一般的に「誠実さ」「真摯さ」などと訳される「インテグリティ(Integrity)」という言葉があります。これを「自分に対しても他人に対しても誠実な状態」「自分の内側に対しても外側に対しても一貫性がある状態」と解釈し、「インテグリティは今後のビジネスパーソンが必ず身につけるべきもの」と語るのは、ラッセル・レイノルズ日本代表の岸田雅裕(きしだ・まさひろ)さん(『「頭はいい」のに「成長できない」人に欠けているもの。“揺れる人” には誰もついていかない』参照)。インテグリティを培うための「学び」について教えてもらいます。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
小説を通じて「人間とはどういうものか」を学ぶ
「インテグリティ(Integrity)」を身につけるための学びとして、まずおすすめしたいのが「読書」です。
時間には限りがありますから、自分自身でできる体験や会える人の数も限られています。でも、本を読めば、自分ではじかに得られない体験をしたり、実際には会えない人とも本を通じて擬似的に会って話を聞いたりすることも可能です。だからこそ、読書を大事にしてほしいのです。
読む本としては、まず「小説」がおすすめ。「自分に対しても他人に対しても誠実な状態」「自分の内側に対しても外側に対しても一貫性がある状態」と私が解釈しているインテグリティは、「人間」というものを学ばなければ高めることができません。
もちろん、リアルの人間関係のなかで人間を学ぶこともできますが、先にも述べたようにそれには限界があります。そこで、小説のなかに描かれる人間模様を通じて、人間とはどういうものなのかを学び、インテグリティを高めるのです。
多種多様な価値観を、歴史が教えてくれる
それから、「歴史」に関する本を読むこともインテグリティを培うには欠かせません。日本の歴史はもちろん、西洋の歴史についても学んでほしいですね。なぜなら、現代社会に生きる私たちは、よくも悪くも西洋が規定した世界に生きているからです。また、どんどん国力を増している中国の歴史についても学ぶべきでしょう。
そうして歴史を学ぶと、世のなかのことがよくわかるようになります。たとえば、インテグリティには「正しさ」「誠実さ」が欠かせませんが、では何をもって「正しい」「誠実だ」と言うのかは、国や地域、民族によって大きく変わります。
いま、アフガニスタンでは女性の権利が損なわれてしまうと危惧されています。私は、人権は普遍的な価値観だと思っています。でも、それは現在の私たちや西洋の価値観から見た場合のこと。しかも、その価値観ができあがったのもほんの数十年前のことです。西洋にだって第二次大戦後までは婦人参政権はありませんでした。女性が参政権を得たのは、第二次大戦で国民が総動員されることになり、国民全員が戦争に参加しているのに女性に選挙権がないのはおかしいという風潮が生まれたからでした。
このように、「正しい」という価値観には地域や民族による違いがあるだけでなく、歴史のなかでも大きな変化があります。そんな変動的な世のなかに生きて、かつ今後は日本人だけでなく多くの外国人との協働が求められると言われるなか、ビジネスパーソンはさまざまに異なる価値観をもつ人たちの意見を理解し、彼ら彼女らと議論をする必要もある。だからこそ、歴史を学んで多種多様な価値観をインプットしなければならないのです。
あえて自分と反対の意見にも目を通し、フラットな視点をもつ
また、「テクノロジー」に関する読書も重要です。なぜなら、歴史を動かしてきたものこそテクノロジーだからです。
私たちの生活も、ほんの30年前と比べて大きく変わりましたよね。30年前なら、休日に自宅にいればよほどの緊急事態でなければ仕事の電話がかかってくることなどありませんでした。20年前でも、海外出張先への緊急の連絡はFAXを使っていたほどです。ところが、いまは携帯電話やスマートフォンの普及でいつどこにいても連絡できるようになっています。
つまり、テクノロジーの進化によって、私たち人間の思考も行動も、そして歴史も変わるわけです。歴史を学ぶべき理由は先述のとおりですが、その歴史を変えるものがテクノロジーなのですから、テクノロジーについてもしっかり学ぶべきでしょう。
また、本だけでなく新聞からも学んでほしいと思います。私は、朝日新聞、日経新聞、フィナンシャル・タイムズの3紙を購読しています。ただ、ここでお伝えしたいのはたくさんの新聞を読んでほしいということではありません。そうではなく、先の価値観の話にも通じますが、多くの異なる意見に耳を傾けてほしいのです。
特に注目してほしいのは署名記事です。長く新聞を読んでいるうちに、「この記者は自分と考えが近いな」ということや、逆に「この記者の意見は不愉快だな……」なんてことを感じるようになります。
しかし、自分と反対の意見であっても、そういった意見も頭に入れておかなければ、自らの価値観を狭めてしまうことになります。あえて自分とは違う意見の記事にも目を通し、偏りのないフラットな視点と多様な「正しい」という価値観をもてるようにしてほしいと思います。
【岸田雅裕さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「頭はいい」のに「成長できない」人に欠けているもの。“揺れる人” には誰もついていかない
トップリーダーが一流であり続けるために、土曜午前の “あるルーティン” を大切にする理由
【プロフィール】
岸田雅裕(きしだ・まさひろ)
1961年3月30日生まれ、愛媛県出身。ラッセル・レイノルズ日本代表。東京大学経済学部経済学科卒業。ニューヨーク大学スターンスクールMBA。パルコ、日本総合研究所、ブーズ・アレン・アンド・ハミルトン、ローランド・ベルガー、ブーズ・アンド・カンパニー、カーニーを経て2021年より現職。2014年カーニー日本代表に就任してからは、企業戦略、事業戦略、リーダーシップ開発、M&Aなどの支援を多数行なうと同時に、カーニーの日本オフィスを利益と成長の両面でグローバルにも有数のオフィスに導いた。2021年からは、ラッセル・レイノルズ日本代表として「日本の経営者の質を高める仕事」に取り組んでいる。著書に『コンサルティングの極意 論理や分析を超える「10の力」』『マーケティングマインドのみがき方』(いずれも東洋経済新報社)などがある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。