会議の資料を作りつつ、クライアントからのメールをチェックし、同僚とチャットで打ち合わせをする……。
このように、テクノロジーの発達によって、複数の仕事を同時に進めることはいつも簡単になりました。きっと多くの人が、無意識のうちに「マルチタスク」を実践しているのではないでしょうか。
しかし、マルチタスクには「ミスが増える」「集中力が低下する」「生産性が下がる」「不安感が増す」など、多くのデメリットが潜んでいます。思ったよりも仕事が捗らないと感じている人は、マルチタスクが原因かもしれませんよ。以下で詳しく見ていきましょう。
そもそも人間の脳はマルチタスクに向いていない
いきなり核心的な事実を述べますが、そもそも人間の脳は、同時に複数のタスクを上手にこなすようにはできていません。
マルチタスクをしていると、あるタスクに取り組んでいる最中に、先ほどやっていた別のタスクに戻る、なんてことがよくありますよね。このとき脳では、脳の情報処理を司る「ニューラルネットワーク」が同じ順路を通って戻り、先ほど考えていたことを呼び起こしています。
つまり「マルチタスク」は、一見すると同時にふたつ以上の作業をこなしているように見えますが、じつは脳がそれぞれの事柄を忙しく行ったり来たりしているだけなのです。仕事の進みが遅くなったり、ミスが出やすくなったりするのも当然といえるでしょう。
また、革新的な発想を生むにも、ひとつのことを集中して考えることが重要です。マサチューセッツ工科大学のアール・ミラー教授は、次のように述べています。
Truly innovative thinking arises when we allow our brains to follow a logical path of associated thoughts and ideas, and this is more likely when we can focus on a single mental pathway for an extended period.(脳が関連する考えやアイデアを論理的な道筋で考えることで、革新的な思考ができます。これは、脳が長時間ひとつのことに集中しているときに実現する可能性が高いのです。)
(引用元:HB Publishing & Marketing Company | More Multi-Tasking Myths ※カッコ内の和訳および太字は筆者が補った)
脳は、一度にふたつ以上のことに集中することはできません。ひとつの事柄に焦点を当てることによって、ミスが減り、良いアイデアを生み出せるのです。
マルチタスクは集中力を低下させ、不安感を増幅させる
サセックス大学(イギリス)の認知科学センターの研究者らによると、スマートフォンやパソコンなど複数のデバイスを同時に操作する頻度が高いと、脳の構造が変わってしまう可能性があるのだそう。
研究では「頻繁にパソコンやタブレットなど複数のデバイスを操作する(動画を観ながらインターネットで調べ物をする、など)」と答えた被験者は、灰白質という部分の密度が低いのだそう。
灰白質とは、脳の認知機能などを司る「前帯状皮質」の中の細胞が集まっている部分のこと。記憶や思考を司る「認知機能」のほか、「感情コントロール」を担っています。ここの密度が低いと、集中力が低下したり、うつや不安感などの精神的な問題を招いたりする可能性が高まるそうです。
研究に携わったケップ・キー・ロー氏は次のように述べています。
Media multitasking is becoming more prevalent in our lives today and there is increasing concern about its impacts on our cognition and social-emotional well-being. Our study was the first to reveal links between media multitasking and brain structure.(私たちは以前よりも、複数のメディアを使ってマルチタスクをするようになりました。これにより、人々の認知機能や心の健康に悪影響が及ぼされることが懸念されています。私たちの研究によって、複数メディアのマルチタスクをすることが、脳の構造に影響を与えることがわかりました。)
(参考文献:University of Sussex|Brain scans reveal ‘grey matter’ differences in media multitaskers ※カッコ内の和訳は筆者が補った)
ケップ氏によると、マルチタスクによって影響を及ぼされた認知能力や感情コントロール力の低さが、さらなるマルチタスクの原因にもなっているのだとか。集中力や心の健康を保つうえでも、マルチタスクは危険な要素なのです。
マルチタスクは生産性を下げる
