新刊、『個人力 やりたいことにわがままになるニューノーマルの働き方』(プレジデント社)のなかで、これから活躍するためにもつべき思考、再確認すべきことは「Being(ありたい自分)」だと説いた澤円(さわ・まどか)さん。
そして、そこからしっかりと「個」を確立していくことで、次のステップに進めるそうです。それは、「与える」人になるということ――。澤さんが考える「与える」人の定義、「与える」人になることで生み出される価値を探っていきます。
構成/岩川悟 写真/榎本壯三
「個」として与え、他者とコラボレートする
いま、そしてこれからを生き抜くために重要となるキーワードは、「Being(ありたい自分)」だと僕は考えています(『自分の本質を「言語化」できない――そんな人が、アフターコロナを生きてゆけない理由』参照)。あなたが所属する組織や社会といった特定のシステムにいちいち自分を合わせていたら、いつまでたってもそれに振り回される人生になってしまうでしょう。
「Being(ありたい自分)」という思考を大切にし、明確な「個」が自分のなかで確立(言語化)されていけば、自分であり続けると同時に、「他人に対してどんな貢献ができるのか」と、考えを具体的に発展させることができるはずです。
アメリカの心理学者であるアダム・グラントは、著書『GIVE&TAKE「与える人」こそ成功する時代』のなかで、人の特性を次の3つに分類しています。
- 与える人(ギバー)
- 受け取る人(テイカー)
- 帳尻を合わせる人(マッチャー)
1のギバーは、惜しみなく与える人を指します。自分を犠牲にしてまで他人に尽くす「自己犠牲型」と、相手によって関わり方を変える「他者志向型」があります。
2のテイカーは、なにより自分の利益を優先させる人。自分が常に、最も多く得るように振る舞います。
3のマッチャーは、自分が与える量と受け取る量のバランス(損得)を考える人です。人によって関わり方を変え、相手がギバーならギバーとして、相手がテイカーならテイカーとして振る舞います。
以上の3分類を示したうえで、グラントは1のギバーが最も成功すると主張しました。人に与えることを嫌がらず、むしろ積極的に行なうことで、その反応として、結果的にギバーのもとに貴重な人や情報が集まってくる。そうして人気者になったり、モノやお金が集まって事業が大きく成長したりすると言うのです。
なにかに貢献しようとする人のもとに、結果的に幸せがやってくる。
一般的に、テイカーは蔑まれる存在と言えるでしょう。短期的には、そんなテイカーにギバーは搾取されがちです。でも、中期的にはバランスのいいマッチャーの効率がよく、長期的にはギバーが最も成果を高めていきます。
なぜなら、惜しみなく与える行動によって強い信頼関係が醸成され、豊かな人的、技術的なネットワークを少しずつ、緩やかに形成していくからです。
ただし、ここでテイカーよりも成果を上げられない存在があります。それが、先に書いた自己犠牲型のギバーです。要は、搾取され続ける人で、僕はこれこそ「個」が確立されないまま、与える側ばかりに回ってしまうからだと見ています。
なんのために自分の価値を与えているのかを、自分のなかで言語化できていないため、残念ながらテイカーに搾取され続けてしまう。自己犠牲という甘美な幸福感に浸ることはあるのかもしれませんが……。
もちろん、この3分類は、人間を明確に分けるものではありません。状況によって、人はギバーにもなれば、テイカーにもなるし、マッチャーとして振る舞う場合もあるはずです。
ただ、僕の経験から言えるのは、自分自身を確立したうえで、躊躇なく他者に「与える」機会が増えていけば、自分ばかりが損をすることは決してないということ。
「Being(ありたい自分)」に正直に、他者を幸せにしたいと思って情報発信する人に、人は引き寄せられるのです。そして、コミュニティーにおいて他者と「Collaborate(協働)」するときにも、そんな姿勢をもつ人は、多くの具体的な助けを得られるのだと実感しています。
いまを生きる自分の「点」をつなげていく
かつては、なにかを「与える」行為というのは、お金やモノや土地といった物理的なリソースを指していました。それらをたくさんもつ人が、他者により多くを与えることができました。
でも、これからのギバーには、「個」の内側にあるスキルや、人としてもつエネルギーが重視される。つまり、「個」として有するスキルやエネルギーを広く共有していくことが、世の中の大きな流れになります。
人はデコボコしている。そんなデコボコを埋め合わせ合うことが、コミュニティーを起動させる力であり、新しいなにかを生み出す原動力になる。
「個」のスキルやエネルギーが緩やかにつながって、状況や変化に応じてかたちを変えていければ、あらゆるフェーズで柔軟性を発揮しながら、価値を生み出すことができるのでしょう。
ここで、スキルという言葉で勘違いされがちなのが、資格のようなわかりやすく定義されたものに依存しすぎることです。資格というものは単なる証明書であって、じつはスキルではありません。資格をもっていてもスキルがない状態は、決して珍しくないのです。運転免許証をもっている人は運転の仕方を知っているだけであって、みんな運転スキルが高いわけではありませんよね?
