えるのです。そうすれば、部下としても、「上司が言っていることはもちろん正論で自分が悪いのだし、上司が折れてくれているのだから」という落としどころを見つけて納得します。
このように、「相手にやってほしいこと」「相手の落としどころ」を事前にイメージしておけば、自然と心の余裕が生まれてリラックスした状態で相手に伝えられます。そのため、無意識のうちに顔を出す攻撃本能も抑えられるというわけです。
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【プロフィール】
高橋浩一(たかはし・こういち)
東京大学経済学部卒業。外資系戦略コンサルティング会社を経て25歳で起業、企業研修のアルー株式会社に創業参画(取締役副社長)。事業と組織を統括する立場として、創業から6年で70名までの成長を牽引。同社の上場に向けた事業基盤と組織体制をつくる。2011年にTORiX株式会社を設立し、代表取締役に就任。これまで3万人以上の営業強化支援に携わる。コンペ8年間無敗の経験を基に、2019年、『無敗営業「3つの質問」と「4つの力」』、2020年に続編となる『無敗営業 チーム戦略』(ともに日経BP)を出版、シリーズ累計7万部突破。2021年、『なぜか声がかかる人の習慣』(日本経済新聞出版)、『気持ちよく人を動かす ~共感とロジックで合意を生み出すコミュニケーションの技術~』(クロスメディア・パブリッシング)、2022年、『質問しだいで仕事がうまくいくって本当ですか? 無敗営業マンの「瞬間」問題解決法』(KADOKAWA)、2023年2月、『「口ベタ」でもなぜか伝わる 東大の話し方』(ダイヤモンド社)を出版。年間200回以上の講演や研修に登壇する傍ら、「無敗営業オンラインサロン」を主宰し、運営している。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。