マルチタスクを実践すると、一度に複数のことができて効率がよいと考える人もいるでしょう。しかし前述したように、マルチタスクは、ひとつの物事から別の物事へ意識を向けるという作業を瞬時にしているだけにすぎません。この行為は生産性を著しく下げます。
ミシガン大学の心理学教授らは、マルチタスクをする人たちは、タスクをひとつずつこなすグループよりも、40パーセントも生産性が低いという研究結果を発表しています。
脳は、タスクを実行する際に、【1. ゴールを決める(ひとつのことから、別の仕事に移る際の「やることを決める」プロセス)】と【2. 活動を開始する(前に行なっていたタスクから新しいタスクに移る際、新しいほうの「進め方を決める」プロセス)】のふたつを瞬時に行なっているのだそう。マルチタスクをしている人は、この作業を何度も繰り返しているため、大きなタイムロスにつながるのです。
仕事を早く終わらせたい人ほど、マルチタスクはやめて、ひとつひとつのタスクに集中するべきですね。
マルチタスクに陥らないための工夫
無意識のうちに陥りやすいマルチタスクですが、どのようにして回避したらよいのでしょうか。そのコツを紹介します。
タスクごとに時間を区切って作業をする
やるべきことがたくさんある人が、マルチタスクに陥らないためには、タイマーを使うのがおすすめです。20分ならば20分と決めて、タイマーが鳴るまでは同じタスクにしか取りかからないと決めれば、ほかの事柄に気が逸れづらくなります。
このとき、ひとつの大きなタスクの中に複数のタスクが入っていないかも注意しておきましょう。たとえば「プレゼンの準備を終わらせる」では、ひとつのタスクとして大きすぎます。「上司に確認をとる」「資料を見直す」「パワーポイントを確認する」など、細かく分類して書き出すことが必要です。
メールの対応は時間を決めて、宛先は必要最低限に
メールなどのオンラインメッセージは非常に便利ですが、付き合い方を工夫しなければ、危険なツールとなってしまいます。ハーバード大学の教授であるロバート・ポーゼン氏は、自身の著書『Extreme Productivity(最高の生産性)』で次のように述べています。
Ignore your instinct to check your phone every time it buzzes. Stopping your workflow every few minutes to read an email is a huge distraction and disrupts your process, so instead retrain yourself to look at your email every hour or two.(通知が鳴ると、つい見たくなってしまいますが、その衝動を抑えましょう。集中していた仕事を数分おきに止めてメールを読み、流れを遮らせることはもったいないので、時間を決めて(例えば1〜2時間おきに)メールチェックをしましょう。)
(引用元:Robert C. Pozen (2012), Extreme Productivity: Boost Your Results, Reduce Your Hours, United States, HarperBusiness ※カッコ内の和訳は筆者が補った)
ポーゼン氏は著書の中で、メールの送り方について「必要最低限の人数しか宛先に入れないこと」を提唱しています。自分自身が不要なメールのCCに入れられるのを避けるためにも、メール送信の際には、宛先から関係者以外を削除し、大量の返信(=気が散るもの)を減らす工夫をしましょう。
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毎日の仕事の中に、マルチタスクを取り入れてしまっていませんか? 「自分にも思い当たる……」という人は、ぜひご自身の働き方の癖を見直してみてください。
(参考)
HB Publishing & Marketing Company | More Multi-Tasking Myths
Robert C. Pozen (2012), Extreme Productivity: Boost Your Results, Reduce Your Hours, United States, HarperBusiness
University of Sussex|Brain scans reveal ‘grey matter’ differences in media multitaskers
Very Well Mind|How Multitasking Affects Productivity and Brain Health
【ライタープロフィール】
Yuko
ライター・翻訳家として活動中。科学的に効果のある仕事術・勉強法・メンタルヘルス管理術に関する執筆が得意。脳科学や心理学に関する論文を月に30本以上読み、脳を整え集中力を高める習慣、モチベーションを保つ習慣、時間管理術などを自身の生活に取り入れている。