もうひとつ、汎用性のないスキルも武器になりにくいでしょう。この典型が、特定の組織のなかで評価されるスキルです。
たとえば、「あの人はコミュニケーション力が高いよね」と評価される人がいても、実際は、ある会社のなかで空気を読んで生き延びるのに長けているだけかもしれません。その場所では重要なスキルかもしれないけれど、会社がなくなった途端に意味のないスキルになりかねない。そんな汎用性のないスキルが、多くの日本企業で長らく重宝されてきた事実があります。
そこで、「自分にはどんなスキルがあるのだろう?」と考えていくとき、まずはシンプルにとらえてみてください。端的に、いま自分の好きなことや夢中になれることを挙げてみるのです。
「なぜこれが好きなんだろう?」「どの部分に惹かれるのだろう?」と、できる限り具体的に深掘りしていく時間をとる。すると、のちに自分のなかのいろいろな「点」同士が、だんだんつながっていく体験が生まれます。
この「点(Dots)」というのは、いまこの瞬間に自分が夢中になっている感情や体験のことです。あのスティーブ・ジョブズも、有名なスタンフォード大学卒業式辞で、この自分のなかに潜む「点」について述べています。
「振り返ってつなぐこと(Connecting the dots)しかできない。だから将来なんらかのかたちで点がつながると信じることだ。なにかを信じ続けることだ」
まずはいまに集中する。そして、のちにつながる自分だけの「点」を、自分に対して思いきり言語化すればいい。外部に発信するときは少し格好つけて伝えるのもいいけれど、少なくとも自分ひとりのときは、ものすごく生々しく表現したほうがいいわけです。
ときに真面目な人は、「自分はなにが求められているのだろう?」と、どんどん細分化して、複雑に考えすぎてしまう場合があります。でも、そこは大ざっぱで構いません。
なにも脳内にあるすべてを外にさらけ出す必要はないので、自分のありのままに、自分が与えたいスキルや価値を見つめてみてください。
最上級の「ありがとう」を伝えるスキル
ただ、「自分には、いまのところたいしたスキルはないかもしれない……」。そう悩む人もいるかもしれませんが、「自分には(いまのところ)スキルがない」ことを知っておくのも大切なことです。『自分の本質を「言語化」できない――そんな人が、アフターコロナを生きてゆけない理由』でも「助けを求める力」の大切さについて書きましたが、自分にないものを知っているから、具体的なかたちでサポートしてもらえるのです。
人に助けを求めるのは、アウトプットをした証拠です。
「私はこれができません」「これが苦手なので助けてください」と助けを求め、自己開示をする人のもとに、人は次々と集まってきます。
「私はなんでもできる」というふうに振る舞ってしまうと、できないことが現れたときに致命傷になる可能性がある。また、そんな人はちょっと近寄りがたいし、誰も助けてくれないことにもなりかねません。
自分がちょっと弱っていたり、困っていたりすることを開示するのは大いにけっこうだし、少しネガティブな感情も安心して出せるのがコミュニティーのいいところ。
逆に、自分が苦手なことを言えないような場所は、あなたがいていいコミュニティーではないのかもしれない。どうしても真面目な人ほどひとりで頑張ってしまう傾向があり、これには苦手なところを伸ばして、全体平均をよくしようとする教育をずっと受けてきたことも大きく影響していると見ています。
でも、いまはそういう時代ではありません。そんなことをやっている暇もないでしょう。
苦手なことにいつまでも苦しむのではなく、使えるものは片っ端から使って、人生を自ら楽しめる状態に変えていく。
まったくもって、才能や能力がトップクラスでなくてもいいのです。極端なたとえをすると、難破船で無人島に漂着したときに、料理をする人に誰がミシュランの星つきレストランの能力を求めるでしょうか? 材料の切り方や調理方法をある程度知っていれば、それで事足りますよね。
要するに、そのコミュニティーのなかで、「詳しい人」がやればいいだけのこと。それなら、「私がやるよ」と言った時点で自分の能力を存分に発揮できるし、「先週やったから、次はあなたがやって」と、持ち回りにするのもいいでしょう。
すると、むしろほかの人に上手にお願いをして、気持ちよくやってもらうスキルを磨くほうが建設的です。
最上級の「ありがとう」を伝えるスキルを磨けばいい。
この最上級の「ありがとう」を言えることこそが、じつは超汎用的なスキルです。最も効果的かつコストパフォーマンスに優れた、絶対に身につけたいスキルだと僕は考えています。
真面目に頑張れるのはもちろん素敵なキャラクターだし素晴らしいことだけど、それで疲れきってしまったら意味がありません。時間ばかりかかってしまうのも、あまりにもったいない。自分のやりたい気持ちや、情熱が満たされないものは、ほかの人にお願いしたほうがいいでしょう。
なぜなら、あなたが苦手なことが、ほかの人も苦手で嫌いだとはまったく限らないからです。世界は広いのです。むしろ、それらにモチベーション高く取り組める人たちが、世の中にはたくさんいます。お互いに頼り合う姿勢が必要なのです。
だからこそ、他人の力をうまく借りるのが、これから求められる重要なスキルだと書いてきました。コミュニティーをうまく活用し運用するためには、自分で抱え込むのではなく、どんどんほかの人たちにアウトソーシングしていく。
そのほうが効率的だし、相互作用によってイノベーションへとつながる可能性も高まるでしょう。
※今コラムは、澤円 著『個人力 やりたいことにわがままになるニューノーマルの働き方』(プレジデント社)をアレンジしたものです。
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コロナの逆境下で成長するためのマインドセット。「不完全なまま行動する勇気」をもて!
【プロフィール】
澤 円 (さわ・まどか)
株式会社圓窓代表取締役。1969年生まれ、千葉県出身。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報共有系コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年、マイクロソフトテクノロジーセンター・センター長に就任。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみ授与される、ビル・ゲイツの名を冠した賞を受賞した。現在は、年間300回近くのプレゼンをこなすスペシャリストとしても知られる。ボイスメディア「Voicy」で配信する「澤円の深夜の福音ラジオ」も人気。著書には、『外資系エリートのシンプルな伝え方』(KADOKAWA)、『マイクロソフト伝説マネジャーの世界No.1 プレゼン術』(ダイヤモンド社)、伊藤羊一氏との共著『未来を創るプレゼン 最高の「表現力」と「伝え方」』(プレジデント社)などがある。